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『SILENT HILL: Townfall』クリアレビュー!従来作とは別物、それでも確かにサイレントヒルだった

『SILENT HILL: Townfall』クリアレビュー!従来作とは別物、それでも確かにサイレントヒルだった

『SILENT HILL: Townfall』を実際にクリアして最初に感じたのは、これまでのシリーズと同じ感覚で遊び始めると、かなり驚かされる作品だということでした。

霧に包まれた町を歩きながら、そこに残された痕跡を拾い、登場人物が抱えている罪や喪失へ少しずつ近づいていく。こうした部分には間違いなく『SILENT HILL』らしさがありますが、実際にコントローラーを握ったときの感覚は従来作と大きく異なります。

なかでも大きな変化となっているのが、一人称視点を軸にしたゲームデザインです。

これまでのシリーズでは、主人公の姿を画面内に捉えながら不気味な町や建物を探索する作品が中心でした。それに対して本作では、自分自身がその場所に立っているような距離感で霧の中を歩き、曲がり角の向こうや薄暗い部屋の奥を確認しなければなりません。

しかも、ゲームプレイは敵を倒しながら進むアクション主体ではなく、身を隠しながら危険をやり過ごすステルスの比重がかなり高くなっています。

そのため、『SILENT HILL 2』などの過去作と同じ遊びを期待していると、「思っていたサイレントヒルと違う」と感じる場面はあると思います。一方で、この違いこそが『Townfall』の面白いところでもあり、一人称視点とステルスを取り入れたことで、これまでとは違った方向からプレイヤーを追い詰めてきます。

舞台となるのは1996年、スコットランド沖に浮かぶセントアメリア島。主人公のサイモン・オーデルは、自分がなぜここへ流れ着いたのか、それどころか自らの過去さえ分からない状態で、人の姿が消えた島へ足を踏み入れることになります。

誰もいない町に残されている生活の痕跡、ノイズ混じりの小型テレビから流れてくる断片的な映像、そしてサイモンの前に現れる異形の存在。それらが何を意味しているのか最初から説明されるわけではなく、自分で島を歩きながら少しずつ情報をつなぎ合わせていくことになります。

ゲームの形だけを見れば、従来の『SILENT HILL』とはかなり違います。

それでも遊び続けていると、「これは確かにサイレントヒルだ」と感じる瞬間が何度もありました。

過去作と同じゲームシステムを再現するのではなく、まったく異なる遊び方からシリーズが長年描いてきた心理的な恐怖へ近づいている。『Townfall』が面白いのは、まさにこの部分です。

記憶を失った男がたどり着いた霧の島

ゲームシステムが大きく変わった一方で、物語の入り口には『SILENT HILL』らしい不穏さがしっかり残されています。

舞台となるのは、1996年のスコットランド沖に浮かぶセントアメリア島。物語はアメリカ人男性のサイモン・オーデルが島の海岸へ流れ着くところから始まりますが、彼自身もなぜそこにいるのか分かっていません。それどころか、自分の過去に関する記憶まで失っており、腕には点滴の針が刺さったままという異様な状態です。

なぜ海を漂っていたのか。自分は島へ来る前に何をしていたのか。そして、ここに暮らしていたはずの人々はどこへ消えたのか。

サイモン自身が何も分からないため、プレイヤーだけが事情を知っているわけでもありません。主人公とほぼ同じ情報量のまま霧の中へ入り、無人となった島を歩きながら「ここで何が起きたのか」を探っていくことになります。

この導入がかなり不気味で、町には人が暮らしていた痕跡が至るところに残っています。建物も家具も日用品も存在しているのに、肝心の住民だけが見当たりません。何かが起きて避難したのか、それとも別の理由で姿を消したのかさえ分からず、日常が途中で突然途切れたような光景が続いていきます。

そこで物語を読み解く重要な手掛かりになるのが、探索中に手に入れる小型のアナログテレビ「CRTV」です。

ノイズの走る画面には、かつて島の診療所で働いていた看護師の姿をはじめ、過去に起きた出来事と思われる映像が断片的に映し出されます。ただ、その映像を見ただけですべてが理解できるわけではなく、町に残されたメモや生活の痕跡と照らし合わせながら、自分で出来事の前後関係を考えなければなりません。

そして、ここから『Townfall』の物語は少しずつ広がっていきます。

最初こそ「サイモンは何者なのか」という個人的な謎を追っているように見えるものの、物語が進むと別の人物を直接操作する場面も登場します。同じ事件を異なる立場から体験することで、それまで意味の分からなかった映像や情報がつながり始め、やがてサイモン一人の過去だけでは説明できない、島全体を巻き込んだ出来事が見えてくる構成です。

ここがシナリオで特に面白かったところで、単純に「記憶を失った主人公が真相を思い出して終わる」という話にはなっていません。

ある人物が何を知っていたのか。その状況で何を選んだのか、あるいは何から目を背けたのか。複数の人物を通して同じ出来事を見るからこそ、一人だけを責めても説明できない一方で、「大きな組織の問題だった」と片づけることもできない複雑さが残ります。

『SILENT HILL』では、登場人物が抱えている罪悪感や喪失が怪物や異質な世界として形を持ち、それをプレイヤー自身が歩きながら読み解いていく物語が描かれてきました。

『Townfall』もその部分は変わっていません。ただし今回は、**一人の人間が抱えた過去から始まり、複数の視点を重ねることで島全体に残された悲劇へと広がっていく。**従来作とは違うゲームになったと感じながらも、物語を追うほど「確かにサイレントヒルだ」と思えた理由の一つが、この描き方にありました。

一人称視点になったことで恐怖の質が変わった

セントアメリア島の真相を追っていく面白さに加えて、『Townfall』を実際に遊んで強く印象に残ったのが、これまでのシリーズとは少し違う形で恐怖を作っていることでした。

一人称視点のホラー自体は珍しくありません。ただ、本作の場合は単純に「視界が狭くなって怖い」というだけではなく、危険を確認するために自分から行動しなければならない怖さがゲームプレイの中心に置かれています。

たとえば、廊下の曲がり角に何かいるかもしれないと感じても、その先を安全な位置から自由に確認できるわけではありません。物陰から少しずつ顔を出し、自分の視界に入るところまで覗き込む必要があります。背後が気になった場合も同じで、振り返れば当然ながら、それまで見ていた正面の状況は分からなくなります。

言葉にすると当たり前の話ですが、これが実際の探索になるとかなり効いてきます。

「あの角の向こうを確認したい。でも、できれば見に行きたくない」

そんな感覚が何度も生まれ、情報が欲しいから動かなければならないのに、動けばそれだけ危険へ近づいてしまう。この迷いがあるからこそ、何も起きていない時間にも緊張が途切れにくくなっています。

基本となる行動も、敵を見つけたら正面から倒すのではなく、しゃがんで足音を抑えながら物陰へ移動し、敵の様子を確認して巡回の隙を探すというものです。

サイモンの場合は、先ほど触れた「CRTV」の周波数を調整すると、壁の向こうにいる敵の輪郭を捉えることができます。一見するとかなり便利な能力ですが、一度に確認できるのは一体だけなので、その敵に意識を向けている間に別の敵へ気づくのが遅れる可能性もあります。つまり、情報を得る手段が用意されていても、それだけで安心できる仕組みにはなっていません。

しかも、この緊張感は操作する人物によって少しずつ変化します。

別の人物を操作する場面ではCRTVではなくポケベルを使って敵の接近を察知することになり、武器で反撃できる機会もほとんどありません。周囲の音を聞きながら物陰から物陰へ移動し、とにかく見つからないように進む必要があるため、同じ一人称視点でもサイモンとは違った怖さがあります。

敵の位置を覚えても安心できない

そして、このゲームで個人的に特に怖かったのが、一度確認した情報を完全には信用できないことでした。

ステルスゲームでは、敵の巡回ルートをしばらく観察して「ここまで来たら引き返す」「このタイミングなら通れる」と行動パターンを覚えることで、少しずつ恐怖より攻略する感覚が強くなることがあります。

ところが『Townfall』では、プレイヤーの行動や進行によって敵の居場所が変わるため、さっきまで通用していた巡回パターンが次も同じとは限りません。

アイテムを取りに行って同じ廊下へ戻ってきたら、奥にいたはずの敵が別の場所へ移動している。「さっき確認したから大丈夫」と物陰から出た瞬間、思っていたよりずっと近くに敵がいることもあります。

これが厄介なのは、プレイヤーがゲームに慣れても安心しきれないところです。

普通なら、何度か失敗して敵の行動を理解すれば「次はこう動けばいい」と考えられるようになります。しかし本作では、その経験によって得た安心そのものを崩してくるため、探索に慣れてきた頃でも「本当にここは安全なのか」という疑いが残り続けます。

一人称視点による限られた視界、CRTVから得られる不完全な情報、そして完全には読み切れない敵の動き。この三つが重なったことで、単に怪物の見た目で驚かせるのではなく、自分が把握できていない場所に何かいるかもしれないという不安そのものが恐怖へ変わっていました。

従来作とはプレイ感覚が大きく違うにもかかわらず、ここまで強く『SILENT HILL』らしさを感じたのも興味深いところです。

見えている怪物そのものより、「まだ何かあるのではないか」「自分が見落としているのではないか」と考え始めるほど怖くなる。ゲームの形式は変わっても、プレイヤーの心理をじわじわ追い詰めていくという意味では、シリーズが得意としてきた恐怖を別の方法で作り直したように感じました。

「戦う」のではなく「生き延びる」ための戦闘

敵の位置を完全には把握できず、昨日までではなく、ほんの数分前に得た情報さえ信用できない。そんな探索が続くからこそ、『Townfall』ではクリーチャーと遭遇したときの考え方も従来のサバイバルホラーとは少し違ってきます。

武器そのものは存在します。サイモンは角材や鉄パイプといった近接武器を使用でき、ピストルやショットガンを手にする場面もあるため、まったく反撃できないタイプのホラーゲームではありません。

ただし、武器を持った瞬間に立場が逆転するわけでもありません。

近接武器は一度に一本しか持てないうえに耐久性が低く、何度か攻防を繰り返せば壊れてしまいます。銃を手に入れても弾薬には余裕がなく、リロードにも時間がかかるため、「敵が出てきたから撃てばいい」という感覚では進められません。そもそも操作する人物たちは特殊な訓練を受けた人間ではなく、クリーチャーから数回攻撃を受けるだけでも命を落とす危険があります。

だからこそ、敵を見つけたときに最初に考えるのは「どう倒すか」ではなく、**「戦わずに通り抜けられないか」**ということになります。

物陰に隠れてやり過ごせるなら、それが一番安全です。別のルートを使えるなら無理に近づく必要もなく、どうしても逃げ道を作れない状況になって初めて武器を使う。この順番が崩れにくいため、銃を手に入れた後でも探索中の緊張感が失われません。

ここは本作の恐怖を支えている重要な部分だと感じました。

ホラーゲームでは、序盤こそ敵が怖くても、強力な武器や大量の弾薬が揃ってくるにつれて「怖い相手」から「倒す相手」へ認識が変わっていくことがあります。それ自体がゲームとして悪いわけではありませんが、『Townfall』は最後までプレイヤーを強者の側へ立たせないように作られています。

もちろん、すべての場面が同じプレイ感覚で続くわけではありません。

物語後半で操作するリチャードのパートでは、それまでより直接的なアクションの比重が高くなり、迫ってくる敵をショットガンで迎え撃つような場面も登場します。ここだけを見るとゲームの方向性が変わったようにも感じますが、弾薬や敵との距離を意識しなければならない点は変わらず、次々とクリーチャーを倒していくアクションゲームにはなっていません。

むしろ面白いのは、操作する人物によって危機への向き合い方そのものが変わるところです。

サイモンは限られた武器を使いながら危機を切り抜け、別の人物では徹底して身を隠すことが求められる。そしてリチャードになると、それまでより直接的に脅威と向き合う場面が増えていく。単に主人公を切り替えて同じゲームプレイを繰り返すのではなく、それぞれの置かれた状況や人物像が遊び方にも反映されています。

それでも、戦闘そのものが主役になることはありません。

『Townfall』における武器は、敵を倒して爽快感を得るためのものというより、追い詰められたときに生き延びるための選択肢に近い存在です。戦って勝つことより、危険な状況からどう抜け出すか。その感覚が最後まで残るからこそ、一人称視点とステルスによって作られた「自分は圧倒的に弱い側にいる」という恐怖も崩れにくくなっていました。

1996年のアナログ機器を使った謎解きが面白い

ここまで紹介してきた一人称視点やステルスは、『Townfall』が従来作から大きく変わったことを分かりやすく感じる部分です。一方で、探索しながら手掛かりを集め、自分で考えて先へ進むという『SILENT HILL』らしい面白さは、謎解きにもしっかり残されています。

なかでも本作ならではと感じたのが、舞台となる1996年という時代をそのままゲームシステムへ取り込んでいることでした。

探索中に触れるのは、PCやフロッピーディスク、プリンター、プロジェクターといった、今となっては懐かしさすら感じる機器です。画面に表示された選択肢から答えを選ぶのではなく、周囲に残された情報を手掛かりにボタンを押したり、ダイヤルを回したりしながら、まずは目の前にある機械がどう動くのかを理解していきます。

この「仕組みそのものを考える」という感覚がなかなか面白く、単純に正解となる数字を探して入力すれば終わり、という謎解きばかりではありません。

しかも、機器を動かすこと自体が目的ではなく、正しく操作することでそこに残されていた映像や記憶が引き出され、登場人物の過去や島で起きた出来事が少しずつ見えてきます。つまり、謎を解くことと物語を知ることが別々になっていないわけです。

特に印象に残るのが、カセットテープを利用した仕掛けでした。

小さな家の中でカセットテープを入れ替えると、同じ室内でありながら時間の状態まで変化します。そこで、それぞれの時間に残されている痕跡を見比べながら情報をつなぎ、答えを探していくことになります。

この仕掛けが面白いのは、「カセットテープを使って扉を開ける」といった単純なものではなく、機器を操作した結果として空間そのものに変化が起こることです。同じ部屋を何度も観察しているはずなのに、時間が変われば見えるものも意味も変わるため、自分の目で違いを探したくなります。

こうしたパズルは、セントアメリア島を歩いて過去の出来事を読み解くという物語とも相性が良く、「謎解きのために突然パズルをやらされている」という感覚が薄いのも良かったところです。

ただ、謎解きそのものは決して簡単ではありません。

数字が書かれたメモを見つけて、そのまま入力すれば終わるようなものだけではなく、記号や図像が何を意味しているのか考え、別々の場所で得た情報を結びつけなければ答えにたどり着けない仕掛けもあります。シリーズの中でも難易度は高めで、じっくり周囲を観察しながら考えることを求められる作りになっています。

だからこそ、敵から逃げているときとは別の意味で、立ち止まって周囲を見る時間が重要になります。

霧の中を慎重に歩き、残された物からそこで暮らしていた人たちの生活を想像し、古い機器を実際に触りながら過去を掘り起こしていく。『Townfall』の探索が印象に残ったのは、一人称視点の恐怖だけではなく、プレイヤー自身の手でこの島に残された記憶へ触れているような感覚が、こうした謎解きからも生まれていたからだと思います。

惜しいのは謎解きが「その場」で終わること

アナログ機器を自分で動かし、仕組みを理解しながら答えを探していく。こうした『Townfall』の謎解きはかなり好みだった一方で、最後まで遊んだからこそ「もう一歩踏み込んでほしかった」と感じる部分もありました。

特に気になったのが、せっかくセントアメリア島という魅力的な舞台を作り込んでいるのに、多くのパズルが目の前にある装置や、その周辺だけで完結してしまうことです。

もちろん、すべてがそうなっているわけではありません。別の場所で仕掛けを動かしたあとに建物内を移動して変化を確認するなど、ある程度広い空間を利用した謎解きも用意されています。

ただ、先ほど紹介したカセットテープのように、操作した結果として環境そのものが変化したり、離れた場所にある複数の情報を結びつけたりする仕掛けは、それほど多くありません。

ここは少しもったいなく感じました。

というのも、セントアメリア島は単なるホラーゲームの背景として作られているわけではなく、家屋の間取りや家具、店先のポスター、古いカードやチラシといった細かな部分まで、1990年代にそこで暮らしていた人々の生活が感じられるようになっています。

誰もいない部屋に食器が残され、使われていた日用品がそのまま置かれている。人の姿だけが消えてしまった場所を歩いているからこそ、「この家では何があったのか」「ここにいた人はどんな生活をしていたのか」と、自然に周囲を観察したくなるんです。

それだけに、謎解きでも島や建物そのものをもっと利用できていたら、探索の面白さはさらに広がっていたと思います。

たとえば、ある建物で見つけた情報が離れた場所にある仕掛けの意味につながったり、町の景観や生活の痕跡そのものが大きな謎を解く手掛かりになったりすれば、「島を観察すること」と「謎を解くこと」がより強く結びついたはずです。

もう一つ気になったのが、一部のパズルでは何を手掛かりに考え始めればいいのか分かりにくい場面があることでした。

答えそのものが難しいというより、最初にどこへ注目すればいいのかが見えにくいため、自分の考え方が間違っているのか、それとも必要な情報を見落としているのか判断しづらいことがあります。謎解きの難易度が高いこと自体は面白さにつながっていますが、ここは難しさとは少し別の問題に感じます。

とはいえ、この分かりにくさが作品から完全に浮いているわけでもありません。

そもそも『SILENT HILL』は、すべてが客観的なルールに従って整理された世界を歩くシリーズではなく、登場人物の記憶や心理によって現実そのものが歪んでいきます。その意味では、目の前にあるものが理屈だけでは理解できない感覚も、この世界観とは妙に噛み合っています。

ただ、世界が理不尽であることと、ゲームとして手掛かりが不足していることは同じではありません。

雰囲気として納得できる分かりにくさはあっても、プレイヤーが考えるための材料まで不足してしまえば、恐怖や違和感より先に「何をすればいいのか分からない」が来てしまいます。実際、一部の仕掛けには調整の余地を感じる部分がありました。

物理的な機器を触って答えを探していく基本部分がよくできているだけに、島全体を巻き込んだ環境パズルがもう少し増えていれば、探索と謎解きはさらに印象的なものになっていたと思います。ここは『Townfall』の大きな欠点というより、良かったからこそ、もっと広げてほしかった部分として残りました。

形は変わっても「SILENT HILL」だった

ここまで振り返ってみると、『Townfall』は従来のシリーズ作品と比べて、かなり思い切った変更を加えた一作です。

一人称視点を採用し、正面から敵と戦うよりも身を隠してやり過ごすことが重要になり、謎解きでは1990年代のアナログ機器を実際に操作するような仕掛けまで取り入れています。今回のプレイではクリアまで約13時間かかりましたが、その間に感じるゲームの手触りは、過去の『SILENT HILL』をそのまま現代的に作り直したものとは明らかに違っていました。

だからこそ、シリーズ経験者ほど最初は戸惑う部分があると思います。

敵との戦闘や資源管理を中心に攻略していくサバイバルホラーを期待すると、戦わずにやり過ごす場面の多さが物足りなく感じるかもしれません。また、周囲をじっくり観察し、断片的に与えられる情報を自分の中で整理しながら進める必要があるため、テンポよく答えを提示してくれる作品でもありません。

それでも、最後まで遊んだあとに残ったのは「別物になってしまった」という感覚ではありませんでした。

むしろゲームの形がここまで変わったからこそ、『SILENT HILL』らしさは三人称視点や特定の戦闘システムにあるわけではないと改めて感じます。

サイモンが失われた記憶を追っていくところから始まり、やがて複数の人物の視点が重なって、一人の選択だけでは説明できない島全体の悲劇が浮かび上がってくる。そこで描かれているのは、単純な善悪では割り切れない人間の罪悪感や喪失、そして過去に何を選び、何から目を背けたのかという話でした。

しかも、そうした内面を長い説明だけで伝えるのではなく、霧に沈んだ町や無人の家、そこに残された生活用品、ノイズ混じりの映像、異形のクリーチャーといったものを通してプレイヤーに感じさせてきます。

特にセントアメリア島は、攻略するためだけに用意された舞台という印象が薄く、人が消えたあとにも生活の痕跡だけが残っていることで、怖さと同時にどこか物悲しさも感じられる場所になっていました。町そのものから、そこにいた人たちの記憶を拾っていくような探索体験は、本作でもかなり印象に残っています。

そして何より、一人称視点への変更が単なる流行への対応ではなく、『SILENT HILL』が得意としてきた心理的な恐怖を別の角度から作るために機能していたことが大きいです。

曲がり角の先が見えないから自分で覗かなければならず、敵の位置を確認しても、その情報が少し後まで正しい保証はない。安全だと思った場所へ戻っても状況が変わっている可能性があるため、プレイヤー自身が「本当に大丈夫なのか」と疑い始めます。

怪物を画面に出して驚かせるだけではなく、**見えていないものを自分の頭の中で想像するほど怖くなっていく。**この感覚はゲームシステムこそ違っても、シリーズが長く描いてきた恐怖とかなり近いものでした。

もちろん、すべてが完璧だったわけではありません。先ほど触れたように一部のパズルは手掛かりが分かりにくく、せっかく作り込まれた島を謎解きにもっと活用してほしかったという惜しさも残ります。

それでも、過去作と同じ形式を守ることを優先するのではなく、ゲームデザインそのものを変えながらシリーズの核を残したという意味で、『Townfall』はかなり意欲的な作品だったと思います。

エンディングも一つではなく、プレイ中の行動や探索の積み重ねによって変化する全5種類が用意されています。一度クリアして終わりではなく、自分が見落としていたものを探しながら再びセントアメリア島を歩く理由が残されているのも、シリーズらしいところです。

従来作とは別物。それでも、最後まで遊べば確かに『SILENT HILL』だった。

タイトルにも入れたこの言葉が、クリアしたあとに『Townfall』を振り返ったとき、一番しっくりくる感想でした。

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