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「それまで金取るの?」ゲーマーを激怒させた評判の悪い課金要素6選

「それまで金取るの?」ゲーマーを激怒させた評判の悪い課金要素6選

いまのゲーム業界では、発売後にDLCが追加されたり、ゲーム内でスキンやアイテムが販売されたりすること自体は、もはや珍しいものではなくなりました。むしろ、本編を遊び終えたあとに新しいストーリーやマップが追加されるのであれば、「好きなゲームをもう少し遊べる」と歓迎する人も多いはずです。

ただ、同じ「課金」であっても、プレイヤーが素直にお金を払いたくなるものと、「いや、それまで金を取るの?」と思ってしまうものは明らかに違います。

たとえば、数十時間遊べる大型DLCに数千円を払うのと、これまで当たり前に使えていた機能を突然有料にされるのでは、受け取り方がまったく違ってきます。さらに厄介なのが、お金を払ったプレイヤーほど対戦で有利になったり、ゲーム側が意図的に作った不便さを課金によって解消できたりするケースで、こうなると単純な価格の高い・安いだけでは済まない話になってきます。

実際、ゲームの歴史を振り返ってみると、たったひとつの課金要素によって大炎上し、作品そのものの評価にまで影響を与えてしまった例は少なくありません。『Star Wars バトルフロントII』では、ルートボックスから入手するスターカードによってキャラクターの能力に差が生まれる仕組みが問題視され、通常プレイでも入手できるとはいえ、課金による成長速度との差が大きな反発につながりました。

しかも、今回取り上げるのは、単純に「値段が高すぎた」というものばかりではありません。馬の鎧、セーブデータの追加枠、強くてニューゲーム、ファストトラベルに関わるアイテムなど、「そこを商品として切り出すのか」と驚かされたものが揃っています。

では、なぜこれらの課金要素は、それほどまでにプレイヤーから嫌われてしまったのか。今回はゲーム史の中でも特に評判の悪かった6つの事例を振り返りながら、単なる炎上だけではなく、プレイヤーがゲームの課金に対して「ここから先は納得できない」と感じる境界線についても見ていきます。

『The Elder Scrolls IV: Oblivion』馬の鎧|たった300円がゲーム課金の歴史を変えた

まず取り上げたいのが、2006年に発売された『The Elder Scrolls IV: Oblivion』です。本作といえば、広大な世界を自由に探索できるオープンワールドRPGとして高い評価を受け、その後のゲームにも大きな影響を与えた作品ですが、実はゲーム内容とは別のところでも、現在につながるひとつの“歴史”を作っています。

それが、第1弾DLCとして販売された「馬の鎧」です。

名前の通り、ゲーム内で使用する馬に鎧を装備させられるというもので、単純に見た目が変わるだけではなく、馬のHPが増えるという実用的な効果も用意されていました。価格は日本円にしておよそ300円程度と、現在の感覚で考えれば、それほど高額なDLCには見えません。

ところが、2006年当時のプレイヤーにとっては話が違いました。

そもそも現在のように、キャラクターの衣装や武器の見た目を数百円、場合によっては数千円で購入する文化が広く定着していた時代ではありません。まして『Oblivion』は基本プレイ無料のオンラインゲームではなく、最初にソフトを購入して遊ぶ買い切り型の作品です。そんなゲームで「馬に装備させる鎧ひとつを別料金で販売する」というやり方そのものが、当時としてはかなり強い違和感を持って受け止められました。

さらに『Oblivion』のPC版では、ユーザーが制作したMODによってゲームを拡張する文化も盛んでした。無料でさまざまな追加要素を楽しめる環境が存在する一方、公式が比較的小規模な追加コンテンツを有料で販売したわけですから、「これにまでお金を取るのか」という反発が起きたのも無理はありません。結果として馬の鎧は、不評だった追加コンテンツを語る際に名前が挙がるほど象徴的な存在になっていきます。

ただ、興味深いのはここからです。

現在のゲームを見渡してみれば、キャラクターの衣装や武器スキン、乗り物の外見などを個別に販売すること自体は、それほど珍しい光景ではなくなっています。そう考えると、当時は「馬の鎧だけで金を取るなんて」と批判された仕組みが、形を変えながらゲーム業界に広く定着していったとも見られます。

もちろん、現在の課金文化すべてがこのDLCから始まった、とまで単純化することはできません。それでも、「ゲーム本編とは別に、小さなアイテムや外見の変化にも価格を付けられる」という考え方を語るうえで、馬の鎧が象徴的な存在になったのは確かです。実際、このDLCへの反発を受けて、その後は追加コンテンツの方向性も変わっていったとされています。

そして、ここまではまだ「300円払って馬を少し強くする」という話なので、買わなければ済むとも考えられます。

しかし次に取り上げる作品では、課金したかどうかがプレイヤー同士の強さにまで影響するという、さらに厄介な問題が表面化することになります。

『Star Wars バトルフロントII』ルートボックス|金を払ったプレイヤーが強くなる「Pay to Win」

馬の鎧は批判こそされたものの、それを買ったプレイヤーが他のプレイヤーより圧倒的に有利になるようなものではありませんでした。しかし、課金によってキャラクターの性能そのものに差が生まれるとなれば、話はまったく変わってきます。

その代表例として外せないのが、2017年に発売された『Star Wars バトルフロントII』です。

スター・ウォーズを題材にしたオンラインシューティングの続編として登場した本作は、前作になかったシングルプレイモードも追加されるなど、大きな期待を集めていました。ところが発売前後に注目を集めたのは、そうしたゲーム内容以上に「ルートボックス」、いわゆるガチャを中心とした成長システムだったのです。

問題の中心にあったのが「スターカード」と呼ばれるアイテムで、これを装備すると各クラスやヒーローの能力を強化できます。ダメージ量や回復量といった基本的な性能だけでなく、それぞれのキャラクターに合わせたさまざまな効果が存在し、さらに同じカードにも複数のレアリティが設定されていました。

つまり、より強力なスターカードを持っているほど、対戦でも有利になりやすい仕組みだったわけです。

しかも、その差は決して気休め程度ではありません。カードによっては、所持しているプレイヤーとそうでないプレイヤーの間で、バフ効果やステータスに4割ほどの開きが生まれるものもあったとされています。

もちろん、スターカードを手に入れる方法が課金だけに限定されていたわけではなく、通常のゲームプレイを続けてゲーム内通貨を貯め、ルートボックスを開けることも可能でした。

ただ、ここで問題になるのが「時間をかければ無料でも手に入るのだから公平」と言えるのか、という点です。普通に遊んで少しずつ成長しているプレイヤーの横で、お金を払ったプレイヤーが短時間で強力なカードを揃えられるのであれば、少なくとも対戦ゲームとしての公平感は大きく揺らぎます。ましてルートボックスにはランダム性もあるため、単純にプレイ時間だけで同じところまで追いつけるとは限りません。

これが、いわゆる「Pay to Win」と呼ばれる問題です。

見た目だけが変わるスキンなら、「欲しい人だけ買えばいい」で済ませることもできます。しかし、対戦相手が自分より強い理由にプレイヤースキルやプレイ時間だけでなく、リアルマネーまで絡んでくると、負けた側が感じる納得感はかなり違ってきます。特に『Star Wars バトルフロントII』のように、プレイヤー同士が直接戦うゲームでは、この違いは無視できません。

さらに本作では、スター・ウォーズを代表する人気キャラクターのアンロックにもゲーム内クレジットが必要となるなど、課金・アンロック周辺の仕組みそのものに不満が集中しました。そして、この問題について議論されていたReddit上でEA側が行った説明には、約67万件もの低評価が集まったとされています。

ここまで来ると、課金システムだけをゲーム本編から切り離して考えるのも難しくなります。本来ならゲームそのものが面白いか、対戦が楽しいか、スター・ウォーズの世界をどれだけ再現できているかといった部分で評価されるはずだった作品が、課金システムへの反発によって別の意味で名前を残してしまったからです。

馬の鎧が「こんな小さなものまで有料にするのか」という問題だったとすれば、『Star Wars バトルフロントII』が踏み込んだのは、**「お金を払えばゲーム内で強くなれることを、対戦ゲームでどこまで許していいのか」**という領域でした。

そして次に登場するのは、強さを買うという話ですらありません。ゲームを最初からやり直したい、別のキャラクターを作りたい――そんなごく普通の遊び方に必要な「セーブデータの枠」そのものが、有料になってしまった作品です。

『METAL GEAR SURVIVE』セーブスロット|「2つ目のデータを作りたいなら1000円」

『Star Wars バトルフロントII』では、課金によってプレイヤー間の強さに差が生まれることが大きな問題になりました。では、対戦で有利になるアイテムでなければ受け入れられるのかというと、もちろんそんな単純な話でもありません。

『METAL GEAR SURVIVE』が批判を浴びたのは、もっとゲームの根本に近い部分でした。

本作は『METAL GEAR SOLID V』をベースとしたスピンオフ作品で、巨大なワームホールに飲み込まれた先の異世界を舞台に、素材を集めたり拠点を整えたりしながら生き残っていくサバイバルアクションです。ゲーム内にはスキンやジェスチャー、経験値ブーストをはじめ、ポイントやアイテムの獲得量に関係するものなど、さまざまな有料コンテンツが用意されていました。

その中でも特に反発を招いたのが、2つ目のセーブデータスロットを作るために追加料金が必要だったことです。

本作で最初から利用できるスロットはひとつだけなので、現在のデータを残したまま最初からストーリーをやり直したい、あるいは主人公の性別を変えて別のキャラクターで遊びたいと思った場合、そのままでは新しいデータを作れません。既存のデータを削除するか、追加で約1000円を支払ってスロットを増やす必要がありました。

これが基本プレイ無料のオンラインゲームなら、まだ事情は理解できます。実際、MMORPGなどでは無料で利用できるキャラクター枠に上限を設け、それ以上作りたい場合に追加枠を販売する形式も珍しくありません。

ところが、『METAL GEAR SURVIVE』は基本プレイ無料ではなく、最初にソフトを購入して遊ぶゲームです。そこで「もうひとつセーブデータを作りたい」という、ごく普通の遊び方に追加料金を求められれば、「そこまで別売りにするのか」と感じるプレイヤーが出てくるのも自然な流れだったと思います。

ここで重要なのは、1000円という金額だけではありません。

仮にこれが500円だったとしても、あるいは100円だったとしても、根本的な違和感は残ります。なぜなら、プレイヤーが問題視したのは「高い追加コンテンツを売っていること」というより、これまでゲームを遊ぶうえで当然のように存在していた基本機能に値札が付けられたことだからです。

新しいマップを作る、新しいストーリーを収録する、新規キャラクターや大量の衣装を追加するとなれば、それを制作するためのコストもかかりますし、追加料金を取ることにも一定の納得感があります。しかし、セーブスロットとなると受け取り方はかなり違います。「追加されたものを買う」のではなく、「最初から使えてもおかしくないものを解除するために払う」という印象になりやすいからです。

この違いは、課金要素を考えるうえでかなり大きなポイントだと思います。

ゲーム会社から見れば、スキンも経験値ブーストもセーブスロットも、追加料金を支払うことで利用できる有料サービスという括りなのかもしれません。しかしプレイヤー側は、すべてを同じようには見ていません。「なくても普通に遊べる追加要素」と「ゲームを遊ぶための基本機能」の間には、感覚的ではあるものの、かなり明確な線が引かれています。

『Oblivion』の馬の鎧では小さな追加アイテムが商品になり、『Star Wars バトルフロントII』ではキャラクターの強さに課金が入り込み、そして『METAL GEAR SURVIVE』ではセーブデータという基本的な機能にまで課金の範囲が広がりました。こうして並べてみると、プレイヤーが反発する理由も少しずつ違っているのが分かります。

そして、この「以前なら普通に入っていたものを有料にする」という問題は、さらに分かりやすい形でも現れます。

次に取り上げるのは、RPGではおなじみのクリア後要素、「強くてニューゲーム」です。

『龍が如く8』強くてニューゲーム|クリア後の定番機能までDLCになった

セーブスロットへの課金が「本来使えてもおかしくない機能を有料にした」ことで反発を招いたとすれば、『龍が如く8』にもそれとよく似た問題がありました。しかも今回対象になったのは、RPGを遊んできた人なら一度は利用したことがあるかもしれない、クリア後の定番ともいえる機能です。

2024年に発売された『龍が如く8』は、日本とハワイを舞台に物語が展開するシリーズのナンバリング作品で、本編だけでもかなりのボリュームがあります。そこへサイドストーリーやミニゲームといった寄り道要素まで加わるため、遊び込めばプレイ時間が100時間を超えるほどの作品になっています。

これだけ長くキャラクターを育てていれば、クリアしたあとも「せっかく強くした仲間や集めた装備を使って、もう一度最初から遊びたい」と思う人はいるはずです。そこで用意されているのが、レベルや装備などを引き継いで2周目を始められる「プレミアムニューゲーム」、いわゆる強くてニューゲームでした。

ところが、ストーリーをクリアしただけでは、この機能を利用できません。

プレミアムニューゲームを遊ぶには、有料の「マスターズバケーションパック」が必要で、価格は1980円。このパックには新たな難易度や追加シナリオ、アイテムなども収録されており、その中のひとつとして2周目を遊ぶための機能も組み込まれていました。

もちろん、1980円を払って追加シナリオや新しい遊びを楽しめること自体に問題があるわけではありません。むしろ、本編とは別にしっかり作り込まれたコンテンツが追加されるのであれば、好きな作品をさらに遊びたい人にとっては十分購入する理由になります。

それでも強くてニューゲームまで有料パックに含めたことで反発が起きたのは、この機能に対するプレイヤー側の認識が違っていたからだと思います。

RPGにおける強くてニューゲームは、クリア後に楽しむためのひとつの遊び方として長く親しまれてきました。特に『龍が如く』シリーズでは過去作品にも存在していた機能だけに、プレイヤーからすれば「新しいコンテンツが追加された」というより、「これまで普通に使えていたものが有料側へ移された」と感じやすくなります。実際、この点への反発を受け、その後のスピンオフ作品では無料で実装されることになったとされています。

ここは、先ほどの『METAL GEAR SURVIVE』とも共通するところがあります。

たとえば、最初から強くてニューゲームという仕組みが存在しない作品なら、それだけで「未完成だ」と批判されることはまずありません。しかし、過去には標準で利用できた機能を有料パックへ移した瞬間、プレイヤーが見るのは追加された価値ではなく、「以前は払わなくても使えた」という部分です。

つまり、同じ機能であっても、その価格に納得できるかどうかは中身だけで決まるものではありません。シリーズで積み重ねてきた過去の作品や、プレイヤーが「ここまでは本編に含まれる」と考えている基準まで含めて判断されるため、一度でも標準機能として定着したものを有料化するハードルはかなり高くなります。

そして『龍が如く8』の場合、追加シナリオなどとセットになっていたことも、この問題を少し複雑にしています。「1980円払って強くてニューゲームだけを買う」という商品ではないからこそ、パック全体には価格相応の価値を感じながらも、「この機能だけは最初から使わせてほしかった」と考えることもできるわけです。

ここまで紹介してきた課金は、「アイテムを売る」「強さを売る」「基本機能を売る」と、対象こそ違っていました。それでも、ゲーム側が作った不便さと課金が結びついたとき、プレイヤーが抱く違和感はさらに複雑になります。その問題が分かりやすく表れたのが、『ドラゴンズドグマ2』のファストトラベルを巡る課金でした。

『ドラゴンズドグマ2』ファストトラベル|「不便さ」をリアルマネーで解決できてしまう違和感

ここまで紹介してきた事例と比べても、『ドラゴンズドグマ2』の課金を巡る問題は少し事情が異なります。単純に便利な機能を有料にしたというより、本作が大切にしているゲームデザインそのものと課金要素が結びついたことで、プレイヤーから疑問を持たれることになりました。

焦点となったのが、オープンワールドではおなじみのファストトラベルです。

一般的なオープンワールドゲームでは、一度訪れた街や拠点へ瞬時に移動できる仕組みが採用されることも多く、広大なフィールドを快適に探索するための機能として定着しています。一方、『ドラゴンズドグマ2』では自由にどこへでも飛べるわけではなく、移動そのものを冒険の一部として楽しませるような作りになっていました。

本作でファストトラベル先として利用するのが「戻りの礎」です。主要な場所には固定されたものが存在するほか、プレイヤー自身が好きな場所へ設置できるタイプもあり、この礎を増やしていくことで少しずつ移動しやすい環境を整えられます。また、実際にファストトラベルを行う際には「刹那の飛石」という別のアイテムも必要になるため、最初から気軽に瞬間移動を繰り返せる設計ではありません。

ここまでなら、単に「ファストトラベルに制限があるゲーム」で終わる話です。便利すぎる瞬間移動をあえて制限し、目的地までの道中で敵と遭遇したり、思いがけない場所を発見したりする機会を増やすのであれば、それもひとつのゲームデザインとして理解できます。

ところが、その設計に課金要素が加わったことで話がややこしくなりました。

プレイヤーが任意の場所に設置できる「戻りの礎」は最大10個まで置ける一方、ゲーム内で入手できる数には限りがあり、さらに追加の「戻りの礎」がリアルマネーで販売されていました。つまり、移動をあえて不便にしているゲームでありながら、その不便さを軽減できるアイテムのひとつを現実のお金でも購入できる仕組みになっていたわけです。

もちろん、「戻りの礎を買わなければまともに遊べない」という話ではありません。ゲーム内でも入手手段はありますし、ファストトラベル地点が多ければ多いほどゲームとして優れているとも限らないからです。

むしろ『ドラゴンズドグマ2』の場合、簡単に移動できないこと自体に意味があります。遠くまで出かけるなら準備をして、帰り道まで考えながら行動する。道中で予定外の出来事が起これば、その状況に合わせて判断を変える。そうした面倒さまで含めて冒険として成立させようとしているのであれば、ファストトラベルが制限されていることにも理由は見えてきます。

だからこそ、「では、その不便さをリアルマネーで少し軽減できるのはどうなのか」という疑問が生まれます。

仮に不便さそのものがゲームを面白くするために必要なのであれば、お金を払って緩和できる仕組みとは少なからず矛盾します。反対に、お金を払えば緩和しても問題ない程度の不便さなのであれば、「最初からもう少し快適にしてもよかったのではないか」という見方もできてしまいます。

この点が、『METAL GEAR SURVIVE』や『龍が如く8』とはまた違ったところです。あちらは「本来ありそうな機能を有料にしたこと」が批判の中心でしたが、『ドラゴンズドグマ2』では、ゲームとして意図的に設けた制限と、それを緩和する課金が同時に存在していることが違和感につながっています。

その後、ファストトラベル周辺には緩和も加えられており、移動に関する環境は変化しています。 それでも、この一件が興味深いのは、課金アイテム単体の値段や効果だけを見ても、プレイヤーが納得するかどうかは判断できないことです。

「不便だけれど、だからこそ面白い」と感じてもらえている間は、それも作品の個性になります。しかし、その不便さのすぐ横に値札が置かれた瞬間、「ゲームを面白くするための制限なのか、それとも課金させるための制限なのか」という疑念が入り込んでしまう。この境界線の難しさを、『ドラゴンズドグマ2』はかなり分かりやすい形で見せた事例だったと言えます。

『ペルソナ』シリーズの完全版商法|DLCではなく「ゲームをもう一本買ってください」

ここまで紹介してきたのは、ゲーム内のアイテムや機能に追加料金が設定された事例でした。一方、『ペルソナ』シリーズで長く議論されてきた「完全版商法」は少し毛色が違い、数百円のアイテムを購入するといった話ではなく、場合によってはゲームそのものをもう一度購入することになります。

そもそも『ペルソナ』シリーズは、ストーリーやキャラクター、独特のビジュアルなどが支持されてきた人気JRPGです。そんなシリーズで採用されてきた販売方法のひとつが、オリジナル版の発売からしばらく経ったあと、新たなストーリーやキャラクター、システムなどを加えた「完全版」を別タイトルとして発売するというものでした。

追加された内容そのものだけを見れば、むしろファンにとって嬉しいものです。好きだったゲームに新しい物語が加わり、既存部分にも手が入り、より充実した状態でもう一度楽しめるのであれば、それ自体には十分な魅力があります。

問題は、その追加要素だけをDLCとして購入するのではなく、新しいパッケージとして販売されることでした。

すでにオリジナル版を持っているプレイヤーであっても、完全版で追加された内容を遊びたければ基本的にはもう一度ゲームを購入する必要があります。 最初から完全版を購入した人にとっては一本のゲームですが、発売日にオリジナル版を買って応援していたファンほど、結果的に同じ作品へ二度お金を払う形になりやすいわけです。

とはいえ、これを単純に「追加要素をDLCで売ればいい」と片付けるのも難しいところがあります。

完全版で追加される内容は、本編クリア後に新しいシナリオが一本付け足されるだけとは限りません。序盤から終盤まで新要素が組み込まれ、既存のストーリーやゲーム体験そのものに変更が加えられる場合もあります。そうなると、後から追加部分だけを切り離してDLCとして配信するのが難しいという事情も見えてきます。

だからこそ、この販売方法は少し厄介です。

完全版の内容が薄ければ「これだけのために買い直すのか」と不満が出ますし、反対に追加要素が充実していて非常に面白かったとしても、今度はオリジナル版を購入した人ほど「最初からこちらを遊びたかった」と感じかねません。完全版そのものの出来が良いことと、販売方法に納得できることは、必ずしも同じではないのです。

さらに、この形式が繰り返されると別の問題も生まれます。

シリーズの新作が発表されても、「数年待てば追加要素入りの完全版が出るのではないか」と考える人が出てくるため、発売日に買うこと自体をためらう理由になってしまいます。実際、参考資料でも、ゲームを二本購入することになる負担だけでなく、新作が出ても完全版を警戒して手を出しづらくなる点が問題として挙げられています。

これは、これまで見てきた課金要素とは違う意味で、メーカーとプレイヤーの信頼に関わる話でもあります。

発売日に購入するという行動には、「早く遊びたい」という気持ちはもちろん、「この作品に期待しているから新品で買う」という意味も含まれています。それなのに、早く買った人ほど後からより充実したバージョンをもう一度購入することになれば、次回から様子を見たくなるのも不思議ではありません。

『Oblivion』では小さな追加アイテムに値段が付き、『Star Wars バトルフロントII』では強さ、『METAL GEAR SURVIVE』ではセーブスロット、『龍が如く8』ではクリア後の機能、そして『ドラゴンズドグマ2』では不便さを緩和する手段が課金と結びついていました。それに対して完全版商法が突きつけるのは、もっと根本的な「最初に買ったゲームは、どこまで完成した商品なのか」という疑問です。

結局のところ、追加コンテンツが存在すること自体を嫌っているプレイヤーばかりではありません。面白いものが増えるのであれば、お金を払ってでも遊びたいという人は当然います。それでも不満が生まれるのは、「何を追加で売るのか」「最初に買った人がどう扱われるのか」という部分に、納得できる線引きが見えなくなったときなのだと思います。

なぜゲームの課金はここまで嫌われるのか?

ここまで6つの事例を見てきましたが、少し整理してみると、プレイヤーは「ゲームに課金がある」という理由だけで反発しているわけではないことが分かります。

たとえば、本編とは別に作られた大型DLCで、新しいマップやストーリーを何十時間も楽しめるのであれば、それを有料で販売することに納得する人は少なくありません。キャラクターの性能に影響しない衣装やスキンについても、「欲しい人だけが買えばいい」という形なら、少なくともゲームそのものの公平性を崩すことはありません。

では、今回紹介してきた課金は何が違ったのか。

ひとつ大きいのは、お金を払うことで新しい楽しさが増えるのか、それとも払わないことで不便や不利益を感じるのかという違いです。

『Oblivion』の馬の鎧であれば、まだ「欲しい人だけ買えばいい」と割り切ることができます。ところが『Star Wars バトルフロントII』では、ルートボックスから得られるスターカードがキャラクターの性能に影響するため、課金するかどうかが対戦時の強さにも関わっていました。

さらに『METAL GEAR SURVIVE』では2つ目のセーブスロット、『龍が如く8』では強くてニューゲームと、プレイヤーが「普通にゲームへ入っていてもおかしくない」と感じる機能まで有料化されています。

ここまで来ると、「このDLCにはいくらの価値があるのか」という話だけではなくなってきます。

プレイヤーが気にするのは、「これは追加で作られたコンテンツなのか、それとも最初から存在するはずだったものを切り離しただけなのか」という部分です。実際にメーカーが最初から切り離していたかどうかとは別に、そう感じさせてしまった時点で、課金に対する印象はかなり悪くなります。

『ドラゴンズドグマ2』の事例は、その難しさをさらに分かりやすくしています。本作ではファストトラベルを制限することで移動そのものに意味を持たせながら、その不便さを軽減できる「戻りの礎」がリアルマネーでも販売されていました。

するとプレイヤー側には、「この不便さはゲームを面白くするために必要なのか、それとも課金アイテムに価値を持たせるためなのか」という疑問が生まれます。本来ならゲームデザインとして受け入れられたかもしれない制限であっても、そのすぐ隣に課金という選択肢が置かれることで、意味まで違って見えてしまうわけです。

そして、もうひとつ無視できないのが「過去との比較」です。

『龍が如く8』の強くてニューゲームや『ペルソナ』シリーズの完全版商法が反発を招きやすいのも、プレイヤーには過去作品で積み重ねてきた経験があるからです。以前なら標準で利用できた機能が有料になれば、「新しいサービスが増えた」ではなく「無料だったものが有料になった」と感じますし、完全版が繰り返されれば、「新作を発売日に買っても、また買い直すことになるのでは」と警戒するようになります。

結局、課金に対する不満を「ユーザーはお金を払いたくないから怒っている」と考えてしまうと、本質を見誤ります。

ゲームが面白くなる追加コンテンツなら買う。好きな作品をさらに楽しめるならお金を払う。それでも、本編に含まれていると思っていた機能を後から買わされたり、お金を払った相手に対戦で有利を取られたり、意図的に作られた不便さを課金で解消するよう求められたりすれば、話は別です。

つまり、プレイヤーが見ているのは単純な価格ではなく、**「そのお金を払うことに、自分が納得できる理由があるか」**ということなのだと思います。

数百円でも納得できない課金がある一方、数千円でも喜んで買われるDLCがある。その差を考えると、ゲームにおける課金の難しさは、値段の付け方以上に「どこに値段を付けるのか」にあるのかもしれません。

まとめ|問題だったのは「高いか安いか」だけではなかった

今回紹介した6つの事例を振り返ってみると、「評判の悪い課金」とひと括りにしても、プレイヤーが反発した理由はかなり違っていました。

『Oblivion』の馬の鎧は、今では珍しくない小規模な有料DLCがまだ一般的ではなかった時代だからこそ、「こんなものまで別料金になるのか」という衝撃を与えました。一方、『Star Wars バトルフロントII』では課金によってキャラクター性能に差が生まれ、対戦ゲームで重要な公平性そのものが疑問視されています。

さらに『METAL GEAR SURVIVE』では2つ目のセーブスロット、『龍が如く8』では強くてニューゲームと、「これまでならゲーム本編に入っていてもおかしくない」と感じられる機能が有料になりました。『ドラゴンズドグマ2』では少し事情が変わり、移動の不便さをゲーム体験として成立させながら、それを緩和する手段のひとつをリアルマネーでも購入できるという、ゲームデザインと課金の関係そのものが議論を呼んでいます。
そして『ペルソナ』シリーズの完全版商法になると、問題はひとつのアイテムや機能ではありません。追加された内容を楽しむためにゲーム自体を買い直す必要があり、それが繰り返されれば「新作を発売日に買わず、完全版まで待ったほうがいいのでは」と考える人が出てくるのも自然です。

こうして並べてみると、結局のところプレイヤーが嫌っているのは、課金そのものではないのだと思います。

新しいストーリーを遊べる大型DLCに数千円を払うことと、セーブデータをひとつ増やすためにお金を払うことでは、同じ「有料コンテンツ」でも納得感がまるで違います。金額だけを見れば後者のほうが安かったとしても、「なぜこれにお金を払わなければならないのか」という疑問が残れば、その課金は高く感じられてしまいます。

ゲーム会社にとって追加コンテンツは、一本の作品から継続的に収益を得ながら、発売後もゲームを拡張していくための重要な仕組みです。そしてプレイヤーにとっても、好きな作品を長く楽しめるDLCは決して悪いものではありません。

だからこそ難しいのが、その境界線です。

「本編をさらに楽しむためにお金を払う」のか、それとも「本来あると思っていたものを使うためにお金を払う」のか。わずかな違いに見えても、プレイヤーが受け取る印象にはかなり大きな差があります。

今回の6つは、その境界線を越えたことで強い反発を招いた事例でもあります。そして、ゲームの課金が当たり前になった現在だからこそ、「何円なら許されるのか」ではなく、**「何に対してお金を取るなら納得してもらえるのか」**という部分が、以前にも増して重要になっているのかもしれません。

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