IT企業に入社したばかりの東大輝は、他社の新入社員と一緒に2ヶ月間の合同研修を受けることになります。
大学でプログラミングを学んできた東にとって、研修内容はそれほど難しいものではありません。ところが、プログラミングが苦手な同期の山下ちひろを助けたことから、余裕だったはずの研修生活が思わぬ方向へ変わっていきます。
『合同研修エクセプション』は、そんな二人の何気ないやり取りから始まる、社会人一年目の男女を描いた作品です。
最初は単に困っている同期を助けただけだった東ですが、何度も山下の面倒を見るうちに、二人の間には少しずつ接点が増えていきます。そして迎えた研修最終日、これまで当たり前のように顔を合わせていた関係が終わろうとしたとき、東はある行動に出るのでした。
楽勝のはずだった新人研修が、なぜか彼女のサポート漬けに
新卒でIT企業に入社した東大輝にとって、入社後に待っていた合同研修は、社会人としての生活に慣れるための準備期間のようなものでした。
というのも、研修で扱うプログラミングの内容は、大学時代にすでに学んできたものばかり。周囲の新入社員が慣れない課題に取り組む中、東はそれほど苦労することもなく、どこか気楽な気持ちで研修に参加していたのです。
せっかく社会人になったとはいえ、本格的な仕事が始まるのはもう少し先の話。それなら、この2ヶ月間くらいは余裕を持って過ごしたいと考えていたのも無理はありません。
ところが、そんな東の予定を狂わせる人物が現れます。
同じ合同研修に参加していた、山下ちひろです。
彼女は文系出身ということもあり、プログラミングの基礎から苦戦している様子。ある日、パソコンの前で困り果てている山下を見かけた東は、とりあえず手を貸すことにします。
最初は、ちょっとしたエラーの解決方法を教える程度のつもりだったのでしょう。しかし、実際に話を聞いてみると、山下はエラーメッセージの意味どころか、プログラムの基本的な仕組みさえ十分に理解できていませんでした。
例えば、Javaのコードに表示されたエラーを前にして、何が間違っているのか分からず戸惑う山下。東が原因を説明しても、そもそも説明に出てくる用語が理解できず、話がなかなか前に進みません。
さらに、配列について教えようとすると、今度は配列そのものが何なのかというところから説明する必要が出てきます。
プログラミングを経験したことがある人なら、こうしたやり取りに覚えがあるかもしれません。教える側は当たり前だと思っている知識でも、初めて学ぶ人にとっては、その前提から理解する必要があるものです。
東も最初は、山下がどこまで理解していないのかを把握できていなかったのでしょう。簡単な説明で済ませようとしても質問が増えてしまい、気づけば基礎から教え直すことになっているのです。
しかも、一度助けたことで山下から頼られるようになり、それ以降も何かとサポートする機会が増えていきます。
本来なら、自分の課題をさっさと終わらせて気楽に過ごせるはずだった研修期間。それがいつの間にか、山下のプログラミング学習を手伝う毎日に変わってしまいました。
東からすれば、面倒なことに巻き込まれたという気持ちもあったはずです。それでも、目の前で困っている山下を放っておけず、結局は付き合ってしまうところに、彼の人柄が表れています。
そして興味深いのは、この時点で二人の間に特別な関係があるわけではないことです。
同じ会社に入社した同期というわけでもなく、たまたま合同研修で顔を合わせただけの間柄。研修が終われば、それぞれ別の会社へ戻っていくため、今後も付き合いが続くとは限りません。
それなのに、毎日のように質問を受け、隣で一緒に課題を考える時間が積み重なっていきます。
最初は面倒だと思っていた相手でも、これだけ頻繁に関わっていれば、少しずつ印象が変わってくることもあります。東自身はまだそんな変化を意識していませんが、山下との何気ないやり取りは、いつしか研修生活の一部になっていたのです。
山下ちひろの不器用さが、二人の距離を少しずつ変えていく
山下ちひろという人物を見ていると、東が何度も手を貸してしまう理由が、少しずつ分かってきます。
彼女は決して要領がいいタイプではありません。プログラミングの知識が足りないだけでなく、分からないことをうまく説明するのも苦手で、東から質問されても、何をどう答えればいいのか戸惑ってしまう場面が目立ちます。
例えば、プログラムにエラーが出たときも、山下は画面に表示された英語のメッセージを見て、何が起きているのか分からず困っていました。
東が確認すると、そこにはエラーの原因を考えるための手がかりが表示されています。ところが、山下にとっては英語で書かれた文章というだけで難しく感じられるらしく、内容を理解する以前のところでつまずいていたのです。
さらに、配列について説明しようとした際には、そもそも配列という言葉自体が理解できていないことも判明します。
これには東も驚いた様子でしたが、山下本人はふざけているわけでも、研修を適当に受けているわけでもありません。分からないなりに何とか課題を進めようとしているものの、基本的な知識が追いつかず、次々と新しい疑問が出てきてしまうのです。
こうした場面で印象に残るのが、山下の飾り気のない反応です。
理解できないことがあると素直に困った顔を見せ、東に教えてもらったときには、少し慌てながらも感謝の言葉を返します。社会人になったばかりということもあってか、振る舞いにはどこかぎこちなさが残っており、周囲に合わせようとしながらも、なかなかうまくいかない様子が伝わってきます。
もちろん、教える側の東にとっては簡単な話ではありません。
自分の課題ならすぐに終わらせられるのに、山下の質問に付き合っていると、思いがけず時間を取られてしまいます。しかも、ようやく一つの問題を解決したと思ったら、今度は別のところでつまずいているのですから、呆れてしまうのも無理はない話です。
ただ、そんな山下に対して、東が必要以上に冷たく接することはありません。
多少面倒そうな態度を見せながらも、結局は彼女の話を聞き、どこが分からないのかを確認して、理解できるところから説明し直しています。
この二人のやり取りが面白いのは、最初から互いを特別な存在として意識しているわけではないところです。
東にとって山下は、何かと手のかかる研修仲間。一方の山下からすれば、分からないことを教えてくれる、頼りになる同期の一人だったはずです。
それでも、研修中に何度も顔を合わせ、同じパソコンの画面を見ながら課題に取り組んでいると、自然と会話する機会も増えていきます。
しかも、山下は自分をよく見せようと背伸びするタイプではありません。分からないことは分からないと口にしてしまいますし、困っているときには、その気持ちが表情にも出ています。
そんな彼女の様子に東が振り回される場面には、どこか職場の新人同士らしい空気が漂っています。
また、本作では人物の表情が比較的シンプルに描かれているため、山下が戸惑っている場面や、東が呆れている場面も、重苦しくなりすぎません。プログラミングの説明がなかなか通じないという状況さえ、二人の性格の違いが表れるコミカルなやり取りとして楽しめます。
ただし、東が山下の世話を焼いているからといって、それだけで二人の気持ちが通じ合っているわけではありません。
あくまで研修中に生まれた接点であり、東自身も、彼女との関係を特別なものとして考えていた様子はありませんでした。
それだけに、毎日のように顔を合わせていた相手と、研修が終わった途端に会わなくなるという状況には、少し複雑なものがあります。
仕事を教えたり、何気ない会話を交わしたりしている間は、それがいつまでも続くように感じられるものです。しかし、二人が参加しているのは、最初から終了日が決まっている合同研修にすぎません。
東にとっては面倒なことも多かった2ヶ月間ですが、その時間が終わろうとしたとき、山下という存在をどう感じるのか。
二人の関係が変わるきっかけは、そんな研修最終日の出来事にありました。
2ヶ月の研修が終わる日、ただの同期だった二人に変化が訪れる
山下ちひろのサポートに追われながらも、東大輝は何とか2ヶ月間の合同研修を終えることになります。
最初は余裕を持って過ごすつもりだった研修期間も、振り返ってみれば山下にプログラミングを教えていた時間が少なくありません。思い描いていた新人生活とはずいぶん違うものになりましたが、それも研修が終われば一区切りです。
そして迎えた最終日、研修に参加していた新入社員たちは、最後の飲み会で一緒に過ごした時間を振り返っていました。
ここで改めて意識することになるのが、合同研修という環境の特殊さです。
同じ教室で課題に取り組み、休憩時間には何気ない会話を交わしていても、参加者全員が同じ会社に所属しているわけではありません。研修が終われば、それぞれの会社へ戻り、別々の職場で仕事を始めることになります。
東もそのことは最初から理解していましたが、いざ最後の日を迎えると、これまで一緒に過ごしてきた人たちと顔を合わせる機会がなくなることに、少し感慨深いものを感じていたようです。
そんな中、東の目に留まったのが、二次会には参加せず帰ろうとしている山下の姿でした。
彼女とは研修中、何度も言葉を交わしてきました。プログラミングの質問を受けたり、エラーの原因を一緒に考えたりと、ほかの参加者よりも接する機会が多かった相手です。
とはいえ、二人はあくまで別々の会社に所属する新入社員であり、研修以外で特別な約束を交わしていたわけでもありません。
山下がそのまま帰ってしまえば、今後は顔を合わせることもないかもしれないのです。
ここで東は、彼女との関係が終わってしまう可能性に気づきます。
それまでの東にとって、山下は何かと手のかかる同期でした。課題が進まず困っている姿を見れば放っておけず、気づけば自分の時間を使ってまで面倒を見ている。そんな毎日を過ごしてきたものの、彼女と研修後も付き合いを続けるかどうかまでは、深く考えていなかったようです。
ところが、いざ別れが現実のものになると、ただ見送るだけでは終われない気持ちが生まれます。
東は帰ろうとしていた山下を呼び止め、二人でもう一度飲み直さないかと誘いました。
それまでの関係を考えると、この行動は少し意外にも感じられます。
何しろ東は、研修中ずっと山下のサポートに振り回されてきた人物です。ようやく研修が終わったのなら、そのまま解放された気分になっても不思議ではありません。
それでも、自分から声をかけたということは、山下との時間が単なる面倒事だけではなくなっていたのかもしれません。
一方、突然誘われた山下の反応も印象的です。
東からの申し出に対して、彼女は迷ったり断ったりすることなく、明るく返事をしています。
研修中は分からないことばかりで、東に助けてもらう場面が目立っていた山下ですが、少なくとも彼と一緒に過ごすことを嫌がっている様子はありません。むしろ、その素直な返事からは、これまで積み重ねてきた二人の関係がうかがえます。
ただ、ここで気になるのは、東と山下が互いをどのように見ているのかという点です。
東は山下を放っておけない相手だと感じているのか、それとも研修が終わる寂しさから、思わず声をかけただけなのか。山下にしても、親切にしてくれた同期から誘われたことが嬉しかったのか、それ以上の気持ちがあったのかは、この時点でははっきりしていません。
そもそも、二人がこれまで一緒に過ごしてきた時間のほとんどは、プログラミングの課題を通じたものです。
研修という共通の目的があったからこそ自然に会話できていた二人が、その環境を離れて向き合ったとき、どのようなやり取りをするのか。普段の教室では見えなかった一面が表れる可能性もあります。
そして何より、今回の誘いは研修中の質問や相談とは違い、東自身が山下と過ごす時間を選んだという点で、それまでとは意味が異なります。
最初は偶然の出会いでしかなかった二人ですが、2ヶ月間の積み重ねを経て、研修最終日に初めて自分たちの意思で一緒に過ごすことになりました。
何度も助けを求められていた東が、今度は自分から山下を呼び止める。そんな立場の変化も、この場面を印象深いものにしています。
研修が終われば、もう会わないかもしれなかった二人。
ところが、最後の飲み会で交わした何気ない約束によって、その関係は思いがけない方向へ動き始めるのです。
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