今ではゲームで分からないことがあれば、スマホで検索すれば数秒で答えにたどり着けます。ボスの倒し方から隠しアイテムの場所、最強装備の作り方まで、その場で調べられるのが当たり前になりました。でも、少し前までゲームの攻略情報といえば、真っ先に思い浮かんだのはネットではなく「攻略本」だったんです。
昔の本屋を思い出してみると、ゲーム雑誌の近くには攻略本がずらっと並んだコーナーがありました。ポケモンの図鑑を何度もめくった人もいれば、辞書のように分厚いアルティマニアを買った人、モンハンの攻略本に付箋を貼りながら武器の派生先を調べた人もいると思います。攻略本は特別珍しいものではなく、ゲームを遊ぶ人のすぐそばにある存在でした。
しかも、あの頃の攻略本は単純に「分からないところを調べるための本」だけではなかったんですよね。自分ではまだ到達していない場所のマップを眺めたり、知らない武器やモンスターのページを先に読んでしまったり、ゲームを起動していない時間まで作品のことを考えさせてくれる存在でもありました。
特に子どもの頃は、一冊の攻略本そのものがちょっとした宝物でした。自分で買った本を兄弟と共有したり、学校へ持っていって友達と同じページを覗き込んだりすることも珍しくありません。ポケモンでは図鑑を見せ合いながら通信交換の話をし、モンハンでは武器派生のページを囲んで「次はこれを作ろう」と相談する。攻略情報と人との会話が、今よりも強く結びついていた時代だったとも言えます。
考えてみると、攻略本を買う前から楽しみは始まっていました。本屋の棚で何冊も並んでいる攻略本を見比べて、「こっちのほうが詳しそうだな」「こっちは写真が多くて見やすいな」と悩みながら一冊を選ぶ。そのまま家まで持ち帰り、ゲームを始める前に少しだけ読むつもりが、気づけば何十ページもめくってしまう。今の攻略サイトとは違った、紙の本ならではの楽しみ方が確かにあったんです。
だからこそ、改めて考えると少し不思議でもあります。
あれほど当たり前に本屋へ並び、ゲームと一緒に買われていた攻略本が、いつの間にかほとんど見かけなくなりました。もちろん「ネットで無料の攻略情報を見られるようになったから」と考えるのが一番分かりやすい理由です。ただ、攻略本がここまで急速に存在感を失った背景を追っていくと、実際にはそれだけでは説明しきれません。
むしろ攻略本は、ゲーム文化そのものが大きく変わっていく中で、少しずつ立っている場所を失っていきました。その変化を知るためには、まず攻略本が最も勢いを持っていた時代に、いったいどんな本へ進化していったのかを見ていく必要があります。
攻略本は「攻略するための本」からゲームを楽しむ本へ進化した
攻略本が面白いのは、ゲームの人気とともに売れるようになっただけではなく、本そのものの作り方まで大きく変わっていったところです。初期の攻略本では、ステージの進み方や敵の倒し方、裏技といった実用的な情報が大きな価値を持っていました。ところがゲームの表現力が増し、作品の世界が複雑になっていくにつれて、攻略本にも「答えを調べる」以上の役割が求められるようになっていきます。
その変化がはっきり見えてきたのが1990年代でした。たとえば1991年から展開された任天堂公式ガイドブックでは、単純にデータを並べるのではなく、写真を多く使ったレイアウトやコラム、4コマ漫画、開発者へのインタビューなども盛り込まれていきます。必要なところだけ開いて閉じる資料ではなく、ゲームを遊んでいない時間にもページをめくりたくなる「読み物」として作られるようになったわけです。
そして、この方向性をさらに押し進めた代表的な存在が「アルティマニア」でした。
アルティマニアを読んだ経験がある人なら分かると思いますが、あの本は単に「このボスにはこの攻撃が有効」「このアイテムはここで入手できる」と教えてくれるだけではありません。ストーリーの考察や世界観、キャラクターの設定資料、開発スタッフのインタビュー、普通に遊んでいるだけでは気づきにくい隠し要素まで、一つのゲームを徹底的に掘り下げる内容になっていました。むしろゲームをクリアしてから読んだほうが面白いページすらあり、攻略本でありながら総合的なファンブックとしても成立していたんです。
ゲームをクリアした後にアルティマニアを開いて、「この場面にはこんな設定があったのか」「あのキャラクターにはこんな背景があったのか」と知る。すると、一度エンディングまで遊んだ作品なのに、もう一度最初からプレイしたくなることがあります。攻略本を読むことでゲームへの理解が深まり、その理解が再びゲームへ戻るきっかけになる。この循環まで生まれていたことを考えると、当時の攻略本はゲーム本編の外側にある付属品とは言い切れない存在だったと思います。
もちろん、すべての攻略本がそこまで豪華だったわけではありません。それでも2000年代に入る頃には、人気ゲームが発売されると複数の出版社から攻略本が出て、本屋には分厚い本が何冊も並ぶ光景が珍しくなくなっていました。プレイヤー側も「攻略本を買うならどれにするか」と選べるほどで、ゲームソフトとは別に攻略本の市場がきちんと成立していたんですね。
その中でも、ポケモンのように大量の情報を集めるゲームと攻略本の相性は抜群でしたし、モンハンでは武器の派生や素材を調べるために何度も同じページを開くことになります。一方、FFのアルティマニアなら攻略だけでなく、物語や設定をさらに掘り下げて楽しめる。ゲームによって使い方は違っていても、「手元に一冊置いておきたい」と思わせる理由がそれぞれにありました。
こうして振り返ると、攻略本の黄金時代を支えていたのは、攻略情報の量だけではなかったことが見えてきます。
調べる、読む、眺める、集める。そしてゲームについて誰かと話すときにも使える。攻略本はいつの間にか、ゲームを攻略するためだけの道具から、好きな作品をもっと楽しむための一冊へと進化していました。
それだけの存在になっていたからこそ、後から考えると余計に疑問が残ります。ここまでゲーム文化の中に入り込み、一つの市場まで作っていた攻略本が、なぜ本屋の棚から急速に姿を消していったのか。その理由を「インターネットが普及したから」の一言だけで片付けてしまうと、実は見落としてしまう変化がいくつもあります。
それでも攻略本が書店から消えていった「3つの理由」
ここまで振り返ってきたように、攻略本は単にゲームの答えを調べるためだけの本ではありませんでした。攻略情報はもちろん、世界観やキャラクター設定、開発者の話まで盛り込み、ゲームを遊んでいない時間にも作品を楽しませてくれる。1990年代から2000年代にかけて、攻略本はゲーム文化の一部と呼べるところまで存在感を高めていったんです。
それだけに、現在の状況を考えると大きな変化を感じます。
昔は人気ゲームが発売されれば、少し遅れて何冊もの攻略本が本屋に並ぶことも珍しくありませんでした。それが今では、新作ゲームを買っても「攻略本が出るかな」と考える機会そのものが減っています。
なぜ、ここまで状況が変わったのか。
おそらく多くの人が最初に思い浮かべるのは、インターネットの普及だと思います。確かにこれは非常に大きな理由で、攻略情報を得るという目的だけなら、紙の本よりネットのほうが便利な場面は圧倒的に増えました。
ただ、攻略本が本屋から姿を消していった流れを追ってみると、「ネットが普及したから売れなくなった」という一つの理由だけでは説明しきれません。
攻略本を取り巻く環境では、大きく三つの変化が重なっていました。
一つ目は、攻略情報を手に入れる場所が紙からネットへ移ったこと。二つ目は、攻略本を企画・編集・出版してきた側の基盤そのものが縮小していったこと。そして三つ目が、DLCやアップデート、オンラインゲームなどの普及によって、ゲーム自体が紙の攻略本では追いかけにくいものへ変化したことです。
しかも、この三つは完全に独立して起きたわけではありません。
ネットで無料の攻略情報が充実すれば、わざわざ攻略本を買う人は減っていきます。攻略本の市場が小さくなれば、それを作る出版社や制作側にも影響が及ぶ。そしてゲーム本編まで発売後のアップデートを前提とするようになれば、完成までに時間がかかる紙の本は、以前よりも攻略情報を扱いにくくなります。
つまり、攻略本は何か一つの出来事によって突然消えていったのではなく、「情報を得る方法」「本を作る側」「ゲームそのもの」という三方向から、少しずつ居場所を失っていったと考えたほうが実態に近いんですね。
では、この三つの変化は具体的にどのように進んでいったのか。まずは私たちプレイヤーにとって最も身近だった、攻略情報のネット化から見ていきます。
理由① ネット攻略が「無料・速い・検索できる」を実現した
インターネットが家庭へ普及し始めたからといって、攻略本がすぐに必要なくなったわけではありません。むしろ1990年代後半から2000年代頃までは、ネットの攻略サイトを利用しながら攻略本も買うという人が普通に存在していました。
最初に広がっていったのは、個人が作る攻略サイトです。
ゲームごとに専用ページが作られ、ストーリーの進め方やアイテムの入手場所、隠し要素、裏技などが公開されるようになります。さらに2000年代半ばになるとWiki形式の攻略サイトも登場し、特定の管理人だけではなく、多くのプレイヤーが情報を持ち寄って攻略データを充実させられるようになりました。
ここで攻略本にはなかった大きな強みが生まれます。
ゲーム発売後に新しい隠し要素が発見されたとしても、すでに印刷された攻略本へその情報を追加することはできません。一方、ネットなら発見された情報をすぐに追記でき、内容に間違いがあれば後から修正することも可能です。
そして2010年代に入ると、企業が運営する大規模な攻略サイトも本格的に増えていきました。ゲーム発売直後から大量の攻略記事が公開され、プレイヤー側も検索エンジンへゲーム名と知りたい情報を入力するだけで、必要なページへ直接たどり着けるようになります。攻略情報が「無料・即日・網羅的」に提供される環境が整ったことで、紙の攻略本が担っていた役割のかなりの部分がネットへ移っていきました。
ここで大きかったのは、単純に「無料になった」ことだけではないと思います。
たとえばRPGを遊んでいて、あるダンジョンの宝箱が一つだけ見つからないとします。昔なら攻略本を取り出して目次からダンジョンを探し、該当ページのマップと自分の状況を見比べていました。
今ならゲーム名とダンジョン名、それに「宝箱」と入力すれば、知りたい情報へほぼ直接アクセスできます。ボスが倒せなければボス名を検索し、素材が足りなければ素材名を調べる。攻略情報を一冊丸ごと所有する必要がなくなり、その瞬間に必要な答えだけを取り出せるようになったわけです。
さらに動画による攻略が一般的になると、紙との違いはより大きくなりました。
アクションゲームで「この攻撃を見たら回避する」と文章で説明されても、実際のタイミングまでは分かりにくいことがあります。それならプレイ動画を見て、キャラクターがどの瞬間に動いているのか確認したほうが早い。複雑なマップの移動経路やボス戦の立ち回りなど、動きを伴う攻略では映像そのものが答えになる場面も増えていきます。
こうなると、攻略情報という実用性だけで紙とネットを比べるのは、かなり厳しくなります。
無料で読める。発売直後から情報が増えていく。検索できる。後から更新できる。そして文章で伝わりにくければ動画でも確認できる。
かつて攻略本を開かなければ分からなかったことが、スマホ一台あればゲームを中断することなく調べられるようになりました。
それでも、攻略本には世界観や設定資料、所有する楽しさといったネットでは置き換えにくい価値が残っています。だから、ネットが登場しただけで攻略本という文化がここまで縮小したと考えると、少し話が足りません。
同じ時期には、攻略本を読む側だけではなく、その一冊を作り続けてきた側にも大きな変化が起きていたからです。
理由② 攻略本を作っていた側も縮小していった
ネットで攻略情報を簡単に調べられるようになったことで、攻略本を買う必要性は確実に薄れていきました。ただ、それだけなら攻略本も内容を変えながら、別の形で生き残る余地はあったはずです。
実際には、読者が攻略本から離れていくのと並行して、攻略本を作り続ける側の環境にも変化が起きていました。
そもそも、一冊の攻略本を完成させるには相当な手間がかかります。ゲームを実際にプレイして情報を確認し、マップやアイテム、敵、イベントなどの膨大なデータを整理する。それを読者が理解しやすい形に編集し、画面写真や図版を組み合わせながら数百ページの本へ仕上げていくわけです。
特に大作RPGともなれば、扱わなければならない情報量はかなりのものになります。ストーリーの攻略だけではなく、武器や防具、アイテム、モンスター、サブイベント、隠し要素まで網羅しようとすれば、それだけ制作規模も大きくなります。
かつては、それだけの労力をかけても攻略本が売れる市場がありました。
ところが2000年代に入ると、攻略本やゲーム関連書籍を支えてきた企業にも大きな動きが出てきます。2002年には、ゲーム攻略本などを手掛けてきた勁文社が経営破綻。その翌年となる2003年には、デジキューブも自己破産を申請しました。
デジキューブという会社名を聞いても、今となっては馴染みがない人もいるかもしれません。ただ、攻略本が好きだった人にとっては非常に重要な存在で、先ほど紹介した「アルティマニア」シリーズを展開していた会社でもあります。
もちろん、デジキューブの破綻によってアルティマニアまで終わったわけではありません。その後はスクウェア・エニックスへ引き継がれ、シリーズ自体は継続しています。
それでも、攻略本を取り巻く出版環境の変化はその後も続きました。
2018年には『星のカービィ スターアライズ』を最後に、1991年から続いてきた小学館の任天堂公式ガイドブックシリーズが終了。さらに2020年には、PlayStationのゲーム情報を長年扱ってきた『電撃PlayStation』も定期刊行を終えています。
ここで注意したいのは、こうした出版社の経営破綻や雑誌・シリーズの終了を、すべて「攻略本が売れなくなったから」と単純に結びつけることはできない点です。それぞれに異なる事情があり、攻略本市場だけを原因として説明できる話ではありません。
ただ、攻略本という文化を支えていた側が以前と同じ状態ではなくなっていったことも確かです。
攻略本は、ゲームの情報さえあれば作れるものではありません。長時間ゲームを検証する人がいて、その情報を整理する編集者がいて、読みやすいページへ仕上げる制作体制があり、さらに印刷して全国の書店へ届ける流通まであって、ようやく一冊の本として読者の手に届きます。
そしてネット攻略が充実し、攻略本を購入する人が減っていけば、当然ながら「これだけの制作コストをかけて本当に売れるのか」という問題も出てきます。
何百ページにも及ぶ攻略本を作っても、以前ほど多くの部数が期待できない。それなら出版社側も、すべてのゲームに対して大規模な攻略本を作る判断はしにくくなります。読者から見れば「最近は攻略本が出なくなった」という変化ですが、その裏側では、攻略本を商品として成立させるハードルそのものが上がっていったと考えることができます。
つまり攻略本は、ネットによって読む人が減っただけではありません。
攻略本を作る企業や媒体、制作体制まで含めて考えると、かつてのように「人気ゲームが発売されたら攻略本も出る」という流れを維持しにくい環境へ変わっていったんです。
ただ、ここまでならまだ「紙の出版物を取り巻く環境が変わった」という話で収まります。
攻略本にとってさらに厳しかったのは、その間にもゲームが進化を続け、攻略する対象そのものが、紙の本では追いかけにくい形へ変わっていったことでした。
理由③ そもそも現代ゲームと「紙の攻略本」の相性が悪くなった
攻略本を買う人が減り、それを作る側の環境も変わっていく。その流れだけでも攻略本にはかなり厳しい状況ですが、もう一つ無視できないのが、ゲームそのものの作られ方が昔とは大きく変わったことです。
かつて家庭用ゲームの多くは、発売された時点で内容がほぼ完成していました。一度ソフトが世に出れば、ゲーム内のマップやアイテム、敵の強さ、イベントの発生条件などが後から大幅に変わることは基本的にありません。そのため発売後に時間をかけて攻略本を作ったとしても、そこに掲載された情報は長く使い続けることができました。
ところが現在では、発売後のアップデートが珍しいものではなくなっています。
不具合の修正だけではなく、ゲームバランスの調整、新しいアイテムやクエストの追加、DLCによるエリアやストーリーの拡張など、発売した後もゲームの中身が変わり続ける作品が増えました。オンラインゲームやスマートフォン向けゲームともなれば、その変化が数年単位で続くこともあります。
ここで紙の攻略本が抱える、かなり根本的な問題が出てきます。
たとえば攻略本に「この武器が最強」と書かれていたとしても、発売後のアップデートで性能が調整されれば、その情報は古くなってしまいます。新しいエリアや装備が追加されても、すでに印刷されたページを書き換えることはできません。
ネットなら記事を更新すれば対応できますが、紙ではそうはいかない。つまり、一度印刷したら内容を変更できない攻略本と、発売後も内容が更新され続ける現代ゲームは、構造的に噛み合いにくくなってしまったわけです。
さらに、ゲームの遊ばれ方そのものも変化しました。
オンライン対戦や協力プレイが中心となる作品では、「決められた順番で進めればクリアできる」という従来型の攻略だけでは足りません。対戦相手によって戦い方が変わり、プレイヤーの研究によって新しい戦術が生まれ、それまで強いと思われていた戦法が対策されることもあります。
こうしたゲームでは、完成された一冊の攻略本を読むよりも、その時点で使われている戦術や最新の環境をネットや動画で確認するほうが実用的です。ゲーム側が変化し続ける以上、攻略情報にも同じ速さが求められるようになったんですね。
そしてもう一つ、攻略本との関係を考えるうえで大きいのが、オープンワールドをはじめとした自由度の高いゲームが増えたことです。
昔のRPGなら、「町Aへ行く→ダンジョンBを攻略する→ボスCを倒す」といった形で、ある程度はプレイヤーの進行順序を想定して攻略チャートを作れました。ところが広大な世界を自由に探索できるゲームでは、最初にどこへ向かうか、どのクエストを受けるか、どんな装備を使うかまでプレイヤーによって変わってきます。
もちろん、そうしたゲームでも攻略本を作ること自体はできます。ただ、昔のように「このページから順番に読めばゲームを攻略できる」という本の構成とは相性が悪くなります。膨大なマップや大量のサブクエスト、収集要素まで一冊へ収めようとすれば、今度は本そのものが途方もなく大きくなってしまいます。
ここまでの変化を重ねてみると、攻略本が置かれた状況がかなり見えてきます。
ネットによって攻略情報は無料かつ素早く手に入るようになり、攻略本を支えていた出版環境も以前とは変わりました。そのうえゲームまで発売後に更新され、オンライン化し、プレイヤーごとに異なる遊び方ができる方向へ進化していった。
攻略本が単純に「ネットとの競争に負けた」というより、ゲームを取り巻く環境全体が、紙に攻略情報を固定して届ける方法から離れていったと考えたほうが分かりやすいと思います。
とはいえ、ここで一つ気になることがあります。
これほど紙の攻略本にとって不利な環境になったのなら、攻略本は完全に消えてしまってもおかしくありません。ところが実際には、今でも攻略本や公式ガイドブックが発売されるゲームはあります。
では、ネットで何でも調べられる今の時代に、それでも「紙で欲しい」と思わせる攻略本には何が残っているのでしょうか。
それでもゲーム攻略本は完全には消えていない
ここまでの話だけを見ると、攻略本は役割を終え、そのまま消えていく存在のようにも思えます。ところが実際には、すべての攻略本がなくなったわけではありません。今でも新しい攻略本や公式ガイドブックが発売されるゲームはありますし、作品によってはかなり分厚い本が作られることもあります。
では、ネットで攻略情報を簡単に調べられる時代になっても、なぜ一部の攻略本は残っているのか。
その理由を考えていくと、現在まで生き残っている攻略本にはある程度共通した特徴が見えてきます。それが、攻略情報だけではなく「図鑑」「カタログ」「コレクション」として楽しめることです。
たとえばポケモンなら、ストーリーを進める方法だけが知りたいのであれば、ネットで調べれば十分です。ただ、たくさんのポケモンが並んだページをめくりながら、タイプや覚える技、進化の条件などを眺める楽しさは、それとは少し違います。
目的のポケモンだけを検索して情報を確認するのではなく、何となくページをめくっていたら知らないポケモンが目に入り、「こんなのもいるのか」と気づく。攻略するために必要な情報ではなくても、そうした寄り道まで含めて一冊の本として楽しめるんですね。
モンハンも似ています。
モンスターの弱点だけなら検索すればすぐに分かりますし、欲しい素材の入手方法だけを調べるならネットのほうが早い場面も多くあります。それでも武器の派生を眺めたり、モンスターや素材の情報をまとめて確認したりするとなると、一覧性のある本だからこそ感じられる面白さがあります。
『どうぶつの森』のようなゲームなら、魚や虫、家具などを眺めるカタログとしての楽しみ方もできます。攻略本を最初から最後まで順番に読む必要はなく、気になるところを開いては眺め、また別の日に違うページを開く。そうなると、攻略本という名前ではあっても、実際の役割は「ゲームの答えを教えてくれる本」からかなり広がっています。
ここは、ネットとの違いを考えるうえでも面白いところです。
ネット検索は、すでに「何を知りたいのか」が分かっているときに非常に便利です。欲しい素材の名前が分かっていれば、その名前を検索すればいい。特定のモンスターについて調べたいなら、モンスター名を入力すれば答えにたどり着けます。
一方で本の場合、探していた情報へ向かう途中にも別の情報が目に入ります。
目的のページを探していたはずなのに、途中で見つけた装備が気になって読み始める。そこから必要な素材を確認して、「じゃあ次はこのモンスターを狩りに行こう」とゲームへ戻る。効率だけを考えれば遠回りなのですが、攻略本ではその遠回り自体が楽しみになることもありました。
そして、もう一つ残っているのが「物として持っておきたい」という価値です。
好きなゲームほど、クリアして攻略情報が必要なくなった後も手元に残しておきたくなることがあります。設定資料やイラスト、キャラクターの情報まで収録された本ならなおさらで、ゲームを遊び終えた瞬間に役割がなくなるわけではありません。
そう考えると、今も攻略本が成立しやすいゲームには理由があります。
情報を調べるだけではなく、集めることそのものが楽しいゲーム。大量のキャラクターや装備、アイテムを眺めたくなる作品。そして、ゲームを遊び終えた後にも本棚へ置いておきたくなるほど、世界そのものに魅力があるタイトルです。
ネットが攻略本から奪ったのは、主に「答えを調べる」という役割でした。
反対に言えば、**眺める、集める、偶然知らない情報に出会う、そして好きなゲームの一冊を手元に残しておく。**こうした紙だからこそ感じられる部分までは、完全に置き換えられていません。
だから攻略本は、なくなったというよりも、必要とされる理由が変わったと考えたほうがしっくりきます。
そして、ここまで振り返ってみると、もう一つ気づくことがあります。
私たちが攻略本の衰退にどこか寂しさを感じるのは、便利な攻略手段が一つ消えたからではないのかもしれません。思い出しているのは攻略本に書かれていた情報ではなく、攻略本を買い、ページをめくりながらゲームを遊んでいた「あの時間」そのものではないかと思うんです。
僕たちが失ったのは「攻略情報」ではなく攻略本を読む時間だったのかもしれない
攻略本が減っていった理由を振り返ると、時代の流れとしてはかなり自然なものだったことが分かります。ネットなら無料で最新情報を調べられ、スマホを使えばゲームを遊びながら検索できる。動画を開けば、文章では説明しにくいボス戦の立ち回りまで実際の動きで確認できます。
便利さだけを比べれば、昔の環境へ戻りたいとはなかなか思いません。
それでも「攻略本を見かけなくなった」と聞いたとき、少し寂しさを感じる人はいると思います。そこには単純に「昔は攻略本があったな」という懐かしさだけではなく、攻略本と一緒にゲームを楽しんでいた体験そのものが関係しているのかもしれません。
たとえば、欲しかったゲームを買った帰りに本屋へ寄って、攻略本の棚を眺める時間がありました。同じゲームだけでも何冊か並んでいて、表紙や厚さを見比べながら「どれが一番詳しいんだろう」と悩む。子どもにとってはゲームソフトだけでも決して安い買い物ではありませんから、攻略本を一冊追加するだけでも、それなりに大きな決断だったと思います。
そして家へ帰ったら、コントローラーの横に攻略本を置いてゲームを始める。
分からないところがあれば本を開き、目的のページを探して、解決したらまたゲームへ戻る。その途中で関係のないページが目に入り、「こんな武器があるのか」「この先にこんな場所があるのか」と、まだ知らなかったゲームの世界を少しだけ覗いてしまうこともありました。
今なら検索結果から必要な答えへ一直線に向かえますが、攻略本にはそうした効率の悪い寄り道がいくつもあったんです。
しかも、その本を一人だけで読んでいたとは限りません。
兄弟で同じ攻略本を使ったり、学校へ持っていって友達とページを囲んだり、「ここにレアなアイテムがあるらしい」と教え合ったりする。一冊の本を中心にゲームの話が始まり、そこから「昨日どこまで進んだ?」という会話につながっていくこともありました。攻略本は情報源であると同時に、ゲームについて誰かと話すきっかけにもなっていたんですね。
だから、攻略本がネットへ置き換えられたと考えるだけでは、どこか話が足りないように感じます。
攻略情報そのものは失われていません。それどころか、昔よりはるかに多くの情報へ、圧倒的に早くアクセスできるようになりました。分からないことがあってゲームが止まる時間も減り、攻略という意味では間違いなく便利になっています。
その代わりに薄れていったのが、攻略情報へたどり着くまでの体験だったのかもしれません。
本屋へ行って攻略本を選ぶこと。新しい本のページを初めて開くこと。コントローラーを置いてマップとにらめっこすること。付箋を貼ったり、何度も読んだページだけ少し傷んでいったりすること。そして友達や兄弟と同じ本を覗き込みながら、ゲームについてあれこれ話すこと。
一つひとつは些細なことですが、それら全部がゲームを遊んでいた時間の中に組み込まれていました。
だからこそ、昔の攻略本を久しぶりに手に取ると、書かれている攻略情報以上のものを思い出すことがあります。
「このページ、何度も見たな」と感じた瞬間に、そのゲームを遊んでいた部屋や、一緒に話していた友達、当時夢中になっていた場面まで蘇ってくる。攻略本そのものが、ゲームを遊んだ記憶を保存するアルバムのような存在になっている人もいるはずです。
ネットの攻略記事は更新され、より正確で便利なものへ変わっていきます。それは今のゲームに合った、とても合理的な進化です。
一方で攻略本は、情報が古くなったとしても、その本を読んでいたときの記憶までは古くなりません。
そう考えると、攻略本が書店から減ったことで失われたのは、「ゲームを攻略する方法」ではなかったのだと思います。
本屋で一冊を選び、ゲームの横に置き、何度もページをめくりながら遊ぶ。
私たちが少し懐かしく感じているのは、攻略本そのもの以上に、そんなふうにゲームと向き合っていた時間なのかもしれません。
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