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なぜゲームメーカーは中古販売を嫌うのか?知られざるゲーム業界の裏事情

なぜゲームメーカーは中古販売を嫌うのか?知られざるゲーム業界の裏事情

いまではゲームショップへ行けば、中古ソフトが新品と並んで売られている光景も珍しくありません。遊び終えたゲームを売り、そのお金を次に遊ぶ一本の購入資金にする。こうした買い方を経験したことがある人も多いと思います。

ただ、中古ゲームという市場は、家庭用ゲームが誕生した頃から現在と同じ規模で存在していたわけではありません。大きな転機になったのが、1983年に登場したファミリーコンピュータです。ファミコンが広く普及し、家庭でゲームを楽しむ人が一気に増えたことで、それまで限定的だったゲームソフトの貸し借りや中古販売も次第に広がっていきました。

さらに1990年代へ入ると、ゲームボーイやスーパーファミコンに加えて、PlayStation、セガサターン、NINTENDO 64など複数のゲーム機が登場します。それに伴ってゲーム人口そのものが増え、街中にはゲームソフトを専門に扱うショップも目立つようになりました。

この頃になると定着していったのが、**「新品を買う→遊び終わったら売る→そのお金で別のゲームを買う」**という遊び方です。

たとえば新品で6,800円のゲームを購入しても、クリア後にある程度の価格で買い取ってもらえれば、実際に自分の財布から出ていく金額は小さくできます。そして、その売却代金を持って再びゲームショップへ行けば、今度は別のタイトルを購入できる。ゲーム一本を買って終わりではなく、売却と購入を繰り返しながら次々と作品を遊べる環境ができていったわけです。

特に1990年代後半のPlayStation時代にはゲーム市場がさらに拡大し、中古ソフトを積極的に扱う店舗も増えていきます。ここまで市場が大きくなると、中古ゲームは単に「誰かが遊び終わったソフトを安く買える」というだけの存在ではなくなっていきました。

新品として一度売れたゲームが店舗へ戻り、中古商品として再び別のユーザーへ売られていく。そして、そのユーザーが遊び終われば、再び売却される可能性もあります。

消費者からすれば、安くゲームを楽しめるうえに、遊び終わったソフトにも価値が残る便利な仕組みです。一方でゲームメーカーから見れば、自分たちが開発した一本のゲームが何度も売買されているにもかかわらず、中古として取引されるたびにメーカーへ売上が入る仕組みではありません。

中古市場が小さかった頃なら、それほど大きな問題にはならなかったかもしれません。しかし、ゲーム人口の増加とともに中古ソフトの流通量まで膨らんでいけば、話は変わってきます。

ゲームショップが多くのユーザーにとって身近な存在になったからこそ、中古ゲームも巨大な市場へ成長した。そして、その成長によって「新品を作って売るメーカー」と「一度販売された商品を何度も流通させる中古販売店」という、現在まで続く構造的な問題が表面化していったのです。

では、メーカー側は中古ゲームの何をそれほど問題視していたのでしょうか。そこには、車や家電などの中古市場とは少し事情の異なる、ゲームならではの特徴があります。

なぜゲームメーカーは中古販売を嫌うのか?新品が売れなくなる仕組み

中古ゲーム市場が大きくなれば、ゲームを遊ぶ側にとっては選択肢が増えます。発売されたばかりの作品は新品で買い、少し時間が経った作品なら価格の下がった中古を探す。限られた予算で多くのゲームを遊びたい人ほど、中古という選択肢に助けられた経験があると思います。

ところが、ゲームメーカーの立場から見ると、この便利な仕組みがそのまま喜ばしいものになるとは限りません。

理由はかなりシンプルで、中古ソフトが売れても、その売上がゲームメーカーに入るわけではないからです。

たとえば、あるゲームが新品6,800円で販売されている隣で、同じタイトルの中古品が4,000円で並んでいたとします。パッケージやディスクに多少の使用感があったとしても、ゲーム本編を最後まで遊べるのであれば、安い中古を選びたいと考える人が出てくるのは自然です。

しかし、その4,000円は中古販売店と売却したユーザーの間で生まれた取引です。最初にゲームを開発して市場へ送り出したメーカーには、中古として売れるたびに収益が入るわけではありません。

しかも、ゲームには中古商品として少し特殊な性質があります。

車であれば走行距離が増え、家電であれば使用年数に応じて部品が劣化していきます。新品と10年間使われた中古品が同じ状態とは考えにくいため、高いお金を払って新品を選ぶことにも分かりやすいメリットがあります。

ゲームは少し事情が違います。

正常に動作するソフトであれば、中古だからストーリーが途中までしか収録されていないわけでも、キャラクターの能力が下がるわけでもありません。新品で買った人も中古で買った人も、基本的には同じゲームを最初から最後まで遊べます。つまり、商品そのものが古くなっても、ゲーム体験の中心部分はほとんど劣化しないという特徴を持っています。

これは中古ゲームを購入する側からすれば、大きなメリットです。状態に問題さえなければ、価格の安い中古を選ぶだけで新品とほぼ同じゲームを楽しめるのですから、かなり合理的な買い方とも言えます。

ただ、それこそがメーカーにとって厄介なところでもあります。

新品6,800円と中古3,000円が並んでいて、遊べる内容がほぼ同じなら、「それなら中古でいい」と考える人が増えても不思議ではありません。特に大量に売れたタイトルは、それだけクリア後に手放す人も増えるため、中古市場へ多くのソフトが流れ込みます。供給量が増えて中古価格が下がれば、定価で販売されている新品との価格差はさらに目立つようになります。

さらにゲームの場合、一本のソフトが一度中古になって終わりとは限りません。

新品で購入したAさんがクリア後に売り、それをBさんが中古で購入する。Bさんもクリアして売却すれば、今度はCさんが購入できます。そのCさんが再び売れば、同じ一本がさらに別のユーザーへ渡っていくこともあります。

こうして一度メーカーから出荷されたゲームが、何人ものユーザーの間を移動しながら繰り返し遊ばれていきます。

仮に一本のソフトを5人が順番に遊んだとしても、メーカーにとって新品として売れた本数は最初の一本だけです。残りの4人が中古販売店から購入していたなら、その取引からメーカーへ直接売上が発生する仕組みにはなっていません。

だからといって、中古でゲームを買うユーザーが悪いという話ではありません。正規に販売されている商品を安く購入するのは消費者として自然な行動ですし、遊び終わったゲームを売却して次の購入資金にすることにも経済的なメリットがあります。

ここで問題になっているのは、誰かの行動そのものではなく、消費者にとって合理的な選択が、ゲームメーカーにとっては新品を購入してもらえる機会の減少につながり得るという構造です。

しかもゲームメーカーは、開発費だけを回収すればいいわけではありません。一本のゲームを市場へ送り出すまでにはさまざまな費用がかかります。それに対して中古販売店は、一度市場へ出た商品をユーザーから買い取り、価格を上乗せして再び販売できます。メーカーが費用をかけて生み出した商品を使って別の市場が形成され、その取引が繰り返されてもメーカーには直接還元されない。この状況をメーカー側が問題視してきた背景があります。

こうして考えてみると、ゲームメーカーが中古販売を嫌ってきた理由も見えやすくなります。

「中古品が存在すること」だけが問題なのではなく、新品と中古の体験差が小さい商品だからこそ、中古が新品の強力な競合になってしまう。

ここが、車や家電などの中古市場とゲームを考えるうえで大きく異なる部分です。

そしてメーカー側の不満は、単なる業界内の愚痴で終わったわけではありません。中古ゲーム市場が急速に拡大した1990年代後半には、ついにメーカーと中古販売業者の対立が裁判にまで発展することになります。

中古ゲーム販売は違法だった?メーカーと販売店が争った裁判の結末

中古ゲームが新品の強力な競合になり得る以上、メーカーとしても何らかの対策を取りたくなるのは自然な流れです。

そして1990年代後半、その対立はかなり大きなものになります。カプコンやソニー・コンピュータエンタテインメントなどのゲームメーカー側が、中古ゲームソフトの流通を問題視し、中古販売業者を相手に販売差し止めを求める訴訟を起こしたのです。

現在ではゲームショップで普通に中古ソフトが販売されているため、「中古ゲームを売ること自体が違法になる可能性があった」と聞くと、少し意外に感じるかもしれません。

ただ、メーカー側からすると、先ほど触れた問題がすでに現実のものになっていました。

自分たちが費用をかけて開発したゲームが一度新品として販売された後、中古市場へ流れて何度も売買される。そのたびに別のユーザーが同じゲームを遊んでいるにもかかわらず、メーカーには中古販売による収益が直接入ってきません。

そこでメーカー側は、著作物であるゲームソフトが中古として再び市場へ流通することについて、著作権上の問題があると主張しました。

一方、中古販売店側にも当然ながら言い分があります。

ユーザーがお金を払って正規に購入したゲームである以上、そのゲームを遊び終えた後に売るところまでメーカーが制限できるのか。中古販売店側はそうした立場から反論し、メーカー側と真っ向から争うことになりました。

この対立が難しいのは、どちらか一方の主張だけを聞けば簡単に答えを出せる問題ではないところです。

メーカーからすれば、新品の販売機会を奪う可能性のある中古市場が拡大しているにもかかわらず、そこで生まれた利益が自分たちに還元されないという不満があります。反対に購入者からすれば、一度自分のお金で買ったゲームなのですから、遊び終わった後に売ることまで制限されれば、今度は所有している商品の扱いをどこまでメーカーが決められるのかという話になってきます。

では、裁判ではどちらの主張が認められたのか。

最終的に、中古ゲームの販売を著作権侵害として一律に禁止することは認められず、メーカー側が求めていた形で中古販売を止めることにはなりませんでした。

現在も中古ゲームが普通に売買されていることを考えれば、この結果がその後の市場に与えた意味はかなり大きかったと言えます。

もし中古ゲームの販売そのものが認められないという結果になっていれば、ゲームショップのあり方はもちろん、「クリアしたゲームを売って次の一本を買う」というユーザー側の遊び方まで大きく変わっていた可能性があります。

とはいえ、裁判で中古市場そのものをなくせなかったからといって、メーカー側が中古対策を諦めたわけではありません。

むしろ、ここから発想が変わっていきます。

中古ゲームを市場からなくすことが難しいのであれば、中古では利用できない価値をゲーム側に持たせる。あるいは、最初から中古として流通できない方法で販売する。

実際、その後は一度だけ利用できるコードやオンラインパス、追加コンテンツといった仕組みが登場し、さらにダウンロード販売そのものが広がっていきました。

つまり、中古ゲームを巡るメーカーと販売店の争いは、裁判が終わったところで完全に決着したわけではありません。

販売店との直接的な争いから、「ゲームをどのような形でユーザーへ販売するのか」というビジネスモデルそのものの変化へ舞台が移っていったとも考えられます。

そして、この変化を一気に加速させたのが、現在では当たり前になっているダウンロード販売です。

ダウンロード販売の普及で中古ゲーム市場はどう変わったのか?

中古販売そのものを止められないのであれば、メーカー側に残された選択肢は別のところにありました。

中古で購入した場合には新品とまったく同じ条件にならない仕組みを作る、あるいは、そもそも中古として売ることのできない商品へ切り替えていくという方法です。

その一つとして使われるようになったのが、一度しか利用できないシリアルコードやオンラインパスでした。新品にコードを付属させておけば、最初に購入したユーザーはそのまま利用できますが、そのソフトが中古市場へ流れた後は同じコードを再利用できません。

さらに、ゲーム本編を発売して終わりではなく、追加コンテンツを購入してもらう販売方法も広がっていきます。中古で本編を購入したユーザーであっても、追加コンテンツを購入するのであれば、そこではメーカー側にも新たな売上が発生します。

こうした変化だけでも、中古ゲームとの付き合い方は以前とは少し違ったものになります。

ただ、中古市場の構造をさらに大きく変えたのが、2010年代に本格的に普及していったダウンロード販売です。

PlayStation StoreやXboxのデジタルストア、任天堂のデジタル販売、PCではSteamなど、ゲーム機やプラットフォームから直接ソフトを購入できる環境が整っていきました。

ここで重要なのは、単に「お店へ行かなくてもゲームを買えるようになった」という便利さだけではありません。

パッケージ版なら、クリアした後にゲームショップへ持っていけば売却できます。そして、その商品は中古ゲームとして次のユーザーへ渡っていきます。

一方、ダウンロード版には売却するための物理的なソフトがありません。

ゲームを購入して自分のアカウントで遊ぶところまでは同じでも、クリアしたからといってゲームショップへ持ち込むことはできず、当然ながら店頭に中古商品として並ぶこともありません。

一本のゲームが新品から中古へ移り、そこから何人ものユーザーに渡っていくという従来の循環そのものが発生しなくなるわけです。

中古市場との関係だけを考えれば、これはメーカーにとってかなり大きな変化です。

パッケージ版では、新品を一本販売した後に同じソフトが何度中古として売買されても、メーカーがその取引から直接収益を得る仕組みではありませんでした。ところがダウンロード版なら、基本的には遊びたいユーザーがそれぞれ販売プラットフォームを通じて購入する形になります。

もちろん、ユーザー側にもダウンロード版ならではのメリットがあります。ディスクやカートリッジを保管する場所が必要なく、ゲームを切り替えるたびにソフトを入れ替える手間もありません。物理的なゲームソフトを所有することにこだわらない人にとっては、利便性の高い販売方法でもあります。

その反面、パッケージ版で当たり前だった「遊び終わったら売る」という選択肢は失われます。

ここは、ゲームを購入する側からすると無視できない違いです。

たとえば8,000円のパッケージ版を購入し、クリア後に5,000円で売却できたなら、手元から出ていく金額だけを見れば3,000円で遊べたとも考えられます。ダウンロード版を同じ8,000円で購入した場合、遊び終えても売却できないため、購入時の価格だけでは両者の負担を単純に比較できません。

かつてゲームショップを頻繁に利用していた人ほど、この違いは大きく感じるはずです。

以前なら一本を売ったお金が次の一本を買う資金になり、さらにそのゲームを売って別の作品へ移るという遊び方ができました。ダウンロード販売が中心になれば、その循環は少しずつ成立しにくくなっていきます。

つまり、ダウンロード販売の普及はメーカーにとって中古市場への有効な対策になった一方で、ユーザー側から見れば**「ゲームを所有した後にどう扱えるのか」という部分まで変化させた**ことになります。

ここまで見ると、中古市場はメーカーにとって利益を奪うだけの存在であり、なくなった方がゲーム業界にとって良いようにも感じられるかもしれません。

ただ、話はそれほど単純ではありません。

中古ゲームが安く買えたからこそ、それまで知らなかった作品を手に取った人もいます。そこでシリーズを好きになり、次回作は発売日に新品で購入したという人もいたはずです。

メーカーに直接お金が入らない中古市場でありながら、結果としてゲームを遊ぶ人そのものを増やしてきた側面もあります。

だからこそ、中古ゲームは本当にゲーム業界にとって悪い存在だったのかという点についても、もう少し考える必要があります。

中古ゲームは本当に悪なのか?ゲーム業界を支えてきたもう一つの役割

ダウンロード販売が広がり、中古として流通しないゲームが増えていけば、メーカーにとって長年の悩みだった問題は小さくなっていきます。

新品とほとんど変わらないゲームが安い価格で売られ、その取引からメーカーには直接収益が入らない。ここまで見てきた仕組みだけを考えるなら、中古市場が縮小することはメーカーにとって歓迎すべき変化にも見えます。

ただ、中古ゲームがゲーム業界に与えてきた影響を考えると、それだけでは片付けられません。

中古ゲームの大きな役割の一つが、ゲームを購入するときのハードルを下げていたことです。

発売されたばかりのゲームを新品で買うとなれば、それなりのお金が必要になります。興味はあるものの自分に合うか分からない作品や、それまで遊んだことのないシリーズに対して、いきなり定価を払うことに迷う人もいると思います。

そんなとき、中古で安く売られていれば話は変わります。

「この値段なら試してみよう」と手に取り、それまで知らなかったゲームに触れるきっかけになる。そこで面白さを知れば、そのシリーズの別作品を遊び始めたり、次回作を新品で購入したりする可能性も出てきます。

つまり、最初に中古で購入された一本だけを見ればメーカーへ直接お金が入らなくても、その一本が新しいユーザーを作品へ連れてくる入口になることはあり得るわけです。

そして、もう一つ無視できないのがゲームショップそのものの存在です。

かつて実店舗へ足を運ぶと、新品だけでなく大量の中古ゲームが棚に並んでいました。目的のゲームを買いに行ったはずなのに、棚を眺めているうちに知らないタイトルが目に入り、パッケージに惹かれて予定になかった一本まで買ってしまう。ゲームショップをよく利用していた人なら、そんな経験にも覚えがあるのではないでしょうか。

中古ゲームが大量に並ぶ売り場は、安くゲームを購入する場所であると同時に、ユーザーがまだ知らない作品と出会える場所でもありました。

しかも、中古であれば数年前に発売されたゲームも店頭に残ります。

発売直後の新作ばかりが目立つ環境とは違い、少し古い作品やすでに新品では見かけなくなったタイトルまで同じ棚に並ぶため、発売時期を過ぎたゲームが新しいユーザーに発見される機会も生まれます。中古ゲームを扱う店舗が減ることで、ゲームソフトそのものを目にする機会が減った人もいるのではないかという見方もできます。

また、遊び終わったゲームを売れることは、新しいゲームを購入するための資金を作れるという意味でも大きなものでした。

一本買って終わりではなく、クリアしたゲームを売り、そのお金を足して次の一本を購入する。そうやって限られた予算の中でも複数の作品を遊べたからこそ、ゲームを継続して購入できた人もいたはずです。

ここが中古ゲームを考えるときの難しいところです。

メーカーから見れば、中古ソフトは新品の販売機会を奪う可能性があります。中古が売れてもメーカーには直接収益が入らず、同じ一本が何人ものユーザーに渡れば、それだけ新品を購入しないユーザーが増える可能性も否定できません。

ところがユーザー側から見ると、価格が安いからこそ購入できる作品があり、売却できるからこそ次のゲームにも手を伸ばせます。その結果として遊ぶゲームの本数が増え、ゲームそのものを好きになる人が増えるのであれば、中古市場がゲーム文化を広げる役割を担っていたとも考えられます。

メーカーの利益という視点では競合になりながら、ゲーム人口を広げるという視点では入口にもなり得る。

中古ゲームには、この二つの側面が同時に存在していたのです。

だからこそ、中古販売を単純に「メーカーの利益を奪う悪い仕組み」と決めつけることも、反対に「安くゲームを遊べるのだから何も問題はない」と片付けることも難しくなります。

メーカーが継続してゲームを作るには、新品を購入してもらい、開発に使った費用を回収して次の作品へ投資できる環境が必要です。その一方で、ユーザーが作品と出会いやすく、無理のない金額でさまざまなゲームを遊べる環境も、ゲーム文化を広げていくうえでは大切になります。

中古ゲームを巡る問題が長い間なくならなかったのも、まさにこの両方に無視できない理由があったからなのかもしれません。

そして、パッケージからダウンロードへとゲームの売り方が変わりつつある現在、この問題は「中古ゲームが必要かどうか」という話だけではなくなっています。

購入したゲームを自分のものとして持つとは何なのか。

中古市場の変化を追っていくと、最後にはゲームそのものの買い方や所有のあり方まで見えてきます。

まとめ:中古ゲームの存在が問いかけるゲームの価値とこれから

ゲームの中古市場を振り返ってみると、単純に「新品より安くゲームを買える仕組み」というだけでは語れない存在だったことが見えてきます。

ファミコンの普及をきっかけに家庭用ゲームが広がり、1990年代にはゲームショップが各地に増えました。新品を購入して遊び終わったら売り、そのお金で次のゲームを買う。そんな遊び方が定着したことで、中古ゲームも一つの大きな市場へ成長していきます。

ところが、ゲームという商品には少し特殊な性質があります。

車や家電なら、使い続けるほど性能や寿命に違いが出てきます。一方、正常に動作するゲームソフトなら、中古だからストーリーが変わるわけでも、途中から遊べなくなるわけでもありません。新品でも中古でも、ゲーム体験の中心部分にはほとんど差がないのです。

だからこそ、ユーザーにとって中古は魅力的な選択肢になります。

しかしメーカー側からすると、自分たちが開発したゲームが何度も売買されているにもかかわらず、その中古取引から直接収益を得ることはできません。中古価格が大きく下がれば、新品を定価で購入する理由も弱くなってしまいます。

この対立は裁判にまで発展しましたが、中古販売そのものが一律に禁止されることにはなりませんでした。そこでメーカー側も販売方法を変え、一度しか使えないコードやオンラインパス、追加コンテンツなどを取り入れ、やがて中古として再流通しないダウンロード販売も広がっていきました。

こうして現在までの流れを見ると、メーカーが中古販売を嫌ってきた理由もかなり分かりやすくなります。

問題だったのは、誰かが古いゲームを安く買うことそのものではありません。**新品と中古で得られる体験に大きな違いがないにもかかわらず、中古が売れたときにはゲームを作ったメーカーへ直接利益が還元されない。**このゲーム特有の構造が、長年にわたる対立の根底にあったわけです。

とはいえ、中古ゲームがなくなればすべて解決するとも言い切れません。

安かったから初めて手に取れたゲームもあれば、遊び終わったソフトを売ることで次の一本を購入できた人もいます。中古で偶然出会った作品に夢中になり、その後はシリーズの新作を新品で購入するようになることもあります。中古市場にはメーカーへ直接利益を還元しにくい側面がある一方、ゲームとユーザーが出会う入口として機能してきた面もあったのです。

そしてダウンロード販売が広がったことで、ゲームを買うという行為そのものも変わり始めています。

かつてはお金を払ってゲームソフトを手に入れれば、遊ぶだけでなく、友人に貸したり、不要になれば売ったりすることもできました。パッケージを棚に並べ、何年後かにもう一度取り出して遊ぶことも含めて、「ゲームを持っている」という感覚があった人も多いと思います。

デジタル販売が中心になれば、その感覚も少しずつ変わっていきます。

便利さを手に入れる代わりに、遊び終わったゲームを売却して次の購入資金にすることはできなくなる。中古ゲーム市場が縮小していくという変化は、ゲームショップが減っていくという話だけではなく、私たちがゲームをどのように買い、どのように所有し、次の作品へ出会っていくのかというゲーム文化そのものの変化でもあります。

メーカーが継続してゲームを作れる環境は必要です。それと同時に、ユーザーが気軽にさまざまな作品へ触れられる環境も、ゲーム文化を広げていくうえでは欠かせません。

中古ゲームは、その二つを長い間つないできた存在でもありました。

だからこそ中古市場が小さくなっていくこれからは、単に「中古がなくなる」で終わるのではなく、その役割を何が引き継いでいくのかにも注目したいところです。

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