『鬼武者 Way of the Sword』は、カプコンを代表するアクションゲーム『鬼武者』シリーズの完全新作です。コンソール向けの新作としては『新 鬼武者 DAWN OF DREAMS』以来となり、実に約20年ぶりの復活ということで、シリーズを知っている人ほど「今の時代に鬼武者を作ると、どんなゲームになるのか」が気になっていたのではないかと思います。今回10時間ほど遊んでみましたが、まず感じたのは、昔の鬼武者をそのまま現代風のグラフィックに置き換えただけの作品ではないということでした。
舞台となるのは江戸時代初期の京都で、主人公を務めるのは宮本武蔵。鬼の篭手を手にした武蔵が、異形の存在である幻魔と戦っていくという、シリーズらしい設定が物語の軸になっています。武蔵のフェイスモデルには若き日の三船敏郎が採用されており、いわゆる端正で落ち着いた剣豪というより、荒々しさや血気盛んな雰囲気を前面に出した人物として描かれているのも印象的でした。
ゲームとしてはシングルプレイを軸とした剣戟アクションで、敵を倒して魂を吸収するおなじみの仕組みに加えて、敵の攻撃に合わせて強烈な一撃を叩き込む「一閃」もしっかり残されています。一方で、戦闘そのものは現代のアクションゲームとしてかなり手触りが変わっており、攻撃、防御、弾き、一閃を状況に応じて組み合わせながら戦う作りになっています。つまり、昔ながらの要素を懐かしさだけで残すのではなく、2026年のアクションゲームとして成立させたうえで「鬼武者らしさ」を組み直しているわけです。
そして、ここはシリーズ未経験者にとって重要なところですが、過去作品を遊んでいなくても問題なく入れる内容になっています。約20年ぶりの完全新作だからこそ、過去作の知識を前提とした続編というより、今の時代に『鬼武者』というシリーズを改めて立ち上げた作品と捉えたほうが分かりやすいかもしれません。昔からのファンに向けた要素をきちんと残しながら、新しく『鬼武者』に触れる人にも入口を開いている。このバランスは、実際に遊び始めて早い段階から感じられる部分でした。
一番面白いのはやっぱり剣戟!「一閃」が決まった瞬間がとにかく気持ちいい
では、実際に10時間ほど遊んで何が一番印象に残ったのかというと、これはやはり剣戟アクションです。『鬼武者 Way of the Sword』の戦闘は、基本となる攻撃に加えて、防御や弾きを使いながら敵の攻撃をさばき、ここぞというタイミングで「一閃」を叩き込む流れになっています。言葉だけを聞くと、近年のアクションゲームで定番になったパリィ主体の戦闘を想像するかもしれませんが、実際に触ってみると、それだけでは説明しきれない気持ちよさがあります。
特に面白いのが、こちらから一方的に攻撃を押しつけるのではなく、敵の動きを見ながら戦い方を組み立てていくところです。複数の敵に囲まれれば、当然ながら一方向だけを見ているわけにはいきません。目の前の敵を斬りながら別方向から飛んでくる攻撃を防ぎ、弾いたことで生まれた隙を利用して次の敵へ攻撃をつなげる。こうした攻守の切り替えがかなり自然につながっているので、敵の数が増えてくるほど剣戟そのものに勢いが出てきます。
その戦闘に大きなアクセントを加えているのが、シリーズを象徴する「一閃」です。敵の攻撃に合わせてこちらも攻撃を仕掛けることで、相手の一撃をかわしながら強烈な斬撃を叩き込めるのですが、これが綺麗に決まったときの感触はやはり格別でした。単純に与えるダメージが大きいから気持ちいいというより、それまで敵側にあった戦闘の流れを、一瞬でこちらへ引き寄せるような感覚があるんですよね。
しかも、本作では敵の大きさや攻撃の種類によって、こちらの受け方にも違いが出てきます。何でも同じタイミングで弾いてしまえばいいわけではなく、相手の動きを見て、防御するのか、弾くのか、それとも一閃を狙うのかを瞬間的に判断していく必要があります。だからこそ、最初は少し慌ただしかった戦闘でも、敵の動きが見えるようになってくると途端に面白さが増してくるわけです。
そして何より、この一連の戦闘には『鬼武者』らしい「バッサリ斬る気持ちよさ」がきちんと残されています。約20年ぶりの新作となれば、現代的なアクションへ変化するのは当然としても、シリーズを知っている側からすると、その結果として別物になってしまわないかは気になるところでした。ただ、10時間ほど遊んだ段階ではその心配はかなり薄く、むしろ昔からあった一閃の快感を、今のアクションゲームとしてどう成立させるかを考えて作られている印象があります。
もっとも、この戦闘の魅力は「一閃が気持ちいい」という一言だけではありません。実際に遊んでいて強く感じたのは、近年よく見かける洗練されたパリィアクションとは少し違う、宮本武蔵らしい荒々しさや泥臭さまで剣戟の手触りに落とし込まれていることでした。ここが『鬼武者 Way of the Sword』のアクションを、単なる現代的なパリィゲームで終わらせていない大きな部分だと感じています。
綺麗なパリィゲーではない、宮本武蔵らしい「泥臭さ」が剣戟を面白くしている
先ほど触れた一閃や弾きだけを切り取ると、『鬼武者 Way of the Sword』も近年増えてきたパリィ主体のアクションに見えるかもしれません。ただ、実際に戦っていると、その印象はかなり変わってきます。本作の剣戟は、敵の攻撃を正確に見切って綺麗に受け流していくというより、もっと荒々しく、相手とぶつかり合いながら無理やり活路を切り開いていく感覚が強いんです。
とりわけ複数の敵を相手にした場面では、この違いが分かりやすく出てきます。一人の敵と向き合って攻撃を待ち、タイミングよく弾いて反撃するという整った展開ばかりではありません。目の前の敵を斬っている最中にも別の敵が襲ってきますし、攻撃を弾いたと思ったら、今度は別方向から攻撃が飛んでくる。そうした乱戦の中で防御と攻撃を切り替え、相手の体勢を崩しながら強引に斬り進んでいくので、戦闘には自然と泥臭さが生まれています。
ここで効いてくるのが、主人公を宮本武蔵にした意味です。本作の武蔵は、無駄のない動きで淡々と敵を処理していくような剣豪ではなく、かなり血気盛んで荒々しい人物として描かれています。その人物像と実際のアクションがきちんとかみ合っているため、プレイヤー側も「上手にパリィできた」という感覚より、武蔵になって敵の集団へ斬り込んでいるという気分になりやすいんですよね。戦闘システムだけでなく、キャラクターの見せ方まで含めて剣戟の感触を作っているところは、本作で特に面白い部分だと感じました。
もちろん、荒々しいからといって大味なわけではありません。敵の攻撃を見て弾く、防御する、一閃を狙うという判断は必要ですし、相手によって攻撃の受け方も変わってきます。ただ、その仕組みをプレイヤーに綺麗にこなさせること自体が目的になっているのではなく、最終的には敵との斬り合いをどれだけ熱く見せられるか、その方向へシステム全体が組み上げられている印象があります。
だからこそ、一閃が決まった瞬間も単なる「ジャストタイミング成功」の気持ちよさだけでは終わりません。敵の攻撃をぎりぎりまで引きつけ、乱戦の流れを一発でひっくり返して、そのまま次の敵へ向かっていく。こうした瞬間が続くと、戦闘そのものに独特の勢いが出てきます。
個人的には、この泥臭さを残したことが『鬼武者 Way of the Sword』の剣戟を特徴づけているように感じます。現代的な操作感や弾きのシステムを取り入れながら、それを綺麗に整えすぎず、宮本武蔵という主人公に合わせて荒々しい殺陣へ落とし込んでいる。そのため、似た仕組みを持つアクションゲームを遊んできた人でも、実際に剣を交えてみると意外と違った手触りが感じられるはずです。
ボス戦は「どこで一閃を狙うか」を考え始めると一気に化ける
複数の敵を相手にした戦闘では、荒々しく斬り込んでいく武蔵らしさが強く出ていますが、ボス戦になると少し違った面白さが見えてきます。基本となる攻撃、防御、弾き、一閃という仕組み自体は変わらないものの、一対一になることで「相手の攻撃にどう対応するか」をより細かく考える必要が出てくるんです。ボスごとに攻撃パターンも異なるため、力任せに斬り続けるだけではなかなか思うように戦わせてもらえません。
もちろん、敵の攻撃をしっかり見て弾けば、そこから反撃へ持ち込むことはできます。ただ、本作では弾きだけを繰り返していても、それほど大きなダメージにはつながらないようになっています。安全に立ち回るだけなら弾きを中心に戦うこともできますが、そこから一歩踏み込んで大きく体力を削ろうとすると、やはり一閃を狙いたくなってくる。このあたりから、ボス戦の駆け引きがかなり面白くなってきます。
一閃を狙うということは、当然ながら相手の攻撃タイミングへ自分から踏み込むことでもあります。失敗すればこちらがダメージを受ける一方で、綺麗に決まれば戦況を一気にこちらへ引き寄せられる。そのため、ボスの動きを覚えていくうちに、「この攻撃は弾いておこう」「ここは一閃を狙えそうだ」と、自分なりに攻撃への対応を組み立てるようになっていきます。
実際、中盤のボスでは何度かやられたあと、一閃を意識して戦い方を立て直したことで、綺麗に攻撃がかみ合う場面も出てきます。それまで苦戦していた相手のHPが一閃をきっかけに大きく削れていくと、単純に強い攻撃を当てたという以上に、「ようやく相手の戦い方が分かってきた」という手応えがあるんですよね。こうした成功体験があるからこそ、失敗してもう一度挑戦するときにも、次はどこで一閃を差し込めるのかを考えたくなります。
しかも、ボスの攻撃は一発あたりのダメージも軽くありません。何度も被弾しながら強引に押し切るというより、防ぐところは防ぎ、弾ける攻撃は弾き、その中で勝負をかける瞬間を探していく。先ほど触れた複数戦の泥臭い斬り合いとは違って、一対一では攻守の判断がよりはっきりと戦況に表れるため、同じ戦闘システムでも遊んだときの感覚が変わってきます。
そして、一閃を狙うリスクと成功したときの見返りがあるからこそ、『鬼武者』らしい「バッサリ感」もしっかり生きてきます。敵の攻撃を完璧に処理し続けることだけが正解なのではなく、どこかで自分から勝負を仕掛けて、一撃で流れを変える。その瞬間を自分で作れるようになってくると、ボス戦はかなり気持ちよくなります。
10時間ほど遊んだ中でも、ボス戦は一閃の仕組みを理解するほど印象が変わっていった部分でした。最初は敵の攻撃を防ぐことに意識が向きがちですが、そこから「どう耐えるか」ではなく「どこで一閃を入れるか」へ考え方が変わってくると、戦闘の見え方そのものが変わってくる。この駆け引きは、本作の剣戟を語るうえで外せない面白さだと感じています。
ソウルライク化しなかったのは正解?難しさより「鬼武者らしい気持ちよさ」を優先
ここまで一閃や弾きを中心に戦闘を紹介してきましたが、このあたりの仕組みを見て「かなりソウルライク寄りなのでは?」と感じる人もいるかもしれません。敵の動きを見極め、攻撃をタイミングよく弾き、隙を作って反撃する。確かに共通する部分はありますし、ボス戦では相手の攻撃パターンを把握することも重要なので、プレイする前なら高難度アクションを連想するのも自然だと思います。
ただ、実際に遊んでみると、本作が目指しているところは少し違いました。ゲーム開始時には2種類の難易度から選択できますが、難しいほうを選んだとしても、いわゆるソウルライク作品のように一つひとつの戦闘で極端な緊張を強いられるほどではありません。少なくとも10時間ほどプレイした範囲では、何度も失敗しながら敵の行動を完全に覚えることより、弾きや一閃を使いこなしながら剣戟そのものを楽しませることに重点を置いているように感じました。
これは個人的にも、本作でかなり好印象だったところです。約20年ぶりに『鬼武者』を復活させるのであれば、近年人気の高難度アクションへ寄せる選択肢もあったはずです。特に一閃という仕組みは、敵の攻撃を見極めてタイミングよく反撃するという意味では、現代のパリィ主体のゲームとも相性がいい。それだけに、難易度まで引き上げてしまえば、それらしいゲームとして成立させること自体はできたと思います。
ところが、『鬼武者 Way of the Sword』はそこへ安易に乗っかっていません。一閃を狙う緊張感はあり、ボスの一撃も決して軽くない。それでも、戦闘の中心に置かれているのは「死なないために慎重に戦うこと」より、敵の攻撃をさばきながら一閃を叩き込み、豪快に斬り伏せていく気持ちよさです。だから、難しい戦闘を突破した達成感というより、自分の狙ったタイミングで一閃が決まり、戦いの流れを一気に持っていく爽快感のほうが強く残ります。
この方向性は、先ほど触れた宮本武蔵の荒々しい戦い方ともよくかみ合っています。もし本作が、一撃も受けないよう慎重に間合いを管理しながら、敵の攻撃を正確に処理し続けるゲームになっていたら、ここまで泥臭い剣戟にはならなかったかもしれません。多少戦況が崩れても、そこから弾きや一閃を決めて強引に流れを取り戻せるからこそ、武蔵を操作して斬り合っている感覚につながっているわけです。
もちろん、だからといって簡単なゲームという意味ではありません。ボスによって攻撃パターンは変わりますし、一発のダメージが大きい攻撃もあるため、適当に攻撃ボタンを押しているだけでは苦しくなる場面も出てきます。とはいえ、その難しさはプレイヤーを徹底的に追い詰めるためというより、攻撃、防御、弾き、一閃を使い分ける面白さを引き出すために置かれている印象が強いんですよね。
そう考えると、本作がソウルライクそのものを目指さなかったのは、かなり大きな意味があったように思います。現代のアクションゲームらしい弾きや駆け引きを取り込みながら、最後に残る感触はあくまで『鬼武者』。敵の攻撃を見切ることが目的ではなく、その先にある一閃の気持ちよさへつなげているからこそ、約20年ぶりの新作でありながら「別の人気ジャンルになった鬼武者」ではなく、ちゃんとシリーズの新作として遊べています。
京都はオープンワールドではない?遊んで分かったワイドリニアの狙い
戦闘についてはかなり好感触でしたが、もうひとつ実際に遊ぶまでイメージしにくかったのが、江戸時代初期の京都をどのようにゲームへ落とし込んでいるのかという部分です。本作はゲーム序盤こそ比較的一本道で進んでいくものの、少し進めると行動できる範囲が広がり、拠点を起点に京都の各所へ向かうワイドリニア型の構造へ変わっていきます。
拠点から目的地へ向かう途中には寄り道できる場所もあり、アイテムを探したり、ちょっとした仕掛けを解いたりしながら武蔵を強化していくこともできます。その意味では、昔の『鬼武者』と比べて探索できる余地は広がっていますし、京都というひとつの舞台を自分で歩き回っている感覚も出てきました。
ただし、ここで少し注意したいのが、一般的なオープンワールドや密度の高いワイドリニアを想像すると、本作のフィールドに対する印象がかなり変わってしまうことです。マップの至るところにイベントが用意されていて、少し道を外れれば新しい発見が次々と待っている、という作りではありません。配置されているオブジェクトや寄り道要素などは比較的シンプルで、探索そのものを何時間も楽しませることが主目的ではないように感じます。
なので、最初のうちは「せっかく京都を歩けるのに、もう少し何かあってもいいのでは」と感じる人がいても不思議ではありません。ワイドリニアという言葉から探索の密度を期待しているほど、フィールドがやや簡素に見える可能性はあります。
一方で、10時間ほど進めていくと、この作りには別の狙いがあることも見えてきます。『鬼武者 Way of the Sword』は、京都そのものを自由に探索して遊ぶゲームというより、宮本武蔵の物語を進めていく過程で、実際にその京都を歩かせるためにフィールドを広げているという印象が強いんです。目的地へ向かって物語を進めるという大きな流れは崩さず、その途中に少し探索できる余白を持たせている、と考えると分かりやすいかもしれません。
これは、何でもできる広大な世界を用意する方向とはかなり違います。あくまでストーリードリブンなアクションゲームとしてのテンポを保ちながら、その舞台を従来より広く見せているわけです。そのため、目的地へ向かう途中で寄り道をしても、本筋から大きく離れて「いつの間にか何をしに来たのか分からなくなった」といったことは起こりにくく、物語を追いながら自然に先へ進めます。
ここは、探索をどこまで求めるかによって評価が分かれそうなところでもあります。フィールドを隅々まで調べて大量のイベントやサブコンテンツを見つけたい人にとっては、やや物足りなく映るかもしれません。ただ、『鬼武者』のリニアなゲーム進行を残しつつ、2026年の作品として京都をもう少し広く体感できるようにしたもの、と捉えると納得しやすい構造になっています。
そして、このワイドリニアを単なる「探索エリア」として見ないようになると、京都という舞台そのものの意味も少し変わってきます。遊びを大量に詰め込むためのフィールドではなく、幻魔がはびこる時代の京都を武蔵に歩かせ、その空気の中で物語を進めるための場所として作られている。10時間遊んだ段階では、むしろこちらの役割のほうが大きいように感じました。
京都は「探索する場所」よりも物語を盛り上げる舞台として作られている
先ほど触れたように、本作の京都は、広いフィールドそのものを攻略していくことに重点を置いた作りではありません。では、なぜ従来の『鬼武者』より行動範囲を広げ、あえてワイドリニアという形を採用したのか。10時間ほど遊んでみると、その答えは探索のボリュームよりも、宮本武蔵が生きる世界をプレイヤー自身に歩かせることにあるように感じました。
『鬼武者 Way of the Sword』は、基本的にはストーリーに沿って目的地へ向かうリニアなゲームです。京都を自由に歩けるようになったからといって、そこで無数のサブクエストをこなしたり、次々と発生するイベントを追いかけたりするわけではありません。むしろ、物語の流れはかなり明確で、その道中に寄り道や探索の余地を少し持たせることで、一本の決められた道を進むだけでは得られない広がりを作っています。
この作りで面白いのは、京都の街並みが単なる背景ではなくなっているところです。目的地から目的地へ画面を切り替えて移動するのではなく、武蔵を操作して実際にその間を歩いていくからこそ、「この京都に幻魔がはびこっている」という物語上の設定にも実感が伴ってきます。探索すること自体に大量の報酬を用意するのではなく、プレイヤーをその世界に滞在させるためにフィールドを使っている、と考えると本作の狙いが見えやすくなります。
だからこそ、フィールドの密度だけを取り出して評価すると、少しもったいないとも感じました。確かに、道を一本外れたら思いがけないイベントが始まるとか、遠くに見えた建物へ向かえば大きなサブストーリーが待っているといった、探索そのものが遊びになるタイプのワイドリニアではありません。ただ、それを本作に求めすぎると、今度は『鬼武者』が持っているテンポのよさまで失われてしまいます。
本筋を進めれば新しい敵が現れ、剣戟が始まり、その先では物語が動いていく。その流れを大きく止めない範囲で京都を歩けるようにしているため、ゲーム全体としてはかなりストーリードリブンな感触が残っています。昔の『鬼武者』が持っていたリニアな進行を完全に捨てるのではなく、そこへ現代的なフィールドの広がりを加えたと考えれば、今回のワイドリニアはかなり本作らしい選択なのかもしれません。
また、京都の街並みを細かく作り込むことで、物語を直接説明しなくても、その場所を歩いていること自体から世界を感じさせようとしている部分もあります。いわゆるオープンワールド的な自由度を追求するのではなく、リニアな物語とフィールドを組み合わせながら、京都という舞台からナラティブを生み出そうとしている。このあたりは従来のカプコン作品から少し踏み込んだ試みとしても興味深いところでした。
個人的には、何十時間もマップを埋めていくような探索より、物語と戦闘のテンポを優先して遊びたいので、このくらいの距離感は悪くありません。一方で、ワイドリニアという言葉から濃密な探索体験を期待すると、少々肩透かしを感じる可能性はあると思います。ここは単純にフィールドが広い、狭いという話ではなく、京都をゲームの主役にするのではなく、武蔵の物語を成立させる舞台として使っていると捉えると、本作のフィールド設計にも納得しやすくなりました。
20年ぶりでも「ちゃんと鬼武者」――シリアスなのにどこか妙な空気感も健在
戦闘やフィールドの作りを見てきましたが、10時間ほど遊んだ中でもうひとつ印象に残ったのが、ゲーム全体から漂ってくる独特の空気感です。鬼の籠手があり、一閃があり、幻魔を相手に宮本武蔵が刀を振るう。こうした分かりやすい要素だけを見ても確かに『鬼武者』なのですが、それ以上に「なんだかこの感じ、昔の鬼武者にもあったな」と思わせる部分が随所に残されています。
物語そのものは、かなり真面目です。江戸時代初期の京都を舞台に、鬼の籠手を手にした武蔵が幻魔と戦い、その過程でさまざまな人物と関わっていく。世界では異形の存在が暴れ回っていますし、基本的には緊張感のあるシリアスな状況が続いていきます。
ところが、ずっと重苦しいわけでもありません。登場人物のやり取りや物語の見せ方を眺めていると、ときどき妙な間があったり、真面目に話が進んでいるはずなのに少し笑えてしまったりする場面が混ざっています。狙って大きな笑いを取りにくるというより、シリアスな世界の中にどこかシュールなものが自然に紛れ込んでいる。この絶妙なズレが、本作にはきちんと残っているんです。
そもそも『鬼武者』シリーズを振り返ってみると、設定だけならかなり重い作品でありながら、すべてを硬派な時代劇としてまとめていたわけではありません。シリーズによっては驚くような仕掛けが出てきたり、タイムトラベルのような大胆な展開まで飛び出したりと、真面目に作っているのに妙にエンターテインメント色が強い。そうした少し振り切れたところも含めて、『鬼武者』というシリーズの味になっていました。
『Way of the Sword』も、そこを現代向けに綺麗に整えすぎていません。映像表現は大きく進化していますし、剣戟についても現代のアクションゲームとして作り直されています。それでも、ゲーム全体を隙のないシリアスな時代劇にしてしまうのではなく、ところどころに少し変なものが入り込む余地を残している。そのため、遊んでいる側としても「新しい和風アクションゲームを遊んでいる」という感覚だけにはならないんですよね。
これは、一閃や魂吸収といったシステム以上に、シリーズを復活させるうえで難しい部分だったのではないかと思います。過去作に存在したゲームシステムなら、新しい操作方法に合わせて再構築することもできます。しかし、作品全体に漂っていた「真面目なのに、どこか妙」という感覚は、項目としてそのまま引き継げるものではありません。それでも本作には、その言葉にしづらい『鬼武者』らしさがちゃんと息づいています。
だからこそ、約20年ぶりの完全新作でありながら、シリーズ経験者が遊んでも「名前だけ借りた別物」という印象にはなりにくいはずです。一閃を決めたときには昔ながらのバッサリ感があり、幻魔がはびこる京都にはシリアスな雰囲気が漂い、それなのに時折どこか妙なものが顔を出す。細かく見れば現代向けに変わっているところは多いのに、それらをまとめてゲームとして体験すると、不思議なくらい『鬼武者』に戻ってくるんです。
10時間遊んだ時点で「ちゃんと鬼武者だ」と感じた理由は、結局ここにあるのかもしれません。昔と同じものを再現したからではなく、一閃の気持ちよさから武蔵の荒々しさ、シリアスな物語の中に紛れ込む独特のズレまで、シリーズが持っていた感触を2026年のゲームとして組み直している。約20年という空白を挟んだ新作だからこそ、この芯が残っていたことは素直にうれしく感じました。
『鬼武者 Way of the Sword』はこんな人におすすめ
ここまで遊んできた印象を踏まえると、『鬼武者 Way of the Sword』は単純に「昔の鬼武者が好きだった人」だけに向けた作品ではありません。一閃や鬼の籠手、幻魔といったシリーズを象徴する要素はしっかり残しつつ、剣戟そのものは現代のアクションゲームとして組み直されているため、今回初めて『鬼武者』に触れる人でも入りやすくなっています。過去作の知識がなくても遊べる作りなので、「20年も続いているシリーズなら、昔の作品を知らないと厳しいのでは」と身構える必要もなさそうです。
特に相性が良さそうなのは、やはり剣戟アクションそのものに気持ちよさを求める人です。敵の攻撃を弾いて、一閃を狙い、複数の幻魔を荒々しく斬り抜けていく。本作にはタイミングを見極める駆け引きがありますが、それを完璧に処理することだけが目的ではなく、その先にある「バッサリ斬る快感」まで含めて戦闘が作られています。先ほど触れたような、綺麗に整いすぎていない泥臭い殺陣が好みに合うなら、かなり楽しみやすいと思います。
また、「アクションには歯応えが欲しいけれど、極端な高難度までは求めていない」という人にも入りやすいはずです。難しいほうの難易度を選んでも、ソウルライク系の作品ほど難易度を高く設定したゲームではなく、あくまで『鬼武者』として一閃や弾きを楽しませる方向に調整されています。ボス戦では何度かやられることもありますし、相手の攻撃を見て対応する必要もある。それでも、失敗を繰り返しながら攻略法を徹底的に覚えるというより、戦っているうちに一閃を差し込めるポイントが見えてきて、そこから一気に気持ちよくなるタイプです。
一方で、フィールド探索については好みが分かれるかもしれません。京都はワイドリニア型で作られているものの、広いマップを隅々まで探索し、次々とイベントやサブコンテンツを見つけていくことを主目的としたゲームではありません。本筋となる物語があり、その途中で寄り道をしたり、アイテムを探したりしながら先へ進んでいく構成なので、オープンワールドのような自由な探索を期待すると少し違って見えると思います。
逆に言えば、これは「広いマップを埋めることに疲れてきた」という人には、むしろ遊びやすい部分でもあります。目的が分からなくなるほど大量の寄り道を用意するのではなく、物語を追っていけば自然と新しい場所へ進み、そこで戦闘やイベントが待っている。ストーリーを中心にゲームを進めながら、その合間に適度な探索も楽しみたい人なら、本作のワイドリニアとはかなり相性がいいはずです。
そして、シリーズ経験者については、やはり一度触ってみてほしいというのが10時間遊んだ時点での感想です。約20年という期間を考えれば、もっと別物になっていてもおかしくありませんでした。それでも、一閃を決めたときの気持ちよさだけでなく、シリアスな物語の中にどこかシュールなものが混ざる独特の空気まで残っている。昔のシステムをそのまま持ってきたというより、「鬼武者の何を残せば、今遊んでも鬼武者だと感じられるのか」を考えて作られた作品という印象が強く残っています。
シリーズ復活を待っていた人はもちろん、剣戟アクションが好きな人、ソウルライクほどの高難度は求めていない人、そして探索量よりも戦闘と物語のテンポを重視したい人。このあたりに当てはまるなら、『鬼武者 Way of the Sword』はかなり有力な一本になりそうです。少なくとも10時間遊んだ段階では、「懐かしい鬼武者が帰ってきた」だけでは終わらず、2026年に新しく『鬼武者』を遊ぶ意味まで感じられる作品になっています。
約20年待った新作は、現代風になっても「鬼武者」の芯を失っていなかった
ここまで10時間ほど遊んだ感想を振り返ってみると、『鬼武者 Way of the Sword』で一番うれしかったのは、約20年ぶりの新作だからといって『鬼武者』そのものを作り変えすぎなかったことです。もちろん、アクションの手触りやフィールドの構造は現代のゲームに合わせて大きく進化しています。それでも、遊び終えたときに残るのは「今風の剣戟アクションを遊んだ」という感覚だけではなく、ちゃんと『鬼武者』を遊んだという実感でした。
何より、戦闘の中心に一閃を残したことが大きいと思います。敵の攻撃を弾くだけでも戦えますが、それだけでは終わらず、どこかで相手の動きを見切って一閃を叩き込む。その瞬間に戦況が大きく動くように作られているからこそ、現代的な弾きのシステムを取り入れていても、最後にはシリーズらしい「バッサリ感」へ戻ってきます。特にボス戦で一閃が綺麗にはまり、一気にHPを削れたときの気持ちよさは、本作を遊んでいて強く印象に残ったところです。
そこへ宮本武蔵の荒々しいキャラクターが加わることで、剣戟にも本作ならではの個性が生まれています。敵の攻撃を華麗に受け流して淡々と処理していくというより、大勢の幻魔を相手に泥臭く斬り合い、その中から強引に突破口を作っていく。近年のアクションゲームで見慣れた仕組みを取り入れながらも、操作していると不思議と別の感触になるのは、この武蔵らしい荒々しさが戦闘にまで落とし込まれているからだと思います。
京都のワイドリニアについても、最初は探索の密度が気になるところではありました。ただ、遊び進めていくと、広いフィールドを自由に攻略させることより、従来の『鬼武者』が持っていたストーリードリブンな進行を崩さず、2026年のゲームとして舞台を広げることを優先した作りに見えてきます。昔ながらの一本道へそのまま戻るのでもなければ、流行に合わせて巨大なオープンワールドにするわけでもない。その中間を選んだことにも、シリーズをどう現代へ持ってくるかという考えが表れているように感じました。
そして、一閃や鬼の籠手といった分かりやすい部分だけではなく、シリアスなのに時折どこか妙な空気が漂うところまで残っている。こういう説明しにくい部分まで含めて遊んでいると、「そうそう、鬼武者ってこういうゲームだった」と思える瞬間が何度も出てきます。過去作をそのまま再現するのではなく、シリーズが持っていた感触を拾い上げて現代のゲームへ組み直したからこそ、懐かしさだけに頼らない新作として成立しているのだと思います。
もちろん、今回はあくまで10時間ほど遊んだ段階での感想なので、物語全体や後半のボス、最終的なゲームバランスまで含めた評価はクリア後に変わる可能性があります。それでも、少なくともここまで遊んだ印象はかなり良好です。約20年という空白を経てシリーズを復活させながら、流行しているゲームへ無理に寄せるのではなく、『鬼武者』がもともと持っていた面白さを今の時代に通用する形へ持ってきた。その方向性については、かなり成功しているように感じています。
約20年ぶりに帰ってきた『鬼武者』は、昔と同じゲームではありません。でも、一閃を決めて幻魔を斬り伏せ、荒々しい武蔵とともに京都を進んでいると、確かに「あの鬼武者が帰ってきた」と思える。『鬼武者 Way of the Sword』は、懐かしさを再現することよりも、2026年にもう一度『鬼武者』を作ることを選んだ作品――10時間遊んだ現時点では、そんな印象が一番しっくりきています。
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