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【FE風花雪月】なぜここまで評価された?今遊んでも分かる“名作”と呼ばれる7つの理由

【FE風花雪月】なぜここまで評価された?今遊んでも分かる“名作”と呼ばれる7つの理由

『ファイアーエムブレム 風花雪月』がNintendo Switchで発売されたのは2019年7月。すでに発売から7年が経過していますが、シリーズの話題になると今でも名前が挙がりやすく、「風花雪月からFEにハマった」という人も少なくない作品です。

では、なぜここまで高く評価されたのか。

もちろん、単純にシミュレーションRPGとして出来が良かった、というだけではありません。『風花雪月』には戦場で仲間を動かして敵を倒す従来のFEらしい面白さがありながら、その一方で、士官学校の教師として生徒たちと過ごす「学園生活」が大胆に取り入れられています。

授業を通して生徒を育て、ときには一緒に食事をしたり、悩みを聞いたりしながら少しずつ距離を縮めていく。そして、そうやって自分の手で育てた生徒たちを連れて、今度は命を懸けた戦場へ向かうことになります。

この組み合わせが、とにかく強烈でした。

最初は「能力値の高いユニットだから使ってみよう」くらいだったキャラクターでも、一緒に過ごす時間が長くなるにつれて性格や過去が見えてきます。気がつけば「この生徒だけは絶対に死なせたくない」「最後まで一軍で使いたい」と思うほど愛着が湧いている。そんな感覚を経験した人も多いはずです。

しかも、『風花雪月』の面白さはそこで終わりません。

自分が選んだ学級によって物語を見る立場そのものが変わり、あるルートでは仲間だった人物が、別のルートでは敵として立ちはだかることもあります。最初に遊んだときには理解できなかった人物の行動も、別の立場から物語を追うことで「あのとき、こんな事情を抱えていたのか」と見え方まで変わってくるわけです。

学園生活、自由度の高い育成、複数のルート、そして敵味方それぞれに描かれる事情や信念。個別に見ても魅力的な要素ですが、『風花雪月』ではそれらがうまく絡み合い、最終的には「このキャラクターたちと長い時間を過ごした」という体験そのものが強く記憶に残ります。

発売から7年が経った今だからこそ、改めて振り返ってみると見えてくるものもあります。ここからは、『FE風花雪月』がなぜここまで評価され、“名作”として語られる作品になったのか。その理由を7つに分けながら、ひとつずつ掘り下げていきます。

1.戦争SRPGに「学園生活」を組み合わせた大胆なゲーム設計

では、ここから『風花雪月』が評価された理由を具体的に見ていきますが、やはり最初に触れておきたいのが「学園生活」です。

もともと『ファイアーエムブレム』といえば、マス目状のフィールドで仲間を動かし、敵の攻撃範囲や味方との位置関係を考えながら戦うシミュレーションRPGです。戦場で経験を積ませ、最初は頼りなかった仲間が少しずつ強くなっていく。その成長を見守ること自体が、シリーズを通して受け継がれてきた面白さのひとつでした。

ところが『風花雪月』では、そこに士官学校での生活をかなり大きな要素として組み込んでいます。

主人公はガルグ=マク大修道院にある士官学校の教師となり、黒鷲の学級、青獅子の学級、金鹿の学級からひとつを選んで担任を務めます。しかも、単に設定上「教師」という肩書きが与えられるだけではなく、生徒たちと会話したり、一緒に食事をしたり、お茶会を開いたり、プレゼントを渡したりと、普段から彼らと接する機会がかなり多く用意されています。

戦争を扱うシミュレーションRPGなのに、プレイ時間のかなりの部分を学校で生徒たちと過ごす。この仕組みだけを見ると、従来のFEとはずいぶん違う方向へ進んだようにも感じます。

ただ、実際に遊んでみると、この学園生活がFEというゲームに驚くほど噛み合っていました。

というのも、FEはもともと「ユニットに愛着が湧きやすいゲーム」だからです。戦闘では一人ひとりに名前や顔があり、経験値を与えて育てていくうちに、最初は単なる戦力として見ていたキャラクターにも自然と愛着が生まれてきます。さらに支援会話などを通して性格や過去を知れば、「能力的にはもっと強いキャラがいるけれど、このキャラは最後まで使いたい」と思うことも珍しくありません。

『風花雪月』は、そこへ学園生活を加えました。

戦場に出ているときだけではなく、普段から同じ学校で顔を合わせるため、「この生徒は思っていたより真面目なんだな」「最初は苦手だったけれど、事情を知ると印象が変わってきた」と、少しずつ一人ひとりの見え方が変わっていきます。そして、その生徒を教師として自分の手で育て、今度は一緒に戦場へ向かうことになるわけです。

ここが『風花雪月』のうまいところで、学園パートと戦闘パートが別々の遊びとして存在しているわけではありません。

学校で交流するから生徒に愛着が湧き、愛着が湧くから育成にも力が入る。自分で育てた生徒だからこそ戦場でも活躍させたくなり、苦戦していれば何とか助けたくなる。そうやって一緒に過ごす時間が積み重なるほど、プレイヤーにとって彼らは「操作するユニット」ではなく、本当に自分が受け持っている生徒のような存在へ変わっていきます。

つまり『風花雪月』は、FEとはまったく違うものを作るために学園生活を取り入れたのではなく、シリーズが以前から持っていた「仲間を好きになり、育てながら一緒に戦う面白さ」を、さらに強く感じさせるために学園という舞台を使ったとも言えます。

発売前に「FEで学園もの?」と戸惑った人がいたとしても不思議ではないほど大胆な変化でしたが、いざ遊んでみれば、この組み合わせこそ『風花雪月』を語るうえで欠かせない魅力になっていました。

2.「この生徒をどう育てるか」を自分で決められる圧倒的な育成自由度

学園生活を通して生徒たちへの愛着が深まっていく『風花雪月』ですが、教師として彼らと接する以上、当然ながら「育てる」という部分もしっかりゲームシステムに組み込まれています。

そして、この育成がかなり自由です。

本作では剣術や槍術、斧術、弓術といった武器系の技能だけでなく、理学や信仰、馬術、飛行など複数の技能が用意されており、授業や戦闘を通してそれぞれを伸ばしていきます。技能レベルなどの条件を満たして資格試験に合格すれば新たな兵種へクラスチェンジできるため、「この生徒を最終的にどんなユニットへ育てるのか」を考えるところから育成は始まっています。

もちろん、キャラクターごとに得意・不得意がありますから、長所を素直に伸ばしていくのもひとつの方法です。ただ、それだけが正解というわけではなく、本来の適性とは少し違った方向へ育てることもできますし、極端な話、飛行系のユニットを大量に揃えるような遊び方もできます。

この自由度があるおかげで、育成が単なるレベル上げだけで終わりません。

「最終的にはこの兵種にしたいから、今のうちにこの技能を伸ばしておこう」「先に別の兵種を経験させて、欲しいスキルを取ってから本命へ進もう」といった具合に、かなり先まで見据えて育成ルートを考えられます。狙った形に育ってくれたときには、強いユニットを手に入れたという以上に、自分なりの育成プランが形になった手応えも感じられるわけです。

しかも、この仕組みは周回プレイとも相性がいいんですよね。

1周目では剣士として活躍させた生徒を、2周目ではまったく違う方向へ育ててみる。前回はほとんど出撃させなかった生徒を今度は主力に据えたり、普段なら選ばない兵種を試したりすれば、同じキャラクターでも戦場での役割が変わってきます。複数のルートが用意されている作品だからこそ、ストーリーだけでなく育成まで変えて遊べることが、周回時のマンネリを和らげる要素にもなっています。

ただ、『風花雪月』の育成が面白い理由は、自由度の高さだけではありません。前の見出しで触れた「主人公が教師であること」と、このシステムがきれいにつながっているところも大きいと感じます。

単にメニュー画面を開いて数値を伸ばしているのではなく、「この生徒は何を得意としていて、どんな方向へ伸ばしていくか」を教師の立場から考えることになる。本人が得意とするものを伸ばすのか、それとも別の可能性を見つけてあげるのか。ゲームとして行っていることはキャラクター育成なのですが、教師という設定があることで、その行為にも『風花雪月』らしい意味が生まれています。

従来のFEにも、仲間を育てて強くしていく楽しさはもちろんありました。その魅力を残しながら、『風花雪月』ではさらに一歩踏み込み、完成したキャラクターを強くするだけではなく、その生徒が将来どんな存在になるのかまでプレイヤー自身が考えられるようになった

学園で交流しているうちに好きになった生徒だからこそ、「もっと強くしたい」「次は違う育て方も試してみたい」と思えてくる。前の見出しで触れた学園生活と、この自由な育成がうまく噛み合っていることも、『風花雪月』を何周も遊びたくなる理由のひとつになっています。

3.SRPGの戦場を一段豪華に見せたグラフィックと演出

学園生活や育成システムのように、遊びそのものを大きく変えた部分へ目が向きやすい『風花雪月』ですが、シリーズを追ってきた人ほど分かりやすく感じた変化が、グラフィックと戦闘演出の進化です。

本作ではキャラクターの等身が高くなり、3Dモデルも大きく進化しました。学園内を自分で歩き回りながら生徒たちと交流する作品になったことを考えても、キャラクターを単なる戦闘ユニットではなく、一人の人物として身近に感じられる見た目になったことは大きかったと思います。

そして、もうひとつ印象的なのが戦場の見せ方です。

基本的な操作では、これまでのシリーズと同じようにフィールドを上から見下ろしながらユニットを動かしていきます。ところが、カメラをキャラクターの近くまで寄せてみると、その周囲には大勢の兵士たちが配置されており、ひとつのユニットが実際には部隊を率いて戦っているように見える作りになっています。

これはゲームのルールを根本から変えるような仕組みではありません。それでも、戦場の印象はかなり変わりました。

マップを上から眺めているだけなら、「自軍の駒を動かして敵軍の駒を倒す」という従来のSRPGらしい感覚が強くなります。一方で、視点を近づければ周囲の兵士まで含めて軍勢同士がぶつかっている様子が見えるため、自分が動かしている一人ひとりのユニットの向こう側に、もっと大きな戦いが起きていることを感じやすくなったわけです。

戦闘シーンについても、武器の構え方や攻撃モーションが自然になり、キャラクター同士が実際に斬り合っている様子を以前より見応えのある形で楽しめるようになっています。もちろん、何十時間も遊んでいれば毎回じっくり戦闘アニメーションを見るわけではなく、テンポを優先してスキップする場面も増えてきます。それでも、初めて見る戦技やお気に入りのキャラクターが活躍する場面では、つい戦闘画面を眺めたくなるだけの華やかさがありました。

こうした演出が効いてくるのは、『風花雪月』が単なる学園ものではなく、その先に大規模な戦争を描く作品だからでもあります。

前半では同じ学校で過ごし、自分の手で生徒たちを育てていく。その彼らがやがて軍勢を率いる存在となり、本格的な戦争へ身を投じていくからこそ、戦場そのものにスケール感を持たせたビジュアルとも噛み合っています。

育成やストーリーほどゲーム体験を左右する要素ではないものの、SRPGはどうしても画面上では地味に見えやすいジャンルです。そこを『風花雪月』では、キャラクターの3Dモデルから戦場の兵士、戦闘モーションまでしっかり作り込み、「マス目の上で駒を動かしている」だけでは終わらない戦争の見せ方へ踏み込んだ

学園で生徒たちを身近に感じさせる一方、戦場へ出れば軍勢がぶつかるスケールの大きさを見せる。この二つの顔を視覚的にも表現できていたことが、『風花雪月』の世界へ入り込みやすくなった理由のひとつだったと感じます。

4.1周では全貌が見えない「4つのルート」という圧倒的な物量

ここまで紹介してきた学園生活や育成だけでも、かなり多くの要素が詰め込まれている『風花雪月』ですが、作品全体のボリュームを見ていくと、さらに驚かされます。

本作は1周するだけでも50時間ほど遊べる規模がありながら、序盤でどの学級を選ぶかによって物語が分岐します。さらに、特定の学級では物語の途中にも大きな分岐が用意されており、最終的には合計4つのルートを辿れる構成になっています。

しかも、単純に最後のエンディングだけが変わるような作りではありません。

選んだ学級によって後半のストーリー展開が大きく変化し、所属する勢力はもちろん、戦う相手まで変わってきます。つまり、ひとつの物語を途中から枝分かれさせているというより、同じフォドラで起きた戦争を異なる立場から見ていくような構成になっているんです。

ここが面白いところで、1周目をクリアしても「すべて分かった」という感覚にはなりにくくなっています。

自分が選んだ学級の立場から見れば、なぜ戦争が起きたのか、誰が何を目指して戦っているのかはある程度見えてきます。ただ、そのルートだけでは詳しく語られない事情も残されており、別の学級を選んで初めて見えてくるものがある。するとエンディングを迎えたあとに、「じゃあ、あの学級を選んでいたらどうなっていたんだろう」と気になってくるわけです。

そして、この構造は単に周回プレイを促すためだけのものではなく、『風花雪月』が描こうとしている戦争そのものとも相性が良かったように感じます。

戦争を扱う物語では、どうしても主人公側が正しく、敵側が倒すべき存在という構図になりがちです。しかし『風花雪月』では、どの学級を選んだかによってプレイヤー自身の立ち位置が変わります。あるルートでは一緒に戦った人物が別のルートでは敵として登場し、逆に最初は「なぜこんなことをするのか」と理解できなかった人物についても、その側に立って物語を進めることで事情や信念が見えてきます。

だからこそ、1周目と2周目では同じ人物を見たときの印象まで変わることがあります。

一度敵として戦った相手を、次の周回では教師として育てることになる。以前は容赦なく倒していた人物と食事をし、悩みを聞き、一緒に戦っていると、「このキャラクターにもこんな一面があったのか」と気づかされる。複数ルートという仕組みが、ストーリーの量を増やすだけではなく、キャラクターを見る角度まで増やしているんですね。

もちろん、4ルートすべてを遊ぼうとすれば相当な時間が必要ですし、ルート間で共通する部分もあるため、誰にでも全ルート制覇を勧められる作りというわけではありません。それでも、一度クリアした作品を「別の立場でも見てみたい」と思わせるだけの仕掛けが用意されていること自体、『風花雪月』の大きな強みでした。

さらに、物量の多さはメインストーリーだけに限りません。キャラクター同士の支援会話が用意されているほか、大修道院で聞ける会話も物語の進行に合わせて変化し、別の学級からスカウトした生徒にもその時々の状況に応じた台詞があります。主人公の性別によって一部のアニメーションが変化するなど、「そこまで用意しているのか」と感じる細かな作り込みも少なくありません。

単純にプレイ時間が長いから大ボリュームなのではなく、ひとつの世界を複数の立場から見せ、それぞれのキャラクターに違った顔を持たせるところまで作り込んでいる。1周目で終わっても十分楽しめるのに、クリアしたことで逆に知らない部分が気になってくる。この「まだ見ていない風花雪月が残っている」という感覚も、長く遊ばれた理由のひとつだったと思います。

5.楽しかった学園生活があるからこそ、後半の戦争があまりにも重い

複数のルートを用意したことで、同じ戦争を異なる立場から描いた『風花雪月』。ただ、本作のストーリーが強く印象に残る理由を考えると、ルート分岐だけではなく、その前に長い「学園生活」を経験させていることが大きかったと思います。

物語の前半では、主人公は教師として生徒たちと比較的穏やかな時間を過ごします。一緒に食事をしたり、お茶会を楽しんだり、悩みを聞いたりしながら授業では彼らを育て、ときには課題として戦闘にも参加する。もちろん物語の裏側では不穏な出来事も進んでいるのですが、それでも基本にあるのは、教師と生徒として同じ学校で過ごす日常です。

ところが、物語が進むとその空気は一変します。

フォドラ全土を巻き込む戦争が始まり、かつて同じ士官学校で過ごしていた生徒たちが、それぞれの立場や信念によって敵味方に分かれていく。ここから、それまで積み重ねてきた学園生活がまったく違う意味を持ち始めます。

普通のシミュレーションRPGで敵将が登場した場合、「強そうな敵が出てきた」「どうやって倒そうか」と攻略の対象として見ることも多いと思います。ところが『風花雪月』では、その敵が以前まで同じ学校にいた生徒だったりするんです。

何度も会話をして、一緒に食事をして、場合によってはお茶会を開いたりプレゼントを渡したりしたこともある。その人物が数年後、今度は武器を持って自分たちの前に立ちはだかります。しかもFEですから、戦場で倒せばそれで終わりではなく、命を落とすことさえあります。

ここまで来ると、敵を倒すという行為の感じ方まで変わってきます。

「あの頃は同じ学校で過ごしていたのに、なぜ今は命を奪い合っているのか」と考えてしまう。戦争だから仕方がないと頭では理解できても、プレイヤー自身に学園時代の記憶があるため、完全に割り切ることが難しくなっています。

そして重要なのは、これがムービーや台詞だけで作られた関係ではないことです。

プレイヤー自身が大修道院を歩き、その生徒に話しかけ、一緒に食事をし、ときには育成にも関わってきました。数十時間かけて実際に付き合ってきた相手だからこそ、戦場で再会したときに「あのキャラクターが敵になった」という事実が重く感じられる。前半で時間をかけて学園生活を描いたことが、ここで一気に効いてきます。

言い換えるなら、学園パートは戦争が始まるまでの長い前置きではありません。

むしろ、後半の戦争をプレイヤーに重く感じさせるために必要だった時間とも捉えられます。楽しかった日常を自分で経験しているから、それが失われたことにも実感が伴う。最初から敵味方として出会っていたのであれば、ここまで複雑な感情にはなりにくかったはずです。

さらに厄介なのが、前の見出しでも触れたルートによる立場の変化です。

1周目では「どうしてこんなことをするんだ」と思った人物でも、その人物に近い立場から別ルートを遊ぶと、行動の裏にあった事情や信念が少しずつ見えてきます。反対に、以前は頼もしい仲間だった人物と敵対することもあり、単純に誰か一人を悪者にして終わらせにくい構造になっています。

だから『風花雪月』では、ルートを変えると「誰が正しいのか」という答えまで揺れてきます。

一度クリアして事情を知ったはずなのに、別の学級へ行くと今度は違う人物の考えにも納得できる部分が出てくる。そのうえで、最終的にはかつての仲間同士が戦わなければならない。この割り切れなさが残るからこそ、エンディングを迎えたあともキャラクターや物語について考えたくなるんですよね。

学園生活と戦争という、一見すると正反対にも見える二つの要素を組み合わせただけではなく、前半で築いた関係そのものを後半の物語に利用する。楽しい時間をしっかり経験させてから、それを戦争によって壊すからこそ痛みが生まれるという構成は、『風花雪月』のストーリーが多くのプレイヤーの記憶に残った大きな理由だと思います。

6.難しすぎず、それでもFEらしい「考える戦闘」は残した

ここまで学園生活やストーリーを中心に見てきましたが、『ファイアーエムブレム』である以上、やはり外せないのがシミュレーションRPGとしての戦闘です。

では、『風花雪月』の戦闘はシリーズの中でも最高峰だったのかというと、この点については少し冷静に見たほうがいいと思います。

マップそのものは比較的シンプルなものも多く、広い平地に敵が配置されているようなステージもあります。地形や複雑な仕掛けを利用して攻略法を組み立てる面白さについては過去作ほど強くなく、4つのルートが存在する一方で同じマップを使う場面もあるため、マップ攻略だけを取り出して「シリーズ最高」と評価するのは難しいところです。

ただ、それで戦闘が面白くないのかというと、話はまったく別です。

敵の攻撃範囲を確認して、「ここまで進めても大丈夫か」「この敵を倒したあと、次は誰から狙われるのか」と考えながら、一手ずつユニットを動かしていく。少し欲張って前へ出れば集中攻撃を受けるかもしれない一方、慎重になりすぎれば攻略に時間がかかる。このあたりのFEらしい、盤面を読みながら最善の一手を探す面白さはしっかり残されています。

そこへ加わったのが、戦技や騎士団といった仕組みです。

戦技は武器の耐久値を通常より多く消費する代わりに強力な攻撃を繰り出せるため、どこで使うかを考える必要があります。また、騎士団を配備すると「計略」を使用できるようになり、複数の敵を巻き込んだり、反撃を受けずに攻撃したりと、通常攻撃だけではできない戦い方も選べるようになりました。

こうした新しい選択肢が増えながらも、戦闘の根底にあるのは「敵がどう動くかを予測して、自分のユニットをどこへ置くか」という分かりやすい駆け引きです。

そして『風花雪月』で特に大きかったのが、その「考える面白さ」を残しながら、遊びにくさをかなり減らしていることでした。

たとえば、敵が次のターンにこちらの誰を狙っているのかを画面上で確認できるため、以前よりも敵の行動を予測しやすくなっています。危険な場所へユニットを動かしたときにも気づきやすく、「なぜこのキャラクターが倒されたのか分からない」という状況を減らしながら、その情報を踏まえて配置を考える遊びへ変わっています。

さらに便利なのが、戦闘中の時間を巻き戻せる「天刻の拍動」です。

FEでは仲間が倒されたとき、そのまま進めるのか、それともステージの最初からやり直すのかという判断を迫られることがありました。特に大切に育ててきたキャラクターが終盤で倒されれば、「ここまで来たのに最初からやり直しか……」となることもあります。

『風花雪月』なら、操作を間違えたり想定外の攻撃を受けたりしても、少し前の状態まで戻して別の行動を選び直せます。失敗そのものをなくしたわけではなく、「この配置では駄目だったから、今度はこちらから動かしてみよう」と試し直せるため、SRPGに慣れていない人でも挑戦しやすくなっています。

加えて、戦闘アニメーションのオン・オフや敵軍ターンの高速化など、テンポを調整する機能も用意されています。初見では戦闘演出をじっくり眺め、周回プレイではテンポを優先してどんどん進めるといった遊び分けができるので、長時間プレイする作品との相性も良好です。

ここは、『風花雪月』がシリーズ未経験者にも入りやすかった理由として見逃せません。

FEらしい戦略性を残そうとして難しくするだけでは、シリーズ経験者には喜ばれても、新しく入ってきた人には大きな壁になります。反対に、遊びやすさだけを求めて考える部分まで減らしてしまえば、今度はFEならではの面白さが薄れてしまいます。

『風花雪月』はその間を取りながら、「考えなくても勝てるゲーム」にするのではなく、「考えるために必要な情報を分かりやすくし、失敗しても立て直しやすくする」方向へ進化させた。マップ設計には物足りなさを感じる部分がありながらも、FEらしい一手を考える楽しさと遊びやすさを両立したことが、幅広いプレイヤーに受け入れられた理由のひとつだったと思います。

7.気づけば「推し」ができている――風花雪月最大の魅力はキャラクターだった

学園生活、自由な育成、複数のルート、そして戦争によって変化していく人間関係。ここまで振り返ってきた要素をひとつにつなげて考えると、『風花雪月』がこれほど支持された理由は、最終的にキャラクターへ行き着くように感じます。

本作には3つの学級があり、それぞれにかなり癖の強い生徒たちが揃っています。

自室に引きこもりがちなベルナデッタ、いつも眠そうにしているリンハルト、筋肉と食事が大好きなラファエル、女性を見れば口説こうとするシルヴァンなど、初めて会った段階でも「このキャラはこういう人なんだな」と分かりやすい個性が与えられています。

ただ、『風花雪月』がうまいのは、その第一印象だけでキャラクターを終わらせないところです。

学園生活や支援会話を通して付き合っていくと、最初に見えていた性格の裏側に、それぞれの家庭環境や過去、この世界に根付いている価値観が関係していることが分かってきます。

たとえば、ベルナデッタが極端なまでに他人を怖がるようになった背景にも理由がありますし、軽薄にも見えるシルヴァンの女性に対する態度にも、この世界で重要視されている「紋章」が深く関係しています。最初は少し極端に見えた性格が、本人の事情を知ったあとでは違って見えてくるんですね。

そして、そこで終わらないのが『風花雪月』です。

事情を知って好きになったキャラクターを、自分の手で育てることができます。授業で技能を伸ばし、どの兵種へ進ませるかを考え、実際の戦場では一緒に戦う。そうして何十時間も付き合っていれば、いつの間にか「このキャラだけは最後まで使いたい」という存在が出てくるのも自然な流れだと思います。

面白いのは、最初から好きだったキャラクターがそのまま推しになるとは限らないことです。

第一印象ではあまり興味がなかった生徒でも、何気なく見た支援会話で意外な一面を知り、試しに戦場へ出してみたら思った以上に活躍してくれる。そこから育成に力を入れるようになり、気づけば主力になっていた。逆に、見た目や最初の印象だけで気になっていた人物について、深く知ったことで別の感情を抱くこともあります。

つまり、キャラクターを「用意された設定として知る」のではなく、プレイヤー自身が時間をかけて関係を作っていく感覚が強いんです。

その人気の大きさは、作中だけに留まりませんでした。第4回「英雄総選挙」ではエーデルガルト、ディミトリ、クロード、リシテア、ベルナデッタなど『風花雪月』のキャラクターが上位へ入り、翌年には生徒でも主要人物でもない「門番」まで男性部門1位になるほどの支持を集めています。その後も本作のキャラクターが上位に入り続け、作品を離れたところでも長く人気が続いていきました。

なぜ、ここまでキャラクターへの思い入れが強くなるのか。その答えは、これまで紹介してきた要素を順番に振り返ると見えてきます。

学校で出会って、日常的に交流し、教師として育てる。そして一緒に戦場へ出て、やがて5年後には成長した姿と再会する。その間には楽しい出来事だけではなく、戦争によって敵味方に分かれるという辛い展開まで待っています。

これだけ長い時間を一緒に過ごす仕組みが用意されていれば、キャラクターに愛着が湧くのはある意味当然なのかもしれません。

だからこそ、クリアしたあとに思い返すものも、「あのマップの攻略が面白かった」「この兵種が強かった」といったゲームシステムだけではなくなります。「自分はこの学級を選んだ」「この生徒をずっと主力にしていた」「あのキャラクターと戦うのは辛かった」といった、自分が彼らと過ごした時間そのものが思い出として残っていくわけです。

『風花雪月』には魅力的なキャラクターが多い。それだけなら、ほかのRPGにも当てはまります。

本作が一歩踏み込んでいたのは、魅力的なキャラクターを用意するだけではなく、プレイヤーがその人物を好きになっていくまでの過程をゲームそのものとして作り込んだことです。

学園生活も育成も支援会話も戦争も、別々に存在しているようで、最後にはキャラクターへの愛着へとつながっていく。発売から長い時間が経っても「どの学級を選んだか」「誰が一番好きだったか」と語りたくなるのは、キャラクターを眺めていただけではなく、彼らと一緒に過ごした感覚がプレイヤーの中に残る作品だったからだと思います。

まとめ|『風花雪月』はFEが持っていた「仲間と戦う面白さ」を極限まで膨らませた作品

ここまで7つの理由を振り返ってきましたが、『風花雪月』が高く評価された理由をひとつだけ挙げるなら、「学園生活が新鮮だった」「ストーリーが良かった」といった単純な答えでは収まりません。

改めて見ていくと、本作で追加されたさまざまな要素が、FEというシリーズがもともと持っていた**「仲間を育て、その仲間と一緒に戦う面白さ」**へとつながっていることが分かります。

士官学校で生徒たちと出会い、普段の何気ない会話から少しずつ性格を知っていく。授業では将来どんな兵種へ進ませるのかを考え、戦場へ出れば自分が育てた生徒を実際に動かして戦います。

そうやって長い時間を過ごしているうちに、最初は数多くいる生徒の一人だったキャラクターが、いつの間にか「絶対に倒されたくない仲間」に変わっていくんですよね。

そして物語が進めば、その関係をさらに揺さぶる戦争が始まります。

楽しかった学園生活を知っているからこそ、かつての同級生と戦うことが辛い。1周目では理解できなかった相手にも、別のルートを遊べばその人なりの事情や信念が見えてくるため、「こちらが正しくて、向こうが間違っている」と簡単には割り切れません。

この構造があることで、『風花雪月』ではゲームの中で起きている戦争を遠くから眺めるのではなく、自分が育ててきた生徒たちの問題として受け止めやすくなっています。

さらに、育成の自由度や4つのルートという膨大なボリューム、戦闘の遊びやすさまで揃っているため、一度エンディングを迎えても「次は別の学級を選んでみたい」「今度はあの生徒を育てたい」と思わせる余地が残っています。

もちろん、すべてが完璧というわけではありません。マップ構成にはシンプルなものもあり、複数ルートで同じマップを使用する場面もあるため、純粋なSRPGとして見れば過去作のほうが好きという人がいるのも分かります。

それでも発売から7年が経った今、『風花雪月』を振り返ったときに強く残っているのは、個々のシステムの完成度だけではないはずです。

「最初にどの学級を選んだか」「誰を主力として育てたか」「どのキャラクターとの別れが辛かったか」。

同じゲームを遊んだ人同士でも、こうした思い出は少しずつ違います。

だからこそ、『風花雪月』は単にストーリーを見るだけの作品ではなく、自分が教師として生徒たちと過ごした時間そのものが、その人だけの物語になっていくゲームだったのだと思います。

FEが長年積み重ねてきた「仲間を好きになり、育て、一緒に戦う」という魅力を、学園生活から戦争までひとつの大きな体験として作り上げた『ファイアーエムブレム 風花雪月』。今から初めて遊んでも、その面白さの根幹は十分に感じられるはずですし、すでにクリアした人なら、久しぶりに別の学級の担任になってみるのも面白いかもしれません。

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