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【なぜ統一できない?】ゲーム機の決定ボタンがバラバラな理由!任天堂・PS・Xboxに隠された歴史

【なぜ統一できない?】ゲーム機の決定ボタンがバラバラな理由!任天堂・PS・Xboxに隠された歴史

Nintendo SwitchからPlayStation 5に持ち替えた瞬間、いつもの感覚でボタンを押したらキャンセルされてしまった。複数のゲーム機で遊んでいる人なら、一度くらい経験したことがあるのではないでしょうか。

任天堂のゲーム機では、基本的に右側にある「A」が決定、その下にある「B」がキャンセル。一方、Xboxでは同じABXYを使っているにもかかわらず、「A」は下側、「B」は右側に配置されています。つまり、ボタンに書かれている文字は同じなのに、物理的な位置はほぼ正反対です。

さらに話を複雑にしているのがPlayStationです。

日本では長い間「○で決定、×でキャンセル」という操作に親しんできましたが、海外では反対に「×で決定」が使われてきました。そして2020年にPlayStation 5が登場すると、日本を含めて下側の×ボタンで決定する方式へ統一されています。

こうして並べてみると、「これだけゲーム機が進化したのだから、そろそろ決定ボタンくらい統一してもいいのでは?」と思いたくなります。

ところが、この問題は単純にメーカー同士が規格を合わせていないから起きたわけではありません。

そもそも家庭用ゲームの歴史には、最初から世界共通の「決定ボタンはここ」というルールが存在していなかったのです。任天堂、セガ、ソニー、そして後に参入するMicrosoftが、それぞれ別々のコントローラーを作り、その操作方法に慣れたプレイヤーが増えていった結果、異なる方式がそれぞれの「当たり前」として定着していきました。

しかも、その違いは現在のゲーム機が登場してから生まれたものでもありません。

今では当たり前になっている十字キーやABXYといった仕組みさえ存在しなかった時代から、ゲームの操作方法は試行錯誤を繰り返してきました。そこからファミコンが登場し、スーパーファミコン、メガドライブ、PlayStation、ドリームキャスト、Xboxへと歴史が枝分かれしていったことで、現在まで続く「決定ボタン問題」が出来上がっています。

では、なぜ任天堂は右側のAを決定ボタンにしたのか。そして、同じABXYを採用したXboxでは、なぜAとBの位置が逆になったのか。

その原点をたどっていくと、現在のゲームコントローラーにも残されている、40年以上前の設計思想が見えてきます。

すべての始まりはファミコン!任天堂がA・Bボタンを選んだ理由

現在のゲームコントローラーを見ると、左手でキャラクターを動かし、右手でボタンを押して行動する形が当たり前になっています。しかし、ビデオゲームが登場した当初から、この形が完成していたわけではありません。

1970年代にはレバーとボタンを組み合わせたジョイスティック型の入力装置が広く使われていましたが、ゲームによって必要な操作が違うため、ボタンの数や配置にも共通した決まりはありませんでした。現在のように「この位置に決定ボタンを置く」という発想以前に、そもそも家庭用ゲームの標準的な操作方法そのものが存在していなかったのです。

そんな状況を大きく変えたのが任天堂でした。

1982年に発売されたゲーム&ウオッチ版『ドンキーコング』では、上下左右への操作を小さな本体で実現するために十字キーが採用されます。ひとつの十字型パーツを親指で押し分けるだけなので、大きく突き出したレバーを使わなくても4方向へ入力できる。この仕組みは携帯ゲーム機という限られたスペースから生まれましたが、その後の家庭用ゲーム機にも大きな影響を与えることになります。

そして1983年、ファミリーコンピュータが登場します。

コントローラーの左側には十字キー、右側には2つのボタンが配置され、それぞれ「B」と「A」という名前が与えられました。左手で移動を担当しながら、右手でキャラクターの行動を操作するという、現在まで続くゲームパッドの基本構造がこの時点でほぼ出来上がったことになります。

ただ、ここで気になるのが、なぜ「1・2」ではなく「A・B」だったのか。そして、なぜ右側がAで左側がBなのかという部分です。

実は、この理由については注意が必要です。ファミコンのボタンが2つになった背景にはコスト面の制約があったことが開発者の証言から分かっている一方、「なぜA・Bという名称なのか」「なぜ右からA・Bなのか」については、明確な理由を示した任天堂の一次資料や主要な開発者の証言が確認されていません。

右手の親指が届きやすい右側をメインとなるA、その左側をBにしたのではないかという見方もありますが、これは確定した事実として扱わないほうが自然です。今では当たり前に見える「右側のA」も、最初から世界共通の正解として設計されたわけではなかったことが分かります。

その後、1989年のゲームボーイでも右にA、左にBという配置は引き継がれました。そしてスーパーファミコンでは、ゲームの複雑化に対応するため表面ボタンを2つから4つへ増やし、現在まで続くABXYの形へ発展していきます。

ここでも面白いのが、追加された2つのボタンを「C・D」としなかったことです。

ABCDと連続させるのではなく、従来から使われていたA・Bと、新たに加わったX・Yを別のグループとして扱う。つまり、A・BとX・Yには、それぞれ異なる役割を持たせるという設計思想があったわけです。

さらにコントローラー上部にはL・Rボタンが加わり、それまで右手の親指に集中していた操作を人差し指にも分担できるようになりました。表面に4ボタン、上部にショルダーボタン、左側には方向入力という構成は、その後のゲーム機にも受け継がれていきます。

こうして見ると、任天堂が作ったのは単なる「Aボタンが右にあるコントローラー」ではありません。現代のゲームパッドにつながる基本形そのものを、かなり早い段階で形にしていたとも考えられます。

ところが、このまま各メーカーが同じ配置を採用したわけではありませんでした。

任天堂とはまったく違う考え方でボタンを並べるメーカーが登場し、しかもそのゲーム機が大きな支持を獲得したことで、「どのボタンを決定にするのか」という問題は一気に複雑になっていきます。

実はスーファミ時代からバラバラだった!決定ボタンが混乱した歴史

スーパーファミコンでABXYという現在にも通じる形が完成すると、「Aで決定、Bでキャンセル」という操作も、この頃から当然のルールになったように感じます。

ところが、実際のゲームを見ていくと事情はかなり違っていました。

当時はタイトル画面でスタートボタンを押したあと、そのままゲームが始まる作品も多く、そもそもメニューから項目を選んで「決定する」という操作自体が必要ないタイトルも珍しくありません。そのため、現在ほど「決定ボタンはここにあるべき」という共通認識が固まっていなかったのです。

その違いは、実際のゲームを調べた結果にも表れています。

国内で発売されたスーパーファミコン作品から主要223タイトルを選び、決定操作に使われていたボタンを調べたところ、44%はAかBのどちらか一方を決定ボタンとする形式ではありませんでした。 スタートボタンを使う作品なども含まれており、現在では真っ先に統一されそうな決定操作でさえ、当時はまだゲームごとに違っていたことになります。

さらに興味深いのは、この状況がスーパーファミコンの時代を通して少しずつ変化していることです。

発売初期にはBボタン、あるいはそれ以外のボタンを決定に使う作品が合わせて半数近くを占めていました。しかし、年代が進むにつれてAボタンを決定に使う作品が増加し、任天堂が開発したタイトルに絞ると、1995年にはA決定が主流へ移っていく傾向が確認できます。

では、なぜ数ある操作方法の中から「Aで決定」が広まっていったのか。

その背景として考えられるのが、RPGの存在です。

『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』に代表されるRPGでは、コマンドやアイテム、会話などを選択して決定する操作を何度も繰り返します。こうした作品ではシリーズ初期からAを決定、Bをキャンセルとする操作体系が採用されており、RPGを遊ぶ人が増えるほど、その操作を繰り返し経験するプレイヤーも増えていきました。

つまり、メーカーがある日突然「今日からAを決定ボタンにする」と決め、それが一斉に広まったというより、人気ゲームを何度も遊ぶうちに、プレイヤーの指がA決定を覚えていったと考えたほうが実態に近くなります。

しかも、この時点では「日本だけA決定、海外では別のボタン」という明確な地域差が生まれていたわけでもありません。

海外のみで発売された約100作品を追加で調べても、日本と大きく異なる傾向は見られず、アクションゲームではスタートボタン、RPGではAボタンを使う作品が存在していました。少なくともこの頃は、国によって操作方法が分かれていたというより、ジャンルや作品によって異なるルールが共存していた状態だったわけです。

ところが、ここへ任天堂とは違うボタン配置を持ったセガのメガドライブが入ってきます。

メガドライブのコントローラーは、任天堂のような右からA・Bという配置ではなく、左からA・B・Cとアルファベット順に並べる方式でした。その後に登場した6ボタン型では上段にX・Y・Zも追加され、この基本的な考え方は後のセガサターンにも引き継がれていきます。

ここで重要なのは、単純にボタンの名前が違ったことではありません。

任天堂では右側からA・Bなのに対し、セガでは左側からA・B・C。さらに海外版メガドライブにあたるジェネシスでは、右端のCを決定に使うゲームも存在していました。

しかもジェネシスは北米市場で大きく普及したため、任天堂とは異なる操作体系も一時的な変わり種として消えることなく、多くのプレイヤーに使われることになります。

ここが、現在まで続く決定ボタン問題を考えるうえで大きな分岐点です。

ゲーム業界にはひとつの標準が完成してから別の方式が現れたのではなく、標準が固まり切る前に複数の方式がそれぞれ成功してしまった。

任天堂方式に慣れた人がいる一方で、別の配置を自然だと感じる人も増えていく。そうなれば、あとから「こちらに統一します」と決めるだけでは済みません。

そして、このセガ側で育ったもうひとつの流れは、セガが家庭用ゲーム機市場から退いたことで消えたわけでもありませんでした。

むしろ形を変えながら、現在もNintendo Switchと並ぶもうひとつのABXY配置へとつながっていきます。

XboxのAボタンが下にあるのはなぜ?セガから受け継がれた意外な歴史

任天堂とは異なるボタン配置を広めたセガですが、その流れはメガドライブやセガサターンだけで終わりませんでした。

1998年に登場したドリームキャストでは、それまでセガが採用していた6ボタン構成を4ボタンへ整理します。そこで使われたのがABXYでしたが、任天堂とは並び方が違います。Aが下、Bが右、Xが左、Yが上という、現在のXboxを知っている人なら見覚えのある配置になっていました。

そして2001年、Microsoftが初代Xboxで家庭用ゲーム機市場へ参入します。

初代XboxでもAは下、Bは右、Xは左、Yは上に配置されました。つまり、NintendoとXboxは同じABXYという4文字を使っているのに、その並び方は異なるという現在まで続く状況が、この時点ではっきり形になったわけです。

では、なぜMicrosoftは任天堂ではなく、ドリームキャストと同じ位置関係を採用したのか。

ここで興味深いのが、当時のMicrosoftとセガの関係です。

MicrosoftはXboxを開発する以前からセガと関わりがあり、ドリームキャスト向けにWindows CEやDirectXを提供していました。さらに初期のXbox試作機には、ドリームキャストに似た形状やメモリーカードを差し込む構造も確認されています。

ただし、ここは「Xboxのボタン配置はセガからそのまま受け継いだ」と断定するより、両者のつながりを踏まえながら見る必要があります。

少なくとも結果として、ドリームキャストで使われていた「下にAを置くABXY配置」はセガのハード撤退とともに消えることなく、Xboxにも同じ位置関係が採用されました。そしてXboxが普及したことで、任天堂とは異なるもうひとつのABXY配置が海外市場で定着していきます。

ここまでなら、まだ「任天堂とXboxで配置が違う」というだけの話に見えるかもしれません。

しかし、決定ボタンという視点で見ると、この違いがかなり厄介です。

任天堂ではAが決定、Bがキャンセル。そしてXboxでも基本的にはAが決定、Bが戻るという関係になっています。文字だけを見れば、どちらも「Aで決定、Bで戻る」なので同じです。

ところが、実際に親指を動かす位置は逆になります。

任天堂では右側を押して決定するのに対し、Xboxでは下側を押して決定する。

そのためNintendo Switchを長く遊んだあとにXbox系のコントローラーを持つと、画面には「A」と表示されているのに、無意識に右側のボタンを押してしまうことがあります。逆の環境に移った場合も同じで、頭では配置を理解していても指が以前の操作を覚えているため、決定とキャンセルを間違えてしまうわけです。

そしてXbox方式をさらに強くしたのが、PCゲームの存在でした。

Windows向けゲームでもABXYが標準的なボタンとして扱われるようになり、PC向けのゲーム機器にもXbox型の配置が広がっていきます。つまり「下側のA」はXboxというひとつのゲーム機だけに閉じたルールではなく、PCゲームを含めた大きな操作体系へ成長していったことになります。

一方、任天堂もファミコン以来の配置を変えませんでした。

コントローラーの形やゲーム機そのものが大きく変化しても、右側のAで決定し、下側のBでキャンセルするという基本的な関係は受け継がれていきます。その結果、現在のゲーム業界には**「同じABXYなのに、AとBの位置が逆」という2つの標準が同時に残ることになりました。**

どちらかがほとんど普及しなければ、ここまでややこしい問題にはならなかったはずです。しかし任天堂方式もXbox方式も、それぞれ多くのユーザーが長年使い続ける操作として定着しました。

だからこそ、単純に「これからAは下側に統一します」と変更するわけにはいきません。

そして、この決定ボタン問題をさらに複雑にしたのが、ABXYという文字そのものを使わず、まったく別の考え方からコントローラーを設計したPlayStationでした。

なぜPS5は○決定を廃止したのか?日本と海外で違った操作文化

任天堂とセガがそれぞれ異なるABXYの歴史を築いていく中、初代PlayStationを開発していたソニーは、さらに違う道を選びました。

現在ではすっかり見慣れていますが、PlayStationのコントローラーにはA・B・X・Yという文字がありません。代わりに採用されたのが「△・○・×・□」という4種類の記号です。

これは単に他社との差別化を狙ったデザインではなく、それぞれの記号に意味を持たせるという考え方から生まれたものでした。

△は人の頭や視点、方向を表し、□は紙をイメージしてメニューや地図などを開く操作を想定。そして○と×には、日本で馴染み深い肯定と否定の意味が与えられています。アルファベットではなく、見ただけで覚えやすい記号を使うことで、言語が違っても通用するコントローラーを目指していたわけです。

この設計思想から考えれば、日本で「○を押して決定、×を押してキャンセル」という操作になったのは非常に分かりやすい流れです。

ところが、PlayStationが海外へ広がっていく過程で、ひとつの問題が起こります。

海外では○と×を見たときの受け止め方が日本と必ずしも同じではありません。加えて、すでに別のゲーム機を通じて「下側のボタンを押して決定する」という操作に慣れていたプレイヤーもいました。その結果、PlayStationは日本では○、北米では×を決定にするという、地域によって操作方法が異なる仕組みを採用することになります。

これによって少し不思議な状況が生まれました。

同じPlayStationを遊んでいるにもかかわらず、日本のプレイヤーは右側の○を押して決定し、海外のプレイヤーは下側の×を押して決定する。コントローラー自体は同じなのに、住んでいる地域によって「決定するために親指を動かす方向」が違っていたのです。

しかも、海外向けゲームが最初から完全に×決定へ揃っていたわけでもありません。

方針が決まったあとも、すべてのゲームメーカーがすぐに従ったわけではなく、海外版でも○決定を維持した作品が存在しました。その例として挙げられているのが、初代『エースコンバット』や『ファイナルファンタジーVII』です。これらの作品では海外版でも○決定、×キャンセルが採用されており、ハード側の方針とゲーム側の操作が完全に揃うまでには時間がかかりました。

そして2001年にXboxが登場すると、海外での「下側を押して決定」という感覚はさらに強くなっていきます。

Xboxでは下側のAが決定、右側のBが戻る操作として使われます。一方、海外版PlayStationでは下側にある×が決定です。ボタンに書かれた記号は「A」と「×」でまったく違いますが、プレイヤーの指の動きだけを見ると、どちらも下側を押せば決定、右側を押せば戻るという共通した操作になっていました。

つまり海外では、ボタンに何が書かれているか以上に、「決定は下、キャンセルは右」という位置そのものが身体に馴染んでいったことになります。

対して日本では、PlayStationで○決定に慣れたユーザーが長年遊び続けていました。そのため同じゲーム業界の中で、海外では下側決定が広く定着していく一方、日本では右側の○決定が残るという違いが続いていきます。

この状態に大きな変化が訪れたのが、2020年のPlayStation 5でした。

ソニーはPS5の発売を機に、決定とキャンセルの操作を世界で統一します。日本でも海外と同じ「×で決定、○でキャンセル」が標準となり、初代PlayStationから続いてきた○決定は、少なくとも標準仕様としては姿を消すことになりました。

長年○決定に慣れてきた日本のプレイヤーにとって、この変更が戸惑いやすかったのも無理はありません。

それでも統一へ踏み切った背景には、世界全体で見ればPlayStationの×だけでなく、XboxやPCゲームでも「下側で決定」という操作が広く使われるようになっていた事情があります。地域ごとに異なる仕様を維持するより、世界共通の操作へ揃える意味が大きくなっていたのです。

ただ、ここまで歴史を振り返ると、ひとつ気になることも出てきます。

PlayStationは世界共通の操作へ踏み切れたのに、ゲーム業界全体ではNintendo SwitchとXboxでA・Bの位置が逆になったままです。

だったら、すべてのメーカーがどちらかに合わせれば、この問題は終わるのではないか。

実際には、それが簡単にできないところに、40年以上続いてきた決定ボタン問題の本質があります。

決定ボタンは今後も統一されない?40年以上の歴史が生んだ変えられないルール

PlayStationがPS5で決定ボタンを世界共通にできたのなら、任天堂やXboxも同じ位置に揃えてしまえばいい。ここまでの歴史を振り返ると、そんな疑問が残ります。

技術的な話だけなら、決定ボタンの変更そのものは不可能ではありません。

それでもNintendo Switchでは右側のA、Xboxでは下側のAという違いが残っています。その理由を考えるうえで重要になるのが、記事の冒頭でも触れた**「経路依存」**という考え方です。

経路依存とは、過去に選ばれた仕組みが広く普及し、人々がそれに慣れていくことで、あとから別の方式へ簡単には変更できなくなる現象を指します。必ずしも現在の方式が唯一の正解だから残っているのではなく、それまで積み重ねてきた歴史そのものが、仕組みを維持する力になっていくわけです。

ゲームの決定ボタンは、まさにこの状態になっています。

任天堂はファミコンからNintendo Switchに至るまで、コントローラーの形や入力方法を何度も変えてきました。それでも、右側のAを決定、下側のBをキャンセルとする基本的な関係は維持されています。

一方、セガの系譜から広がった下側のAという配置も、Xboxだけに使われている特殊な方式ではなくなりました。Windows向けゲームでもABXYが標準的に扱われるようになり、PCゲーム向けのコントローラーにもXbox型の配置が広く採用されています。

その結果、現在は任天堂方式とXbox・PC方式の両方に、それぞれ長年その操作で遊んできた膨大なユーザーがいる状態になりました。

ここまで定着すると、ボタンの位置を変える影響は想像以上に大きくなります。

たとえば任天堂が次のゲーム機からAとBの位置を入れ替えたとします。Xboxに慣れている人には分かりやすくなるかもしれませんが、今度はファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイ、Nintendo Switchと遊び続けてきた人が、それまでとは反対の位置を押さなければなりません。

画面に表示されている文字を見れば判断できるとしても、ゲーム中は毎回ボタンを確認しながら操作するわけではありません。

メニューを開いて項目を選び、そのまま親指を動かして決定する。会話を読み進める。装備を変更する。ゲームを長く遊んでいるほど、こうした操作は「Aと書いてあるから押す」という意識的なものではなく、指が覚えた動作へ変わっていきます。

だからこそ、Nintendo SwitchからXboxへ持ち替えた直後に決定とキャンセルを間違えることがあるわけです。

そして厄介なのは、どちらか一方が明らかに間違った配置というわけでもないことです。

現在の違いは、世界共通だったルールをどこかのメーカーが途中で破った結果ではありません。ゲームの操作方法そのものが固まっていなかった時代に、任天堂とセガが異なる歴史を歩み、それぞれの方式が支持されたところへPlayStationやXboxが加わったことで、複数の「当たり前」が出来上がっていきました。

言い換えれば、決定ボタンが統一されないのは、ゲーム業界が標準化に失敗したからというより、標準がひとつに決まる前に複数の方式が成功してしまったからとも考えられます。

PS5で○決定から×決定へ変更された際、日本のユーザーから戸惑いが生まれたことを考えても、一度身体に染みついた操作を変える難しさが分かります。PlayStationの場合は同じコントローラーの中で世界共通の方式へ揃えることができましたが、ゲーム業界全体となれば、40年以上積み重なった複数の操作文化をひとつにまとめなければなりません。

そう考えると、Nintendo SwitchとXboxのA・Bが逆になっている光景も、単なる不便な仕様には見えなくなってきます。

右側のAにも、下側のAにも、それぞれそこへ至るまでの歴史がある。

普段何気なく押している小さな決定ボタンには、ファミコンからセガ、PlayStation、Xbox、そして現在のPCゲームへと続いてきた、40年以上にわたるゲーム機の進化がそのまま残されているのです。

まとめ:決定ボタンがバラバラなのは、それぞれのゲーム機が歩んできた歴史が違うから

Nintendo Switchでは右側のA、Xboxでは下側のA、そしてPlayStation 5では下側の×。普段は何気なく使っている決定ボタンですが、その配置がここまでバラバラになった経緯をたどると、単なるメーカーごとのこだわりでは片付けられないことが見えてきます。

そもそもの出発点は、ゲーム業界に「決定ボタンはこの位置に置く」という共通ルールがなかったことでした。

任天堂はファミコンで左側に十字キー、右側にA・Bボタンを配置し、その基本構造を後のゲーム機にも引き継いでいきます。スーパーファミコンではABXYへ発展しましたが、この時代でさえA決定が完全な標準だったわけではなく、作品によって使われるボタンはさまざまでした。

そこへ任天堂とは違う配置を採用したセガが加わります。

メガドライブでは左からA・B・Cと並べ、ドリームキャストになると下側にAを置いたABXYを採用。この位置関係は後に登場したXboxにも見られ、さらにWindowsのPCゲームへ広がったことで、「下側のAで決定」という操作も大きな勢力になっていきました。

PlayStationはさらに独特です。

ABXYではなく△○×□を採用し、日本では○を肯定、×を否定として扱う感覚から○決定が長く使われました。しかし海外では×決定が定着し、同じPlayStationでも地域によって操作が異なる状態が続きます。そしてPS5の登場を機に、日本でも×決定へ変更され、ようやくPlayStation内では世界共通の操作へ揃えられました。

こうして歴史を並べると、現在の状況がかなり分かりやすくなります。

任天堂、PlayStation、Xboxが同じルールから出発して途中でバラバラになったのではなく、それぞれが別の歴史を積み重ねた結果、異なる操作方法が「当たり前」として残ったのです。

しかもゲームの操作は、画面を見て頭で考えるだけのものではありません。何百時間、何千時間とゲームを遊んでいれば、メニューを閉じるときや会話を進めるとき、決定するときの親指の動きまで自然に身についていきます。

だからこそ、長年使われてきた配置を「分かりにくいから統一しよう」と簡単には変えられません。

新しいゲーム機が登場するたびに性能は上がり、映像は美しくなり、コントローラーにもアナログスティックや振動、モーション操作といった新しい機能が追加されてきました。それでも決定ボタンには、40年以上前から続く設計や操作文化の名残が残っています。

Nintendo SwitchからPS5へ持ち替えたとき、あるいはXboxからSwitchへ移ったとき、つい決定とキャンセルを押し間違えてしまう。

一見すると単なる「ややこしい仕様」ですが、その間違いこそ、自分の指がひとつのゲーム文化に慣れている証拠なのかもしれません。

ゲーム機がどれだけ進化しても、ボタンを押す人間の感覚は簡単にはリセットできない。だから決定ボタンは、今もひとつに統一されず、それぞれのゲーム機が歩んできた歴史を残したまま使われ続けているのです。

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