任天堂のゲーム機と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはどんな作品ですか?
ファミコンなら『スーパーマリオブラザーズ』、スーパーファミコンなら『スーパーマリオワールド』、ニンテンドウ64なら『スーパーマリオ64』など、世代ごとに忘れられない名作があると思います。
ただ、ここで少し気になるのが、それぞれのゲーム機で最後に発売されたソフトは何だったのかということ。
実は、次世代のゲーム機が登場してから何年も経って発売された作品もあれば、発売からわずか5か月で最後のソフトを迎えてしまったゲーム機まで存在します。しかも、その顔ぶれはマリオやポケモンといった任天堂の看板タイトルばかりではありません。
今回は、ファミコンからニンテンドー3DSまで、歴代任天堂ハードの最後を飾ったゲームを振り返ります。発売当時の状況も含めて見ていくと、意外な作品が選ばれた背景や、ゲーム機ごとの世代交代の違いが浮かび上がってきます。
ファミコンとスーファミの最後を飾った意外なゲーム
1980年代から1990年代にかけて、家庭用ゲーム機の代名詞ともいえる存在だったファミコンとスーパーファミコン。数々の名作を生み出した両ハードですが、最後に登場したソフトは、意外にもあまり知られていない作品でした。
まず、1983年7月15日に発売されたファミリーコンピュータは、『スーパーマリオブラザーズ』や『ドラゴンクエスト』などの大ヒットによって、日本の家庭にゲーム文化を広めた立役者です。
そんなファミコンで最後に発売された任天堂公認ソフトが、1994年6月24日発売の**『高橋名人の冒険島IV』**でした。
『高橋名人の冒険島』シリーズといえば、主人公の高橋名人を操作して敵を倒しながら進む横スクロールアクションとして知られています。しかし、最終作となった『IV』では、それまでのステージクリア型から、マップを探索しながら冒険するスタイルへと大きく変化しました。
さらに、パスワードによる途中再開にも対応しており、シリーズの集大成として新しい遊び方を取り入れた作品でもあります。
驚くのは、その発売時期です。
1994年といえば、スーパーファミコンが発売されてからすでに3年半以上が経過し、同年12月には初代PlayStationとセガサターンの登場も控えていました。ゲーム業界が次の時代へ向かっていた頃に、ファミコンではまだ新作が発売されていたのです。
ファミコン本体の発売から数えると、実に約10年11か月。しかも『高橋名人の冒険島IV』は流通量が少なかったこともあり、現在ではコレクター向けの希少なソフトとして知られています。
一方、1990年11月21日に発売されたスーパーファミコンも、最後まで独特な歴史を残しました。
スーパーファミコンで最後に発売された公式ソフトは、2000年12月1日の**『メタルスレイダーグローリー ディレクターズカット』**です。
この作品は、1991年にファミコンで発売されたアドベンチャーゲーム『メタルスレイダーグローリー』を、スーパーファミコン向けに作り直したもの。もともと緻密なグラフィックやSF色の強い物語で知られた作品ですが、その復活がスーパーファミコン最後の一本になったというのは、なかなか興味深い話です。
しかも、発売されたのはPlayStation 2が登場してから約9か月後。ゲーム機の主役が完全に次の世代へ移っていた時期にもかかわらず、スーパーファミコン向けの新作が登場していました。
ただし、このソフトには普通のゲームとは大きく異なる点があります。
実は、一般的な箱入りカセットとして店頭販売されたわけではなく、ローソンのゲーム書き換えサービス「ニンテンドウパワー」を通じて提供された作品だったのです。
当時のニンテンドウパワーでは、専用のSFメモリカセットを用意し、ローソンの店内端末「Loppi」で遊びたいソフトを選択。レジで料金を支払うと、専用機器を使ってゲームを書き込んでもらえる仕組みになっていました。
今ではダウンロード販売が当たり前になっていますが、1990年代後半にコンビニでゲームを書き換えてもらうサービスが存在していたというのは、改めて考えるとかなり先進的です。
『メタルスレイダーグローリー ディレクターズカット』には、あらかじめゲームが書き込まれたプリライト版も用意されていましたが、こちらも通常のパッケージソフトとは異なる形で提供されていました。
ファミコン最後の一本が、次世代機の登場直前に発売されたアクションゲーム。そしてスーパーファミコン最後の一本が、コンビニの書き換えサービスで登場したアドベンチャーゲーム。
どちらもゲーム機の歴史を締めくくる作品としては意外な顔ぶれですが、長く愛されたハードだからこそ、こうした独特な終わり方が生まれたともいえます。
発売からわずか5か月!バーチャルボーイの短すぎた歴史
ファミコンやスーパーファミコンが10年以上にわたって新作ソフトを発売し続けた一方で、任天堂には驚くほど短い期間で最後のソフトを迎えたゲーム機も存在します。
それが、1995年7月21日に発売された**『バーチャルボーイ』**です。
バーチャルボーイは、専用のスタンドに設置した本体を覗き込み、左右の目に異なる映像を映すことで立体的なゲーム画面を楽しめるという、当時としてはかなり斬新なゲーム機でした。
今でこそVRゴーグルを使ったゲームは珍しくありませんが、任天堂は1995年の時点で、立体的な映像を使った新しいゲーム体験に挑戦していたことになります。
しかも、本体価格は15,000円。後に登場するニンテンドー3DSよりも約16年早く立体視を取り入れていたことを考えると、その先進性には驚かされます。
ただ、実際のゲーム画面は赤と黒を基調とした独特な表示で、遊ぶ際には本体を覗き込む姿勢を取る必要がありました。テレビ画面を見ながら家族や友人と遊ぶ従来のゲーム機とは使い勝手が大きく異なり、一般家庭に広く普及するまでには至らなかったのです。
そして、そんなバーチャルボーイで最後に発売されたソフトが、1995年12月22日に同時発売された**『SDガンダム DIMENSION WAR』と『バーチャルボウリング』**でした。
SDガンダム DIMENSION WAR
バーチャルボウリング
『SDガンダム DIMENSION WAR』はバンダイから発売されたガンダム作品で、『バーチャルボウリング』はアテナが手がけたボウリングゲーム。どちらもバーチャルボーイならではの立体表示を活用したタイトルですが、まさかこの2本が最後のソフトになるとは、発売当時に予想していた人は少なかったかもしれません。
というのも、バーチャルボーイ本体が発売されたのは同じ年の7月です。つまり、発売からわずか約5か月で新作ソフトの供給が終了し、日本国内で発売されたタイトルも全部で19本にとどまりました。
夏休みの時期に登場した新しいゲーム機が、その年のクリスマスを迎える頃には最後のソフトを発売していたわけです。
ファミコンが約11年、スーパーファミコンが約10年にわたって新作を出し続けたことを考えると、あまりにも対照的な結果といえます。
さらに興味深いのが、短命だったことによって生まれた現在の希少価値です。
バーチャルボーイのソフトは、そもそも市場に出回った数が限られており、現在では一部のタイトルが高額で取引されています。
2026年10月3日時点のレトロゲーム専門店の買取価格として、『SDガンダム DIMENSION WAR』には21万円、『バーチャルボウリング』には46万円という金額が付けられていました。
もちろん、実際の買取価格は商品の状態や付属品の有無、店舗の在庫状況によって変動します。それでも、当時は比較的短期間で姿を消したゲーム機のソフトが、約30年後には数十万円もの価値を持つようになったというのは驚きです。
ところが、バーチャルボーイの歴史には、さらに意外な続きがありました。
2026年2月17日、Nintendo Switch Online向けの追加サービスとして、『バーチャルボーイ Nintendo Classics』の配信が開始されたのです。
このサービスでは、Nintendo SwitchやNintendo Switch 2に専用の周辺機器を組み合わせることで、かつてのバーチャルボーイ作品を楽しめるようになりました。
特に驚かされたのは、任天堂がバーチャルボーイ本体を再現したような専用周辺機器まで用意したことです。
発売から約30年が経過したゲーム機のために、わざわざ専用の周辺機器を開発するという展開は、なかなか予想できません。
さらに、かつて最後のソフトの一つだった『バーチャルボウリング』も2026年5月14日に配信され、長らく実機でしか遊べなかった作品が再び楽しめるようになりました。一方、『SDガンダム DIMENSION WAR』については、同サービスでの配信が確認されていません。
当時は販売面で苦戦し、わずか5か月でソフトの歴史に区切りが付いたバーチャルボーイ。それでも、立体映像を使った独自のゲーム体験は完全に忘れ去られたわけではなく、約30年後に任天堂自身の手で再び注目されることになったのです。
長く売れ続けたゲーム機だけが歴史に残るわけではないという点でも、バーチャルボーイは任天堂の歴代ハードの中で異彩を放つ存在です。
ニンテンドウ64とゲームボーイは最後まで予想外だった
発売からわずか5か月で最後のソフトを迎えたバーチャルボーイとは対照的に、次世代ハードが登場しても長く新作を出し続けたゲーム機があります。
その代表ともいえるのが、ニンテンドウ64とゲームボーイです。
まず、1996年6月23日に発売されたニンテンドウ64は、『スーパーマリオ64』や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』など、3Dゲームの進化を強く印象付けたゲーム機でした。
特に、コントローラー中央の3Dスティックを使った操作は当時としては画期的で、キャラクターを自由に動かせる感覚に驚いた人も多かったと思います。
さらに、本体には最初から4つのコントローラー端子が用意されており、『大乱闘スマッシュブラザーズ』や『マリオパーティ』で友達と盛り上がった記憶がある人も少なくないはずです。
そんなニンテンドウ64で、日本国内最後に発売されたソフトが、2001年12月20日発売の**『ボンバーマン64』**でした。
ボンバーマンといえば、爆弾を設置して敵を倒したり、友達同士で対戦したりする定番のアクションゲーム。ニンテンドウ64でも複数のシリーズ作品が発売されており、2001年の『ボンバーマン64』は、その最後を飾るタイトルとなりました。
ただ、この作品が興味深いのはゲームの内容以上に、発売されたタイミングにあります。
というのも、任天堂は2001年9月14日に次世代機のニンテンドーゲームキューブを発売していました。つまり、『ボンバーマン64』が登場したのは、ゲームキューブ発売から約3か月も経過した後だったのです。
すでにゲームショップではゲームキューブの新作が注目を集めていた時期であり、ニンテンドウ64は旧世代のゲーム機という立場になっていました。
それでも、最後にもう一本、新作のボンバーマンが発売されていたことになります。
しかも、日本国内ではゲームキューブ発売後に登場したニンテンドウ64用ソフトは、この『ボンバーマン64』だけでした。
ニンテンドウ64の最後を飾ったのがマリオでもゼルダでもなく、ハドソンのボンバーマンだったというのは、少し意外な結末です。
一方、さらに驚かされるのがゲームボーイの長寿ぶりでした。
1989年4月21日に発売された初代ゲームボーイは、単3電池4本で動く携帯ゲーム機として登場し、『テトリス』や『ポケットモンスター 赤・緑』などの大ヒットによって幅広い世代に親しまれました。
当時は、通信ケーブルを使って友達とポケモンを交換したり、学校や公園にゲームボーイを持ち寄ったりした人も多かったはず。テレビの前に座らなくても好きな場所でゲームを楽しめるという体験は、家庭用ゲームの遊び方を大きく変えました。
そして1998年には、カラー表示に対応したゲームボーイカラーが登場。初代ゲームボーイから続くシリーズは、さらに長い歴史を重ねていきます。
では、そんなゲームボーイの最後のソフトは何だったのか。
実は、ここには少し複雑な事情があります。
初代ゲームボーイでも動作するソフトに限定すると、最後に発売されたのは2002年の**『From TV animation ONE PIECE 幻のグランドライン冒険記!』**でした。
人気漫画『ONE PIECE』を題材にした作品が、初代ゲームボーイ対応ソフトの最後になったというのは、なかなか予想できない展開です。
ただし、ゲームボーイカラー専用ソフトまで含めると、話はさらに続きます。
ゲームボーイシリーズ全体で日本国内最後に発売された任天堂公認ソフトは、2003年7月18日発売の**『ドラえもんのスタディボーイ かんじよみかきマスター』**でした。
こちらは、ドラえもんと一緒に小学校で習う漢字の読み書きを学べる学習ソフトです。
アクションゲームやRPGではなく、子ども向けの漢字学習ソフトが最後の一本になったというのは、ゲームボーイの幅広い用途を象徴しているようにも感じます。
しかも、発売された2003年7月といえば、すでにゲームボーイアドバンスが登場してから2年以上が経過していました。
さらに、同年2月には折りたたみ式のゲームボーイアドバンスSPまで発売されており、携帯ゲーム機の主役は完全に次の世代へ移りつつあった時期です。
そんな状況でも、ゲームボーイカラー向けの新作が発売されていたのですから、その息の長さには驚かされます。
初代ゲームボーイの発売から数えると、最後のソフトが登場するまで約14年2か月。これは、今回取り上げる歴代任天堂ハードの中でも特に長い期間となっています。
ちなみに、ゲームボーイシリーズは初代とカラーを合わせて世界累計約1億1,869万台を販売しました。これだけ多くの人に普及していたことも、次世代機が登場した後までソフトが発売され続けた背景の一つと考えられます。
ニンテンドウ64は、ゲームキューブ発売後に登場した『ボンバーマン64』で幕を閉じ、ゲームボーイは14年以上の歴史を経て、ドラえもんの漢字学習ソフトが最後の一本となりました。
どちらも発売当初の代表作からは想像しにくい結末ですが、特にゲームボーイの場合、長く親しまれた携帯ゲーム機が最後には子どもたちの学習を支えるソフトで締めくくられたというのが印象的です。
ゲーム機の歴史は大ヒット作だけで語られがちですが、こうして最後に発売された作品を見ていくと、そのハードがどれほど長く使われ、どんなユーザーに支えられていたのかまで見えてきます。
ゲームキューブとゲームボーイアドバンスが迎えた世代交代
ニンテンドウ64やゲームボーイが、次世代機の発売後も新作を出し続けていたのに対し、ゲームキューブとゲームボーイアドバンスは、ほぼ同じタイミングで最後のソフトを迎えることになりました。
しかも、ゲームキューブの最後を飾った作品は、任天堂を代表する人気シリーズの一つ『ゼルダの伝説』。その発売日には、ゲーム機の世代交代を象徴するような興味深い事情が隠されています。
まず、2001年9月14日に発売されたニンテンドーゲームキューブは、任天堂の据え置き型ゲーム機として初めて光ディスクを採用したハードです。
コンパクトな立方体の本体に持ち運び用の取っ手が付いているという、ほかのゲーム機ではあまり見られないデザインも印象的でした。
『大乱闘スマッシュブラザーズDX』や『スーパーマリオサンシャイン』、『どうぶつの森+』など、現在まで続く人気シリーズの作品が数多く登場したことでも知られています。
特にゲームキューブのコントローラーは、その独特なボタン配置と操作感が高く評価され、後の任天堂ハードでも対応する周辺機器が発売されるほど長く親しまれてきました。
そんなゲームキューブで、日本国内最後に発売されたソフトが、2006年12月2日の**『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』**です。
『トワイライトプリンセス』は、主人公リンクが光と影の世界を行き来しながら冒険するアクションアドベンチャーで、それまでのシリーズ作品と比べても、重厚で落ち着いた雰囲気が特徴となっています。
しかし、この作品がゲームキューブ最後のソフトとして語られる理由は、単に人気シリーズの新作だったからではありません。
実は、発売日の2006年12月2日は、任天堂の次世代ゲーム機Wiiが日本で発売された日とまったく同じだったのです。
しかも『トワイライトプリンセス』はWii向けにも同時発売されており、ゲームキューブでは最後のソフト、Wiiでは最初のソフトの一つという、非常に珍しい立場になりました。
ゲームキューブの時代を締めくくる作品が、そのまま次世代ハードの門出を飾る作品にもなったというのは、なかなか印象的な世代交代です。
さらに面白いのが、ゲームキューブ版とWii版では、同じ作品でありながらゲーム内の世界に大きな違いがあったこと。
ゲームキューブ版のリンクは左利きなのに対し、Wii版では右利きになっており、マップや建物の配置まで左右反転しているのです。
これは、Wiiリモコンを剣のように振って操作する際、多くのプレイヤーが右手を使うことに合わせた変更でした。
そのため、両バージョンを遊び比べると、同じ場所でも左右の位置関係が逆になっていることに気付きます。
単なるグラフィックの違いや操作方法の変更ではなく、ゲームの世界そのものを反転させているというのは、かなり大胆な対応です。
また、販売方法にも少し変わった事情がありました。
Wii版は一般のゲームショップでも販売されましたが、日本国内のゲームキューブ版は任天堂のオンライン販売を通じて提供されており、通常の店頭販売は行われていません。
そのため、当時Wii版しか見かけなかった人や、ゲームキューブ版が存在していたこと自体を知らなかった人もいるかもしれません。
ゲームキューブの発売から約5年2か月。最後の一本となった『トワイライトプリンセス』は、旧世代機と新世代機を同じ日に結び付けるという、ゼルダらしい特別な役割を担っていたことになります。
そして、実はこのゲームキューブが最後のソフトを迎えるわずか2日前、任天堂のもう一つのゲーム機でも同じように世代の区切りとなる作品が発売されていました。
それが、2001年3月21日に発売された携帯ゲーム機、ゲームボーイアドバンスです。
ゲームボーイアドバンスは、従来のゲームボーイから大幅に性能を向上させ、携帯ゲーム機でありながらスーパーファミコンを思わせるような美しい2Dグラフィックを楽しめるハードでした。
『ポケットモンスター ルビー・サファイア』や『マリオ&ルイージRPG』、『ファイアーエムブレム 烈火の剣』など、現在でも高い人気を持つ作品が数多く発売されています。
また、2003年には折りたたみ式のゲームボーイアドバンスSP、2005年には小型化されたゲームボーイミクロも登場し、携帯ゲーム機としてさまざまな形に進化していきました。
ただし、2004年12月にはすでにニンテンドーDSが発売されており、2006年になる頃には携帯ゲーム機の主役も次の世代へ移りつつありました。
そんなゲームボーイアドバンスで、日本国内最後に発売されたソフトが、2006年11月30日の**『ファイナルファンタジーVI アドバンス』**です。
この作品は、1994年にスーパーファミコンで発売された名作RPG『ファイナルファンタジーVI』をゲームボーイアドバンス向けに移植したものです。
ティナやロック、セリスといった個性豊かな登場人物たちが織りなす群像劇はもちろん、魔石を使った育成システムや重厚なストーリーなど、原作の魅力を携帯ゲーム機で楽しめるようになっていました。
さらに、ゲームボーイアドバンス版には新たな魔石や追加ダンジョンなども収録されており、単に過去の名作を移植しただけではない内容になっています。
ここで注目したいのは、ゲームボーイアドバンスの最後を飾った作品が、新規タイトルではなくスーパーファミコン時代の名作RPGだったという点です。
かつて据え置き型ゲーム機で楽しんでいた大作を、手のひらサイズの携帯ゲーム機で遊べるようになったこと自体、ゲームボーイアドバンスの進化を象徴する出来事でもありました。
そして『ファイナルファンタジーVI アドバンス』が発売された2日後には、ゲームキューブ最後の『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』が登場します。
つまり、2006年11月30日から12月2日までのわずか3日間で、ゲームボーイアドバンスとゲームキューブという二つの任天堂ハードが、最後のソフトを迎えたことになります。
ゲームキューブは新世代のWiiと同時発売されたゼルダで幕を閉じ、ゲームボーイアドバンスはスーパーファミコン時代の名作RPGで歴史に区切りを付けました。
それぞれ最後の作品が持つ意味は異なりますが、どちらも任天堂のゲーム機が大きく世代交代していた2006年という時代をよく表しています。
特に、ゲームキューブ最後のソフトとWii最初のソフトが同じ『トワイライトプリンセス』だったという事実は、歴代任天堂ハードの中でも珍しいエピソードです。
DSと3DSの最後は誰も予想できなかった作品だった
ゲームキューブとゲームボーイアドバンスが2006年に最後のソフトを迎えた一方で、任天堂の携帯ゲーム機は、その後も大きな進化を続けていきました。
その中心となったのが、2004年12月2日に発売されたニンテンドーDSです。
上下二つの画面を搭載し、下画面をタッチペンで直接操作できるという仕組みは、それまでの携帯ゲーム機とは大きく異なるものでした。
『New スーパーマリオブラザーズ』や『おいでよ どうぶつの森』といった定番タイトルはもちろん、『脳を鍛える大人のDSトレーニング』のように、普段あまりゲームを遊ばない人まで夢中にさせる作品が登場したことも印象的です。
特に脳トレブームは、ゲーム機が子どもやゲーム好きだけのものではなく、幅広い世代に楽しんでもらえる存在であることを示しました。家族で脳年齢を競ったり、毎日の習慣としてDSを開いたりしていた人も多かったと思います。
そんなニンテンドーDSは、シリーズ全体で世界累計約1億5,402万台を販売する大ヒットを記録しました。
では、これほど多くの人に親しまれたゲーム機で、最後に発売されたソフトは何だったのか。
ポケモンやマリオを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、実際にはかなり意外な作品が最後を飾っています。
それが、2012年9月27日に発売された**『特命戦隊ゴーバスターズ』**です。
『特命戦隊ゴーバスターズ』は、当時放送されていたスーパー戦隊シリーズを題材にしたアクションゲームで、登場する5人のヒーローを切り替えながらステージを進み、敵との戦闘や巨大なボスとのバトルを楽しめる作品でした。
テレビで活躍しているヒーローを自分で操作できるというのは、番組を毎週楽しみにしていた子どもたちにとって魅力的な要素だったはずです。
ただ、ニンテンドーDS最後の新作パッケージソフトが戦隊ヒーローのゲームだったというのは、少し驚かされます。
というのも、その約3か月前となる2012年6月23日には、『ポケットモンスター ブラック2・ホワイト2』が発売されていたからです。
『ブラック2・ホワイト2』は、前作から2年後のイッシュ地方を舞台にしたシリーズ作品で、ニンテンドー3DSが発売された後にもかかわらず、従来のDS向けに登場した大型タイトルでした。
しかも、2012年といえばニンテンドー3DSが発売されてからすでに1年以上が経過していた時期です。新しい携帯ゲーム機への移行が進む中、DS向けにポケモンの完全新作が発売されたこと自体も印象的でした。
そのため、DS最後のソフトは『ブラック2・ホワイト2』だったと思っていた人もいるかもしれません。
ところが、実際にはそこからさらに3か月後に『特命戦隊ゴーバスターズ』が登場し、日本国内における最後の新作パッケージソフトとなったのです。
DS本体の発売から数えると約7年9か月。世界中で大ヒットした携帯ゲーム機の最後を飾ったのが、当時放送中だった戦隊ヒーローのゲームというのは、なかなか予想できない結末でした。
そして、そんなDSの後継機として2011年2月26日に発売されたのが、ニンテンドー3DSです。
ニンテンドー3DSは、専用の眼鏡を使わずに立体的な映像を楽しめる裸眼立体視を採用した携帯ゲーム機でした。
かつてバーチャルボーイが挑戦した立体映像という発想を、携帯ゲーム機としてより身近な形に進化させた存在ともいえます。
『マリオカート7』や『ポケットモンスター X・Y』、『とびだせ どうぶつの森』など、3DSでも数多くのヒット作が生まれました。
また、すれちがい通信を使った遊びも特徴的で、ゲーム機を持ち歩くだけでほかのプレイヤーと交流できる仕組みは、当時の携帯ゲーム機ならではの楽しみ方でした。
そんな3DSは世界累計約7,594万台を販売し、任天堂の携帯ゲーム機として長く活躍することになります。
ただし、その最後のパッケージソフトは、DS以上に予想外の作品でした。
2019年5月23日に発売された**『大戦略 大東亜興亡史DX ~第二次世界大戦~』**です。
『大戦略 大東亜興亡史DX』は、第二次世界大戦を舞台に、さまざまな兵器や部隊を指揮して戦う本格的な戦略シミュレーションゲームです。
マリオやポケモン、カービィといった作品が数多く登場した3DSの最後を飾ったのが、歴史上の戦争を題材にしたシミュレーションゲームだったというのは、かなり意外な組み合わせではないでしょうか。
実は、2019年に日本国内で発売された3DS向けの新作パッケージソフトは、わずか2本しかありませんでした。
もう一本が、同年3月7日に任天堂から発売された『毛糸のカービィ プラス』です。
こちらは、2010年にWiiで発売された『毛糸のカービィ』を3DS向けに移植し、新しい要素を追加した作品でした。
そのため、任天堂自身が発売した3DS最後のパッケージソフトは『毛糸のカービィ プラス』ですが、他社の作品まで含めると『大戦略 大東亜興亡史DX』が最後になります。
さらに興味深いのは、『大戦略 大東亜興亡史DX』が最初から2019年5月に発売される予定だったわけではないことです。
もともとは2018年春の発売が予定され、一度は2018年3月15日という発売日も発表されていました。しかし、その後は発売延期が重なり、春から夏へ、そして翌年へとずれ込んでいきます。
結果として発売されたのが2019年5月23日であり、延期を繰り返している間に、3DS最後の新作パッケージソフトになってしまったという経緯がありました。
もし当初の予定通り2018年に発売されていたら、3DS最後のパッケージソフトは『毛糸のカービィ プラス』になっていた可能性があります。
つまり、『大戦略 大東亜興亡史DX』が最後になったのは、ゲーム機の歴史を締めくくるために選ばれたからではなく、発売時期が後ろにずれ込んだ結果だったのです。
3DS本体の発売から約8年2か月、Nintendo Switchが登場してからも2年以上が経過していました。
なお、ここでいう最後のソフトは、あくまで日本国内で発売された新作パッケージソフトを指しています。ダウンロード専用ソフトまで含めると、その後にも3DS向けの作品は登場しているため、販売形態によって最後の一本が異なる点には注意が必要です。
ニンテンドーDSは、ポケモンの大型タイトルが登場した後に発売された『特命戦隊ゴーバスターズ』で幕を閉じ、3DSは発売延期を重ねた『大戦略 大東亜興亡史DX』が最後のパッケージソフトとなりました。
どちらも任天堂を代表する人気シリーズではなく、当時の市場や発売スケジュールの事情によって最後の作品が決まったという点が共通しています。
特に3DSの場合、予定通りに発売されていれば最後の一本が変わっていたかもしれないというのが面白いところです。ゲーム機の歴史を振り返るとき、つい大ヒット作品ばかりに注目してしまいますが、最後に発売されたソフトには、こうした偶然の積み重ねまで残されています。
WiiとWii Uの最後を飾ったのは同じゲームだった
ニンテンドーDSや3DSでは、人気シリーズとは異なる意外な作品が最後のパッケージソフトになりましたが、任天堂の据え置き型ゲーム機にも、少し変わった形で歴史を締めくくったハードがあります。
それが、2006年12月2日に発売されたWiiと、その後継機として2012年12月8日に登場したWii Uです。
まずWiiといえば、従来のゲーム機とは異なり、コントローラーを振ったり傾けたりする直感的な操作が大きな特徴でした。
『Wii Sports』では実際に腕を振ってテニスやボウリングを楽しめるようになり、『マリオカートWii』ではハンドル型の周辺機器を使ってレースに参加するなど、ゲームに詳しくない人でも遊びやすい仕組みが取り入れられていました。
特に『Wii Sports』は、家族や友人がテレビの前に集まって遊ぶという、任天堂らしいゲーム体験を象徴する作品だったと思います。
そんなWiiで、日本国内最後に発売されたソフトとして挙げられるのが、2015年4月30日の**『ドラゴンクエストX いにしえの竜の伝承 オンライン』**です。
『ドラゴンクエストX』は、2012年8月2日にWii向けにサービスを開始した、シリーズ初の本格的なオンラインRPGです。
それまでのドラゴンクエストといえば、基本的には一人で冒険を進めながら、仲間を集めて魔王や強敵に立ち向かう作品が中心でした。しかし『X』では、ほかのプレイヤーと同じ世界を冒険したり、協力して強敵に挑んだりできるようになり、シリーズの遊び方が大きく変わっています。
当時、Wiiをインターネットにつないで初めてオンラインRPGを遊んだという人もいたはずです。
そして、このオンラインゲームという仕組みこそが、Wiiのソフト展開を長く続けさせた理由でもありました。
通常のゲームであれば、発売後に追加要素が配信されることはあっても、基本的には購入したソフトの中で物語が完結します。一方、『ドラゴンクエストX』はサービスの継続とともに新しい地域や物語が追加され、プレイヤーの冒険が何年にもわたって続いていく作品でした。
2015年に発売された『いにしえの竜の伝承 オンライン』も、そうした冒険の続きを楽しむための追加パッケージです。
ここで興味深いのが、発売された2015年4月という時期。
すでに後継機のWii Uが登場してから2年以上が経過しており、任天堂の据え置き型ゲーム機は次の世代へ移っていました。それでも『ドラゴンクエストX』の冒険はWiiでも続いていたため、旧世代のゲーム機に新しいソフトが発売されていたのです。
Wii本体の発売から数えると約8年4か月。オンラインRPGの追加パッケージが、結果的に長いソフト展開の最後を飾ることになりました。
ただし、Wii版『ドラゴンクエストX』のサービスは、その後も永久に続いたわけではありません。
2017年11月15日をもってWii版のサービスは終了しており、現在は当時のWii本体でオンラインの冒険を続けることはできなくなっています。
ゲーム機そのものが動いていても、オンラインサービスが終了すると遊べなくなる作品があるというのは、従来の買い切り型ゲームとは異なる部分です。
そして、さらに面白いのが後継機のWii Uでした。
2012年12月8日に発売されたWii Uは、手元に画面を搭載した「Wii U GamePad」を使うことで、テレビ画面とコントローラーの二つの画面を活用できるゲーム機です。
『マリオカート8』や『スーパーマリオ 3Dワールド』、『大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U』など、後のNintendo Switchにもつながる人気作品が数多く登場しました。
また、テレビを使わずにGamePadの画面だけで遊べる作品もあり、据え置き型ゲーム機でありながら、携帯ゲーム機のような感覚で楽しめる点も特徴的でした。
そんなWii Uで、日本国内最後に発売されたパッケージソフトが、2018年7月26日の**『ドラゴンクエストX オールインワンパッケージ version1-version4』**です。
そう、Wiiに続いてWii Uの最後を飾ったのも、同じ『ドラゴンクエストX』だったのです。
こちらは、それまでに登場したバージョン1からバージョン4までの内容をまとめたパッケージで、初めて遊ぶ人でも、それまでに追加されてきた冒険をまとめて楽しめるようになっていました。
Wii版の最後が新しい物語を追加する拡張パッケージだったのに対し、Wii U版では過去の冒険をまとめたオールインワンパッケージが最後になったという違いもあります。
しかも、Wii U版『ドラゴンクエストX』は、パッケージ版の発売が終了した後も、新しいバージョンの追加が続いていました。
2021年11月11日にはバージョン6にあたる『天星の英雄たち オンライン』も登場しており、Wii U向けのソフト展開はダウンロード販売という形でさらに続いていたことになります。
そのため、Wii Uの最後を考える際には、パッケージソフトとダウンロードソフトを区別する必要があります。
そして、Wii Uにはもう一つ、忘れてはいけない作品が存在します。
それが、2017年3月3日に発売された**『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』**です。
『ブレス オブ ザ ワイルド』は、広大なハイラルの世界を自由に探索できるオープンエアのゲームとして登場し、それまでのゼルダシリーズとは異なる自由度の高さで大きな注目を集めました。
そして、この作品が発売された2017年3月3日は、Nintendo Switchの発売日でもあります。
つまり、Wii Uにおける任天堂発売の最後の新作が、そのままNintendo Switchの発売を代表する作品にもなっていたのです。
この流れ、どこかで見覚えがありませんか?
実は、2006年のゲームキューブとWiiでも、まったく同じような出来事が起きていました。
ゲームキューブ最後の『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』は、Wiiの発売日に両ハード向けに登場しています。そして約10年後、『ブレス オブ ザ ワイルド』もWii UとNintendo Switchの世代交代をつなぐ作品となりました。
任天堂のゲーム機が大きく世代交代するタイミングで、ゼルダシリーズが二度にわたって旧世代と新世代の橋渡しをしていたというのは、非常に興味深い共通点です。
ただし、Wii U版『ドラゴンクエストX』も、最終的には2024年3月20日をもってサービスが終了しました。
本体の生産終了に加えて、Wii U関連サービスの終了が進んでいたこともあり、オンラインゲームとしての運営を継続することが難しくなったためです。
こうして振り返ると、WiiとWii Uはどちらも『ドラゴンクエストX』によってソフト展開が長く続いた一方、任天堂自身の作品では『ゼルダの伝説』が世代交代を象徴する役割を果たしていたことが分かります。
通常のゲームとは異なり、サービスが続く限り新しい冒険が追加されるオンラインRPG。そして、旧世代のゲーム機を締めくくりながら、次世代機の新しい可能性を示したゼルダシリーズ。
同じ任天堂のゲーム機でも、最後の一本に至るまでの事情はさまざまです。特にWiiとWii Uの場合は、ゲームの販売方法やサービスの仕組みが変化していった時代ならではの終わり方だったといえます。
任天堂のゲーム機は最後の一本にも歴史が詰まっている
ファミコンからニンテンドー3DSまで、歴代任天堂ハードの最後を飾ったソフトを振り返ってみると、ゲーム機の終わり方がこれほど違っていたことに驚かされます。
ファミコンは、スーパーファミコンが登場してから3年以上経っても新作が発売され、ゲームボーイに至っては初代本体の発売から約14年2か月もの間、シリーズ向けのソフトが登場し続けました。
その一方で、バーチャルボーイは発売からわずか5か月で最後のソフトを迎えています。任天堂が生み出したゲーム機であっても、すべてが同じように長く支持されるわけではなかったことが分かります。
また、最後の一本が必ずしも、そのハードを代表する人気シリーズとは限らない点も興味深いところです。
ニンテンドウ64では『ボンバーマン64』、ニンテンドーDSでは『特命戦隊ゴーバスターズ』、そして3DSでは『大戦略 大東亜興亡史DX』が最後の新作パッケージソフトとなりました。
特に3DSの場合、発売延期が重なった結果、予定していなかった形で最後の一本になったという事情があります。ゲーム機の歴史を締めくくる作品が、必ずしも特別な意図を持って選ばれているわけではないというのも面白い発見です。
一方、『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』と『ブレス オブ ザ ワイルド』のように、旧世代のゲーム機を締めくくりながら、次世代機の発売を象徴する役割を担った作品もありました。
さらに、WiiとWii Uでは『ドラゴンクエストX』というオンラインRPGの存在によって、次世代機が登場した後も新しい冒険が提供され続けています。
こうして並べてみると、最後のソフトには、その時代のゲーム業界の状況や販売方法の変化、そしてゲーム機を支え続けたユーザーの存在まで反映されていることが見えてきます。
そして、気になるのは現在のNintendo SwitchとNintendo Switch 2です。
2017年3月3日に発売されたNintendo Switchは、すでに9年以上の歴史を持つゲーム機となりました。後継機のNintendo Switch 2が登場した現在も、初代Switch向けのソフト展開は続いています。
果たして、初代Switchの最後を飾るのはマリオやゼルダといった任天堂の人気シリーズなのか、それとも過去のハードと同じように、まったく予想していなかった作品になるのか。
ゲームボーイが記録した約14年2か月という長いソフト展開に、Switchがどこまで近づくのかも気になるところです。
普段は新しいゲーム機の発売日やローンチタイトルに注目が集まりますが、最後に発売された一本から振り返るゲームの歴史にも、また違った面白さがあります。
今では当たり前のように遊んでいるゲーム機も、いつかは新作ソフトが発売されなくなる日を迎えます。そのとき、最後に登場した作品が何だったのかを振り返ると、今とは違った印象を受けるかもしれません。
ゲーム機の歴史は、最初の一本だけでなく、最後の一本にも忘れられない物語が残されているのです。
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