『Five Nights at Freddy’s』、通称「FNAF(フナフ)」と聞いて、まず不気味な人形たちを思い浮かべる人は多いかもしれません。
暗い店内に設置された監視カメラを切り替えると、さっきまでステージにいたはずの人形が消えている。そして次にカメラを確認したときには、こちらへ少しずつ近づいている――。
いかにもホラーゲームらしい光景ですが、FNAFが面白いのは、プレイヤー自身が武器を持って人形たちと戦うゲームではないところにあります。
初代FNAFでプレイヤーが任されるのは、夜間の警備室です。基本的にはその場から動くことができず、監視カメラで店内を確認しながら、左右の扉や照明を操作して朝6時まで生き残らなければなりません。
しかも、カメラも照明も扉も好きなだけ使えるわけではなく、すべて限られた電力を消費します。
人形がどこにいるのか分からなければ怖いので、つい何度もカメラを確認したくなる。しかし、安全を求めて確認しすぎるほど電力は減っていき、使い切ってしまえば最後の防御手段まで失われます。
つまりFNAFでは、**「確認したい。でも確認しすぎるのも怖い」**という状況がゲームシステムそのものに組み込まれているわけです。
さらに、人形が動いている瞬間を直接見せないのも絶妙でした。カメラを切り替えた次の瞬間、そこにいたはずの人形がいなくなっているからこそ、「今どこにいるんだ?」と嫌でも想像してしまいます。広大なマップを歩き回らなくても、プレイヤーの頭の中では見えない場所への恐怖がどんどん膨らんでいきます。
そして、FNAFを世界的なシリーズへ押し上げたのは、このゲーム部分だけではありません。
店では過去に何が起きたのか。なぜ人形たちは夜になると動き出すのか。壁に貼られた新聞や電話から聞こえてくる録音、突然現れる不可解な情報など、肝心な物語は断片的にしか語られません。
だからこそプレイヤーは、ゲームをクリアして終わりではなく、散らばった情報をつなぎ合わせて「もしかして、こういうことなのでは?」と考え始めます。
シンプルなのに怖い。怖いだけではなく、その裏側にある物語まで知りたくなる。
今ではゲームだけに収まらない巨大シリーズとなったFNAFですが、その原点をたどってみると、最初から世界的なホラー作品を作ろうとして生まれたゲームではありません。
むしろ、その始まりにあったのは、あるゲームに向けられた**「キャラクターが怖すぎる」**という批判でした。
ここから、FNAFという作品の少し変わった歴史が始まります。
FNAFを生んだのは、ホラーゲームとは無縁だった一人の開発者
ここまでFNAFのゲームとしての特徴を見てきましたが、その誕生まで時間をさかのぼってみると、少し意外な事実に行き着きます。
FNAFを生み出したスコット・カーソンは、もともとホラーゲームを専門に作っていた開発者ではありません。若い頃からアートや映像制作に興味を持ち、コンピューターグラフィックスを学んだ後に手掛けていたのは、子供たちへ聖書の教えを伝えるためのCGアニメでした。
しかも、当時から大勢のスタッフに囲まれて作品を作っていたわけではなく、脚本や映像、キャラクター制作など、その多くを自分自身で担当しています。後にFNAFを象徴することになる独特なCG表現も、突然身についた技術ではなく、この頃から少しずつ積み上げてきたものでした。
その後は映像だけでなくゲーム制作にも挑戦し、2011年には『The Pilgrim’s Progress: The Video Game』を公開します。原作の物語をできる限り再現し、自ら詳細な攻略ガイドまで用意するほど力を入れていたものの、宗教を題材とした作品だけに遊んでもらえる層は限られていました。
作品を完成させても十分な収入にはつながらず、ゲーム制作とは別にプログラミングなどの仕事も経験しています。それでも制作そのものを諦めることはなく、PC向けの小規模作品からスマートフォン向けゲームまで、ジャンルを問わず次々と作品を作り続けました。ゲーム一本から得られる月収が40~50ドル程度だった時期もあったとされており、後の世界的ヒットからは想像しにくいほど長い下積みが続いていたのです。
そんな中、2012年に発表したのが『The Desolate Hope』でした。
機械だけが残された宇宙基地を舞台に、コーヒーポット型のロボットが巨大な機械生命体と戦うというSF作品で、RPGやアクション、シューティングといった複数の要素が組み合わされています。
注目したいのは、この時点ですでに暗い施設、不気味な機械、そして断片的に語られる過去といった、後のFNAFを思わせる要素が見え始めていたことです。ところが、時間をかけて独特な世界を作り上げても、当時はほとんど注目されませんでした。
技術はある。作品も作り続けている。それでも結果にはつながらない。
そんな状況の中で、スコット・カーソンは2013年、新たに『Chipper & Sons Lumber Co.』というゲームを制作します。
今度の作品は、それまでの暗い雰囲気とは違います。親しみやすいキャラクターが登場し、木を切って材料を集め、道具や建物を作っていく明るい家族向けゲームでした。カーソン自身も、今度こそ多くの人に親しんでもらえる作品を作ったつもりだったようです。
ところが、この作品に向けられた反応は、彼が期待していたものとはまったく違いました。
そして皮肉にも、そのとき指摘された**「ある欠点」こそが、後に『Five Nights at Freddy’s』を生み出す最大のきっかけになります。**
「怖すぎる」――家族向けゲームへの批判がFNAF誕生のきっかけになった
『Chipper & Sons Lumber Co.』でスコット・カーソンが目指していたのは、決してプレイヤーを怖がらせることではありませんでした。
むしろ方向性は正反対で、明るく親しみやすい家族向けゲームとして作られています。ところが実際に遊んだ人たちからは、キャラクターの目が大きすぎる、笑っているのに表情が硬い、動きが機械的に見えるといった声が出てきました。
中でも痛烈だったのが、**「子供向け施設に置かれている不気味なアニマトロニクスのようだ」**という受け取られ方です。明るく可愛らしいキャラクターを作ったはずなのに、プレイヤーにはむしろ怖い存在として映ってしまったのです。
これはカーソンにとって、簡単に受け流せる批判ではありませんでした。
それまで宗教を題材にした作品を作り続けても、大きな成功にはつながらない。そこで方向性を変えて、より多くの人に親しんでもらえる家族向けゲームを作ったにもかかわらず、今度は「キャラクターが怖い」と言われてしまう。
長年ゲームを作り続けてきたこと自体が間違いだったのではないかと考えるほど追い詰められ、別の仕事へ進むことまで検討していました。単に一本のゲームが低く評価されたという話ではなく、これまで積み上げてきたものそのものに疑問を持つところまで来ていたわけです。
普通なら、ここで「次はもっと自然な表情のキャラクターを作ろう」と考えても不思議ではありません。
ところが、カーソンが選んだのは違う方向でした。
何度も批判について考えているうちに、発想そのものが反転します。
可愛く作ったつもりなのに、怖いと言われる。それなら、このCG表現を直すのではなく、最初から本気で怖いものを作ればいい。
欠点として指摘された部分を修正するのではなく、むしろそこを作品の中心に据えてしまったのです。
そこで選ばれた題材が、子供向けのピザレストランに置かれたアニマトロニクスでした。
昼間なら、歌ったり踊ったりしながら子供たちを楽しませるキャラクターです。しかし店が閉まり、照明が落ちたあとも同じ笑顔のまま立っていると、その印象は一気に変わります。
笑顔なのに表情が変わらない。人間に似た姿をしているのに、どこか人間らしくない。
『Chipper & Sons Lumber Co.』では欠点と見られていた無表情で機械的なCG表現が、ホラーゲームへ持ち込んだ途端に「不気味さを生み出す表現」へと変わったのです。
こうして制作が始まったのが、『Five Nights at Freddy’s』でした。
しかも興味深いのは、カーソンが逆転させたのがキャラクター表現だけではなかったことです。
大規模な開発チームを持っているわけでもなければ、広大な3D空間や大量のアニメーションを自由に作れる環境があったわけでもありません。それでも、できないことを無理に埋めようとはせず、個人制作だからこそ存在する制約までゲームの怖さへ変えていきます。
この発想が、監視カメラから動くことのできない警備室と、いつの間にか距離を縮めてくるアニマトロニクスという、FNAF独自のゲームシステムにつながっていきました。
弱点だったCG表現が、FNAFでは最大の武器になった
『Chipper & Sons Lumber Co.』で「不気味」と言われたCG表現を、そのままホラーへ転換する。
この発想だけでもFNAF誕生の経緯として十分に面白いのですが、実際のゲームを見ていくと、スコット・カーソンはさらにもう一歩踏み込んでいます。キャラクターだけを怖くするのではなく、自分一人でゲームを作るうえでの制約まで、プレイヤーを怖がらせる仕組みに変えていったのです。
初代FNAFは、一見すると3D空間を舞台にしたゲームに見えます。しかし、プレイヤーがピザレストランの中を自由に歩き回れるわけではありません。
夜間警備員として警備室に座り、できることといえば監視カメラを切り替えたり、左右の扉や照明を操作したりする程度です。開発期間は約6か月で、制作のほとんどをカーソン自身が担当していました。
普通のホラーゲームなら、暗い廊下を歩かせたり、敵から逃げ回らせたりする方向へ作りたくなるところです。
ところがFNAFでは、あえてプレイヤーを一つの場所から動けなくしました。
これが実際に遊んでみると、かなり嫌な状況を作り出します。何かが近づいてきていると分かっているのに、自分から様子を見に行くことはできません。頼れるのは、店内の一部を映している監視カメラだけです。
しかも、アニマトロニクスが廊下を歩いてこちらへ向かってくる様子まで丁寧に見せるわけではありません。
カメラを見ると、そこにいる。
別の場所を確認してからもう一度戻ってくると、いなくなっている。
そして別のカメラを探してみれば、さっきよりも警備室に近い場所に立っている。
「移動しているところが見えない」という作りが、かえって怖いのです。
プレイヤーからすれば、カメラを見ていなかった数秒間に何が起きたのか分かりません。その見えない時間を自分の想像で補ってしまうため、実際には映像として描かれていない部分にまで恐怖が生まれます。
さらに厄介なのが、監視カメラをずっと見ていれば安全というわけでもないところです。
カメラだけでなく、照明や左右の扉を使うにも電力が必要になります。アニマトロニクスの位置が分からなければ襲われる可能性が高まる一方で、怖いからと何度も確認していると、今度は電力が減っていきます。
電力を使い切れば、最後には扉や照明まで使えなくなる。
つまりプレイヤーは、**「情報が足りない恐怖」と「情報を得ようとすると資源が減る恐怖」**の間で判断し続けなければなりません。敵を倒して状況を解決することも、危険な場所から走って逃げることもできず、限られた情報と電力をやりくりしながら朝6時を待つしかないのです。
こうして見ると、FNAFのゲームデザインはかなり変わっています。
広大なマップを用意できないなら、一つの警備室から動けないゲームにする。複雑な移動アニメーションを大量に作らない代わりに、敵が動く瞬間そのものを見せない。そして、その「見えない時間」をプレイヤー自身に想像させる。
できないことを隠すのではなく、できないからこそ成立する怖さへ置き換えているわけです。
そして、この考え方はゲームシステムだけに留まりませんでした。
FNAFでは物語についてもすべてを説明せず、「いったいこの店で何が起きたのか」をプレイヤー自身に考えさせます。その余白が後に大量の考察を生み、FNAFというゲームをプレイしている人だけでなく、その様子を動画で見ている人まで巻き込む大きな仕掛けになっていきます。
2014年、初代FNAF発売――ゲーム実況との相性が爆発的ヒットにつながる
ここまで見てきたように、FNAFには「プレイヤー自身に想像させる」という仕掛けが随所に組み込まれていました。
それは物語についても同じです。店で起きた事件や過去について長いムービーで説明するのではなく、壁に貼られた新聞や電話から聞こえてくる録音、突然表示される文字、さらにはごく稀に現れるゴールデンフレディなど、手掛かりが断片的に散りばめられていました。
すべてを説明してくれないからこそ、「あの情報にはどんな意味があったのか」「この店では過去に何が起きたのか」と考えたくなる。
この作りが、2014年8月8日の初代FNAF発売後、思わぬ形で大きな力を発揮します。
発売時点で大規模な宣伝が行われていたわけではありません。しかし、そのわずか5日後には人気実況者のMarkiplier(マークプライヤー)がプレイ動画を投稿し、そこから多くの実況者へと広がっていきました。
実際、FNAFはゲーム実況で見ても状況を理解しやすい作品です。
警備室から監視カメラを確認し、アニマトロニクスがどこにいるのかを探す。基本的なルールが分かれば、視聴者側も「さっきまであそこにいたはずなのに」「もう近くまで来ている」と、実況者とほぼ同じ情報を見ながら状況を追えます。
だから、ただ誰かが遊んでいるゲームを眺めるだけではありません。
画面の向こうでプレイしている実況者と一緒になってカメラを確認し、危険が迫っていることに先に気づけば、「そこにいる!」と言いたくなる。反対に見落としていれば、その後に待っているジャンプスケアまで含めて一つの見せ場になります。
ここに、FNAFとゲーム実況の相性の良さがありました。
アニマトロニクスに襲われた瞬間には大きなリアクションが生まれやすく、そこだけを見ても動画として分かりやすい。一方で、単に「突然何かが出てきて驚くゲーム」で終わらず、プレイ中に見つかった小さな情報について視聴者同士で考える余地まで残されています。
プレイして怖いだけでなく、人がプレイしているところを見ても面白い。そして見終わったあとには、今度は物語について考えたくなる。
この流れができたことで、FNAFはゲームを購入した人たちだけのものではなくなっていきます。
実況動画をきっかけに作品を知る人が増えれば、その中から設定を深く調べる人も現れる。そこで新しい手掛かりが見つかれば考察が生まれ、その考察を見た人がさらにFNAFへ興味を持っていく。
こうして初代FNAFは、インターネット上で急速に知られる存在になりました。
そしてスコット・カーソンは、この勢いが消えてしまう前に次の作品へ動きます。
2014年11月には『Five Nights at Freddy’s 2』、2015年3月には3作目、さらに同年7月には4作目を発表。初代発売からわずか1年ほどの間に、本編4作品が登場するという驚くほど速い展開を見せていくのです。
ただ、ここからのFNAFは「短期間に続編が次々と発売された」というだけではありません。
新作を待つ時間まで遊びに変えるような仕掛けが用意され、やがてファン自身が謎を探し、情報を持ち寄り、次の答えを予想する――シリーズそのものが巨大な謎解きのような形へ変わっていきます。
わずか1年で4作品――FNAFは「みんなで謎を解くゲーム」へ
初代FNAFのヒットを受けて、スコット・カーソンは驚くほどの速さでシリーズを展開していきました。
2014年8月に初代が発売され、その約3か月後となる11月には『Five Nights at Freddy’s 2』が登場。さらに2015年3月には3作目、同年7月には4作目まで発売され、初代からわずか1年ほどで本編4作品が揃うことになります。
これだけでもかなり異例のペースですが、FNAFが面白かったのは、新作をただ発売して終わりにしなかったところです。
カーソンは公式サイトに意味深な画像を掲載し、その画像を明るくすると普通に見ているだけでは分からなかった情報が浮かび上がる、といった仕掛けを用意していました。さらに画像だけでなく、ソースコードにもメッセージを忍ばせるなど、「何か隠されているのではないか」とファンが自分から探したくなる仕組みを作っていきます。
つまり、新作が発表されたから公式サイトを見に行くのではありません。
公式サイトに変化があったこと自体が、新作へつながる一つの謎になっていたのです。
誰かが画像の中から違和感を見つければ、その情報がファンの間で共有される。別の誰かが過去作品の描写と結び付ければ、そこから新しい仮説が生まれます。そして次の情報が公開されると、「前の考察は合っていたのか」「この新しい情報は何を意味しているのか」と、再び議論が始まる。
こうなると、プレイヤーがFNAFに触れている時間は、ゲームを起動している間だけではなくなります。
むしろゲームを遊び終えたあとから、もう一つの遊びが始まるような感覚に近かったのかもしれません。
前作で分からなかった謎について考えながら次回作を待ち、新しい情報が出れば過去作品をもう一度確認する。そして新作を遊べば、いくつかの答えが見えてくる一方で、今度は別の疑問が残される。
シリーズが続くほど情報が積み重なり、それまで何気なく見ていた場面の意味まで変わっていきます。
この構造によって、FNAFではゲーム実況だけでなく「考察動画」も数多く作られるようになりました。
ここは、初代FNAFが持っていた「すべてを説明しない」という作りともきれいにつながっています。
最初から答えを一本のストーリーとして見せてしまえば、プレイヤーはそれを受け取って終わります。しかしFNAFでは、情報を細かく分けて配置し、その間に意図的とも思えるほど大きな空白を残していました。
その空白があるから、ファンは自分で埋めたくなる。
「次の作品では答えが分かるかもしれない」と思って追いかけると、答えと一緒にまた新しい謎が出てくる。
この繰り返しによって、FNAFは一人で攻略して終わるホラーゲームから、ファン同士で情報を持ち寄りながら世界の正体を探っていくシリーズへと変化していったのです。
とはいえ、これほど急速にシリーズが大きくなれば、すべてが順調に進むわけでもありませんでした。
2016年には、それまでのFNAFとは大きく雰囲気を変え、キャラクターを可愛らしく描いたRPG『FNaF World』が発売されます。しかし今度は、不具合や説明不足、未完成にも見える内容について批判を受けることになりました。
カーソン自身も完成した部分を早く見せたいあまり発売を急ぎすぎたことを認め、発売から数日でSteamから作品を削除。その後は修正版を無料で公開する対応を取っています。
かつて「キャラクターが怖い」と批判されたことからFNAFを生み出したように、大きな成功を手にしたあとも失敗がなくなったわけではありません。
それでもシリーズはそこで止まらず、警備室という小さな空間から少しずつ外へ飛び出し、個人開発のホラーゲームだったFNAFそのものが、さらに大きな作品へと姿を変えていくことになります。
一人で作ったホラーゲームから巨大シリーズへ
『FNaF World』でのつまずきを経験しても、FNAFシリーズの展開が止まることはありませんでした。
その後も『Five Nights at Freddy’s: Sister Location』『Freddy Fazbear’s Pizzeria Simulator』『Ultimate Custom Night』などが制作され、シリーズを重ねるにつれてゲームの形も少しずつ変わっていきます。
初代では警備室に座り、監視カメラと扉を操作しながら朝を待つことが基本でした。しかし後の作品では、施設内を移動したり、キャラクターとの会話が増えたり、さらには店舗を経営する要素まで取り入れられています。FNAFらしい不気味さを残しながらも、「監視カメラを見続けるゲーム」という最初の形だけに留まらなくなっていったのです。
ただ、シリーズが大きくなればなるほど、一人の開発者だけですべてを作り続けることにも限界が訪れます。
そこでFNAFは、スコット・カーソンによる個人制作という段階から、別の開発スタジオとともにシリーズを広げる段階へ進んでいきました。
Steel Wool Studiosとの協力によって2019年にはVR作品が登場し、2021年の『Five Nights at Freddy’s: Security Breach』では、プレイヤーが施設内を自由に探索するところまでゲームの規模が拡大しています。
考えてみれば、これは初代からするとかなり大きな変化です。
かつては一つの警備室から動くことすらできず、監視カメラ越しに店内の様子を想像するしかありませんでした。それがシリーズの成長とともに、今度はプレイヤー自身が巨大な施設を歩き回れるところまで来たわけです。
そしてカーソン自身の役割も変わっていきました。
ゲーム制作の全工程を一人で抱える立場から、物語やキャラクター、ゲーム全体の方向性に関わる立場へと移っていきます。
さらに興味深いのが、FNAFから生まれたファンゲームに対する向き合い方です。
シリーズが人気になれば、そこから影響を受けた作品が作られるのも自然な流れです。カーソンはそうしたファンゲームを一方的に遠ざけるのではなく、2020年には「Fazbear Fanverse Initiative」を始め、人気ファンゲームの開発者を支援する取り組みへと動きました。資金提供だけではなく、公式移植や新作制作、グッズ展開まで視野に入れた計画となっています。
かつて自分自身が、作品を作ってもなかなか注目されなかった個人開発者だったことを考えると、なかなか印象的な変化です。
そしてFNAFの広がりは、ゲームだけでも終わりませんでした。
シリーズのヒット後には映画化の計画も動き始めますが、こちらはゲームのような速さでは進みません。カーソンは原作から離れすぎた脚本などを受け入れず、複数の案が採用されないまま長い時間が経過しています。最終的に2023年に公開された映画版では、自身も脚本や制作に関わり、アニマトロニクスのデザインや細かな設定にも携わりました。
ゲーム、小説、グッズ、そして映画へ。
2014年に一人の開発者が作った小規模なホラーゲームは、いつの間にか一つのゲームという枠では収まらないシリーズへ成長していました。
ただ、ここまで歴史をたどってくると、FNAFが大きくなったこと以上に気になる部分があります。
そもそもの始まりは、「キャラクターが不気味だ」と批判された一本の家族向けゲームでした。さらに初代FNAFも、大人数で豪華なゲームを作れる環境があったから生まれたわけではありません。
それなのに、なぜここまで独自の作品になれたのか。
FNAFの歴史を最後まで振り返ると、このシリーズを生み出した考え方そのものが、かなりはっきり見えてきます。
FNAFが面白いのは「欠点を消したゲーム」ではなかったから
ここまでFNAFの歴史を追ってきましたが、改めて原点まで戻ってみると、このシリーズが世界的な作品になった理由の一つが見えてきます。
それは、スコット・カーソンが自分に足りないものや批判された部分をすべて直してから、理想的なゲームを作ったわけではないことです。
むしろ、やったことはその逆でした。
家族向けゲームを作れば、キャラクターの表情が硬くて不気味だと言われる。それなら、その不気味さを消すのではなく、最初から恐ろしいキャラクターとして使ってしまう。
一人で開発しているため、広大な3D空間や大量のアニメーションを用意するのが難しい。それならプレイヤーを警備室から動けなくして、敵が移動する瞬間も見せず、「見えない時間」そのものを恐怖に変える。
そして、複雑な物語を長い映像ですべて説明するのではなく、新聞や録音、意味深なメッセージとして断片的に残す。すると今度は、その空白を埋めようとしたプレイヤーたちが自分で考察を始めます。
欠点や制約をなくしてからゲームを作ったのではなく、それらがあることを前提に「だったら、どうすれば面白くなるのか」と考えた。
FNAFの原点には、そんな発想が一貫して見えてきます。
だからこそ、初代FNAFは大規模なホラーゲームとはまったく違う遊びになりました。
プレイヤーができることは決して多くありません。基本的には警備室に座ったまま、カメラを確認して、照明をつけ、必要なときだけ扉を閉める。それだけ聞けば、むしろゲームとしては窮屈に感じるかもしれません。
ところが、その窮屈さがあるから逃げられない。
敵がどこにいるのか分からないからカメラを見たいのに、見れば電力が減っていく。そしてカメラから目を離した時間に、何が起きているのか分からない。
豪華な演出を次々と見せるのではなく、プレイヤー自身の「分からない」という感覚を利用して怖がらせるゲームになったのです。
物語についても同じで、答えをすべて見せないことが結果的にFNAFの世界を広げました。
ゲームをクリアしても分からないことが残るから、もう一度プレイしたくなる。ほかの人の動画を見れば、自分が気づかなかった情報が見つかるかもしれない。そこから考察を調べ、新作が発表されれば、また新しい手掛かりを探したくなります。
そう考えると、実況動画や考察文化によってFNAFが広がっていったことも、ゲーム本編と無関係に起きた偶然とは言い切れません。
見えないから想像する。分からないから調べる。答えがないから誰かと話したくなる。
初代から使われていたこの作りが、プレイヤーだけでなく動画の視聴者や考察を楽しむファンまで巻き込み、FNAFという作品をゲームの外側へ広げていったとも考えられます。
そして何より、このシリーズの始まりにあったのは成功ではありませんでした。
宗教を題材にした作品を作っても大きな結果にはつながらず、家族向けゲームを作れば、今度はキャラクターが怖いと批判される。それでも長年積み上げてきたCG制作の経験を捨てず、**「怖く見えてしまうなら、その怖さを武器にする」**という方向へ切り替えた先に『Five Nights at Freddy’s』が生まれました。
2014年に登場した一つの小規模なホラーゲームが、その後ゲームだけでなく小説やグッズ、映画へと広がる巨大シリーズになった。
その歴史を振り返ってみると、FNAFの面白さはアニマトロニクスの怖さやジャンプスケアだけではなく、**「弱点だと思われていたものを、その作品にしかない個性へ変えたこと」**にもあったのだと思います。
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