『Marvel’s Wolverine』を最後まで遊んで最初に強く残ったのは、「ウルヴァリンを自分で動かして戦う」という体験へのこだわりでした。
本作は、『Marvel’s Spider-Man』シリーズなどで知られるInsomniac Gamesが手掛けるシングルプレイ専用のアクションアドベンチャーです。ただ、同じマーベル作品ということで『Spider-Man』のようなオープンワールドを想像していると、ゲームの作りにはかなり違いを感じると思います。
広大な街を自由に飛び回るタイプではなく、物語に沿って用意されたステージを順番に攻略していくリニア型が基本。ローガンことウルヴァリンを操作しながら、カナダや東南アジア、東京の歌舞伎町など世界各地を巡り、一つの大きな物語を追いかけていきます。
クリアまでの時間は、およそ15時間でした。最近の大作ゲームと比べればコンパクトな部類に入りますが、そのぶん展開はかなり目まぐるしく、ロケーションが変わったと思えば大規模な戦闘が始まり、そこからシネマティックな演出へ突入するなど、短い間隔で次の見せ場がやってきます。
自由に寄り道しながら世界を探索するというより、次々と状況が変化する中を一気に駆け抜けていく感覚に近く、遊んでいる最中のテンポはかなり速めです。何十時間もかけて広大な世界を探索するゲームとは方向性が異なり、一本のストーリーを追いながら濃密なアクションを楽しみたい人には入りやすい作りだと感じました。
そして、本作を語るうえで外せないのが、やはりウルヴァリンそのものの表現です。
アダマンチウムの爪を振るったときの重量感だけでなく、傷つきながらも前へ出て戦い続けるローガンの荒々しさまでゲームプレイへ落とし込まれていて、序盤から「これを待っていた」と思わせるだけの勢いがあります。
一方で、15時間ほど遊び続けていると、その強烈な第一印象とは別の部分も少しずつ見えてきました。
ウルヴァリンになりきる感覚は間違いなく魅力的なのに、その面白さがゲームの進行とともにどこまで広がっていくのか。
ここが、クリア後に「最高だった」だけでは終われず、どこか惜しさも残った大きな理由です。
「ウルヴァリンを操作している」感覚は文句なしに気持ちいい
前述したように、『Marvel’s Wolverine』は自由な探索よりも、物語とアクションを次々と楽しませる方向に振り切った作品です。その作りを支えているのが、ウルヴァリンというキャラクターの特徴をそのままゲームに落とし込んだ近接戦闘でした。
基本となる操作自体はそこまで複雑ではなく、弱攻撃と強攻撃による連続攻撃を軸に、ガードやパリー、回避を織り交ぜながら戦っていきます。ただし、一度に複数の敵が襲ってくる場面も多いため、ひたすら爪を振り回していれば勝てるほど単純ではありません。
目の前の敵を攻撃しながらも、別方向から飛んでくる攻撃をパリーで弾き、回避が必要な攻撃にはすぐ反応する。さらに銃や特殊能力を使う厄介な相手が混ざれば、どの敵から崩すのかまで瞬間的に判断する必要があります。特定の一体とじっくり戦うというより、敵の集団へ自分から飛び込み、その中心で次々と相手をさばいていく感覚が強い戦闘です。
そして、この戦闘を単なる近接アクションで終わらせていないのが「レイジ」と「ヒーリングファクター」の存在でした。
敵を攻撃したり、パリーを成功させたり、撃破したりするとレイジゲージが蓄積し、それを消費することで強力な攻撃や回復能力を使えます。さらに体力を失って倒れたとしても、一定量のレイジが残っていれば、それを消費して再び立ち上がることが可能です。致命傷すら修復するウルヴァリンの超回復能力を、単なる設定ではなく戦闘システムとして触らせてくれるわけです。
特に面白かったのが、レイジゲージが時間経過によって減少していくところでした。
せっかく溜めたレイジを維持したければ、安全な場所で敵の攻撃を待っているだけでは足りません。多少傷つく危険を背負ってでも敵の懐へ入り、パリーや回避で攻撃をさばきながら、自分から手を出し続ける必要があります。慎重になりすぎれば勢いを失い、かといって無謀に攻めれば倒される。このギリギリのところで前へ出続ける戦い方が、ローガンの荒々しさとうまく噛み合っていました。
ここは、本作を実際に触ってみて特に印象に残ったところです。
爪があるからウルヴァリンに見えるのではなく、傷ついても立ち上がり、怒りを力に変え、さらに敵の中へ踏み込んでいく。その戦い方まで含めてウルヴァリンになれる。
だからこそ、序盤の戦闘にはかなり強いインパクトがあります。
ただ、その完成度の高い第一印象があったからこそ、しばらく遊んだあとに感じ始める「戦闘の変化の少なさ」が余計に気になりました。ここから先は、本作の魅力だけではなく、クリア後に惜しさが残った理由も少しずつ見えてきます。
ローガンの過去と暴力性を描く、思った以上にダークな物語
激しい近接戦闘が真っ先に目を引く『Marvel’s Wolverine』ですが、物語まで派手なヒーロー活劇に振り切っているわけではありません。むしろ中心にあるのは、失われた過去を抱えたローガンが、自分自身とどう向き合っていくのかという内面的なテーマです。
舞台となるのは、原作コミックや映画の要素から影響を受けつつ、Insomniac Gamesが独自に構築した世界。この世界では特殊な能力を持つミュータントの存在がまだ広く知られておらず、その多くが迫害を避けながら身を隠すように暮らしています。
もちろん、ローガンことウルヴァリンもその一人です。
金属で覆われた骨格と両手から伸びる爪、さらに致命傷すら修復するヒーリングファクターを持つ一方で、彼自身は過去の記憶を失っています。かつては野獣のようにさまよっていたものの、ある人物との出会いをきっかけにミュータントの保護を掲げる「チームX」へ加わり、そこで数々の汚れ仕事に手を染めていくことになります。
やがてチームXを離れたローガンが再び戦いへ戻るきっかけとなるのが、仲間たちの拉致でした。
ここだけを切り取れば「捕らわれた仲間を救い出す」という分かりやすい物語に見えます。しかし、話が進むにつれてローガン自身の失われた記憶やチームXの思惑が絡み始め、単純な救出劇では終わらなくなっていきます。
特に印象的だったのは、記憶を取り戻せばすべてが解決するわけではないというところでした。
長い時間を暴力の中で生き、多くのものを傷つけてきたローガンにとって、忘れていた過去を知ることは必ずしも救いにはなりません。自分が何をしてきたのかを知れば知るほど、今度はその事実を抱えたままどう生きるのかという問題が突きつけられます。
先ほど触れた戦闘では、傷ついても回復し、怒りを力に変えて前へ出続ける姿がウルバリンらしさとして表現されていました。それが物語になると、同じ能力が少し違って見えてくるのも面白いところです。
肉体はどれだけ傷ついても再生する。それでも、過去に負った傷や自分が誰かを傷つけた記憶まで消えてくれるわけではありません。
そんなローガンの内面を引き出していく存在として登場するのが、ジーン・グレイです。互いに強大な能力と消えない傷を抱えながら、最初から相手のすべてを理解しようとするのではなく、静かな会話を重ねながら少しずつ信頼関係を築いていきます。激しい戦闘が続く中にこうした時間が挟まることで、ローガンが単に暴力的で強いヒーローではなく、傷を抱えながら生きている一人の人間として見えてきました。
物語の骨格そのものはかなり魅力がありますし、「この先、ローガンの過去に何があるのか」と続きを追いたくなる力もあります。
ただ、ここでも少し惜しい部分がありました。描こうとしているテーマや登場人物は魅力的なのに、それをプレイヤーへ伝える方法には気になるところがあり、物語が盛り上がってきたところでテンポを削がれる場面も出てきます。
素材が弱いのではなく、むしろ素材が良いからこそ、もう少し違う見せ方ができなかったのかと感じてしまう。
この感覚は、ストーリーだけでなく『Marvel’s Wolverine』全体を遊び終えたときに残った「惜しさ」にもつながっていました。
映像も舞台も一級品、それでも遊んでいると「もったいない」と感じる
ストーリーの見せ方には惜しさが残る一方で、目の前に広がる映像については素直にすごいと感じる場面が何度もありました。
雪に覆われた地域からネオンが輝く街へ移動し、さらに巨大兵器が待ち構える戦場へ向かうなど、とにかくロケーションの変化が激しく、同じ景色を長時間見続けることがほとんどありません。先ほど触れた東京の歌舞伎町も含め、世界各地を巡っていることが一目で分かるくらい、それぞれの土地がしっかり作り分けられています。
建物や街並みを眺めながら進んでいるだけでも、「ここまで作ったのか」と足を止めたくなる場所があるほどです。
ただ、しばらく遊んでいると別の感情も出てきました。
これだけ魅力的な場所を用意しているのに、そこでできることが思った以上に少ないのです。
舞台が大きく変わっても、基本的な進行はそれほど変化しません。道を進み、少し周囲を探索して、敵が待つ場所へ到着したら戦闘が始まり、それを終えると次のエリアへ向かう。ロケーションそのものは次々と変わっていくのに、プレイヤーがそこで体験する遊びまで一緒に変わっていくわけではありません。
そのため、最初は「次はどんな場所へ行けるんだろう」と楽しみにしていたものの、徐々に豪華なロケーションが次の戦闘へ向かうための背景として使われているように感じ始めました。
ここで誤解してほしくないのは、リニア型であること自体が問題というわけではない点です。
むしろ『Marvel’s Wolverine』の場合、約15時間という比較的コンパクトな時間の中でストーリーを一気に進めていくため、オープンワールドにしなかった判断そのものは本作のテンポと噛み合っています。好きな場所へ行ける広大な世界を用意してしまえば、今度はローガンの物語を追いかける勢いが失われていたかもしれません。
それでも、オープンワールドではないことと、プレイヤーが寄り道できないことは別の話だと思います。
一本道を基本としながらも、少し脇道へ入ったらその土地ならではの出来事が見つかったり、複数の経路から目的地への進み方を選べたりすれば、同じロケーションでも受ける印象はかなり変わります。自分の判断で少し立ち止まったり遠回りしたりできるだけでも、「用意されたステージを攻略している」という感覚から「この場所を歩いている」という感覚へ近づいていきます。
ところが本作では、舞台が変わってもそこで行うことは大きく変わらず、土地ごとの特徴がゲームプレイまで十分に結びついていません。その結果、世界各地を旅しているというよりも、非常に豪華な巨大セットの中を決められた順番で通過しているような感覚が残りました。
だからこそ、単純に「マップがつまらない」とは感じません。むしろ逆で、これだけ作り込まれているからこそ、もう少し自分で歩き回り、この世界に触れてみたかったという気持ちが強くなります。
そして、この「見た目はどんどん変わるのに、そこで行うことはあまり変わらない」という感覚は、ロケーションだけの話ではありません。
最初にあれほど気持ちよかった戦闘にも、ゲームを進めるにつれて似た問題が見えてきました。
最初は最高に楽しい戦闘が、後半になるほど単調になっていく
ロケーションの見た目は大きく変化するのに、そこで行うことはあまり変わらない。この感覚は、戦闘にもそのまま当てはまります。
序盤については、かなり楽しかったです。
新しい技を覚えながら、パリーや回避のタイミングを身につけ、レイジとヒーリングファクターの使い方も少しずつ分かってくる。最初は力任せに攻撃していたところから、敵の種類を見て優先順位を考えられるようになり、複数の相手に囲まれても落ち着いて対処できるようになる。この上達していく感覚が、序盤の戦闘をしっかり支えていました。
ところが、一通りの技が揃って操作にも慣れてくると、戦闘中に考えることが思ったほど増えていきません。
もちろん、新しい敵が登場したり、使える技が増えたりと変化そのものはあります。それでも戦闘の根っこにあるのは、攻撃とパリーでレイジを溜め、必要に応じて回復や強力な攻撃へ使いながら前線に居続けるという流れです。
この仕組み自体はウルヴァリンらしくて面白いのですが、中盤以降も基本となる循環が大きく変わらないため、新しい戦い方を組み立てるというより、序盤で覚えた戦い方をより正確に繰り返している感覚が徐々に強くなっていきました。
ここが惜しいところです。
たとえば、レイジの使い道が増えることで「回復に残すか、一気に攻めるために使うか」という判断がもっと重くなったり、習得する能力によって立ち回りそのものが変わったりすれば、同じ敵と戦っていても違った面白さが生まれたはずです。
実際には敵や技が増えても、レイジを溜めて回復や強化へ回すという基本構造は序盤の段階でほぼ完成しています。そのため、「次はどんな戦い方ができるようになるんだろう」という期待が、後半になるほど薄れてしまいました。
さらに、この反復感を強めているのがステージ進行です。
通路を進み、周囲を少し探索して、ある程度広い場所へ到着すると複数の敵との戦闘が始まる。それを終えたら再び先へ進むという流れが中心なので、戦闘だけでなく「戦闘に入るまでの過程」まで似たリズムを繰り返します。
約15時間というボリュームを考えれば、決して長すぎるゲームではありません。それでも後半で単調さを感じたということは、それだけ序盤に完成した遊びを広げる要素が足りなかったとも感じます。
また、個人的に気になったのが大型兵器とのボス戦でした。
人型の敵との戦いでは、素早い攻防の中でパリーと回避を使い分け、自分から距離を詰めて攻め続けるという本作ならではの気持ちよさがあります。ところが巨大なロボットなどが相手になると、決められた攻撃を避けながら反撃できるタイミングを待つ形が中心となり、それまで培ってきた戦い方を存分に活かしにくくなります。
画面上では大きな敵を相手にしているので派手ですし、演出としての迫力もあります。それなのに、自分で操作しているときの面白さでは人型の敵との戦闘のほうが印象に残る。この逆転が起きてしまったのは、少しもったいなく感じました。
結局のところ、『Marvel’s Wolverine』の戦闘は土台が悪いわけではありません。
むしろ、爪による近接攻撃、パリー、レイジ、ヒーリングファクターという要素の組み合わせは非常に相性が良く、ウルヴァリンを操作するゲームとして最初の掴みはかなり強いです。
だからこそ、その完成した土台の上に中盤、終盤と新しい面白さが積み上がっていけば、印象はかなり違っていたと思います。
最初に感じた「ウルヴァリンを動かしているだけで楽しい」という勢いがなくなるわけではありません。ただ、最後まで遊んでみると、その楽しさをさらに一段上へ引き上げる仕掛けが欲しくなりました。
そして、この「用意されている要素は多いのに、自分の判断で遊び方を変えられる部分が少ない」という感覚は、戦闘だけでなく探索や成長要素にもつながっています。
探索・成長・「悪夢の扉」がゲームの勢いを止めてしまう
戦闘では、プレイヤーが使える技そのものは増えていくものの、それによって戦い方が大きく変化するところまでは踏み込んでいませんでした。そして、この「選択肢があるように見えて、実際には自分で考えて変えられる部分が少ない」という感覚は、探索や成長要素になるとさらに目立ってきます。
たとえば、フィールドを進んでいるとウルヴァリンの感覚を使って痕跡を追跡する場面が定期的に登場します。
ウルヴァリンの能力を考えれば、これはかなり相性の良さそうな要素です。周囲に残された痕跡から何が起きたのかを考え、自分の感覚を頼りに獲物を追い詰めていく。そんな遊びを想像したくなるところですが、実際には画面に表示された手がかりを順番に追っていく場面が中心となっています。
周囲を注意深く観察して自分で痕跡を発見したり、いくつかの情報を組み合わせて進む方向を判断したりするわけではないため、操作こそしているものの「自分で見つけた」という感覚はあまり強くありません。
成長要素についても似たところがあります。
スキルの習得に加えて、パリーの受付時間を伸ばしたり、受けるダメージを軽減したりするアダプテーションが用意されています。ただ、選択によってローガンの戦い方そのものが大きく変化するわけではなく、実際に遊んでいると、自分だけの方向へ育てているというよりも、用意された能力を順番に取得している感覚に近くなっていきます。
別に複雑なビルドを組めるゲームにしてほしかったわけではありません。
それでも、攻撃に特化するのか、レイジを積極的に使うのか、それともヒーリングファクターを活かして粘り強く戦うのか。成長の方向によって得意な立ち回りが少し変わるだけでも、先ほど触れた戦闘の反復感はかなり和らいだと思います。
そして、もう一つ気になったのが寄り道コンテンツとして用意されている「悪夢の扉」です。
ここでは閉ざされた空間に入り、タイムアタックやウェーブ形式の戦闘、アスレチックなどに挑戦します。クリアすれば強化につながる報酬だけでなく、ローガンの記憶の断片も解放されるため、単純なおまけとして無視しにくい作りになっています。
問題は、その中で体験できる遊びに本編との大きな違いがないことでした。
戦闘系のチャレンジでは、本編ですでに何度も経験している戦いを閉鎖された場所でもう一度行うものが中心となり、アスレチックも決められた経路をたどっていく形式が多くなっています。ここだけの特殊な条件によって普段とは違う戦い方を求められるわけでもなく、「ここで腕を試したい」と思わせる緊張感が弱いのは気になりました。
せっかく本編とは別のチャレンジとして用意するのであれば、普段なら選ばない技を使わなければ突破できなかったり、何かを犠牲にする代わりに報酬を増やせたりと、プレイヤー側に判断を委ねる仕掛けが欲しくなります。
さらに惜しいのが、「悪夢の扉」が出てくるタイミングです。
ストーリーが進んで「この先を早く見たい」と思っているところでも出現するうえ、能力の強化だけでなくローガンの記憶まで報酬に含まれています。無視して本編を進めることもできますが、物語を深く知りたいほど寄り道したくなるため、結果として自分からストーリーの勢いを止めることになってしまいます。
寄り道したくなる報酬を用意すること自体は悪くありません。むしろ、本筋から離れてでも遊びたくなるコンテンツがあるのは歓迎したいところです。
ただ、その寄り道で待っているものが本編ですでに繰り返してきた戦闘やアスレチックに近いとなると、話は変わってきます。
先の物語は気になる。でもローガンの記憶も見たい。そのために、いままで経験してきた遊びをもう一度繰り返す。
この流れが何度か続くことで、ただでさえ後半に見え始めていた反復感がさらに強くなっていました。
戦闘、探索、成長、そして寄り道と、それぞれの要素だけを取り出せば必要なものは一通り揃っています。それでもクリア後に物足りなさが残るのは、用意されたものをこなす場面が多く、「自分ならどうするか」をゲーム側から問いかけられる機会が少ないからだと思います。
ここまで遊んでくると、『Marvel’s Wolverine』に対して感じていた惜しさの正体も、かなりはっきりしてきました。
『Marvel’s Wolverine』は惜しい。でもウルヴァリンのゲームとしては強烈に記憶に残る
ここまで触れてきたように、『Marvel’s Wolverine』には気になる部分がいくつもありました。
戦闘は序盤の完成度こそ高いものの、中盤以降に遊び方が大きく変化するわけではなく、探索や成長もプレイヤー自身の判断が入り込む余地はそれほど多くありません。せっかく世界各地に魅力的なロケーションが用意されているのに、その土地ならではの遊びへ十分につながっていないのも、最後まで遊んだからこそ感じた惜しいところです。
それでも、クリア後に振り返ってみると「期待外れだった」という感想にはなりませんでした。
その理由はかなり明確で、ウルヴァリンというキャラクターを自分で操作するゲームとしての説得力が、それだけ強かったからです。
アダマンチウムの爪で敵へ飛び込み、攻撃をパリーしながらレイジを溜め、傷つけばヒーリングファクターで回復する。それでも倒されれば、残されたレイジを使って再び立ち上がる。こうした一つひとつのシステムがバラバラに存在するのではなく、「傷ついても戦い続けるウルヴァリン」という一つのキャラクター像へきれいにつながっています。
そこに、肉体の破壊と再生を容赦なく見せる映像表現が加わることで、戦闘にはかなりの迫力が生まれていました。
しかも、本作が描こうとしているウルヴァリンらしさは、戦闘だけに留まりません。
過去の記憶を失ったローガンが、自分のしてきたことを知り、それでも自分自身から逃げずに向き合っていく。傷が治る能力を持っているからといって、過去までなかったことにはできないという部分まで含めて描かれているため、ゲームを進めるほど「なぜローガンが戦うのか」という部分にも重みが出てきます。
だからこそ、惜しいんです。
戦闘の基本システムがもっと発展していれば、探索にもう少し自分で考える余地があれば、そして世界各地のロケーションがゲームプレイにも深く結びついていれば、最初に感じた強烈な面白さが、そのまま終盤まで膨らみ続けていたかもしれません。
実際には、序盤で「ウルヴァリンを動かすのが最高に楽しい」と感じたところから、ゲームとしての体験がもう一段階変わるところまでは届かなかった印象が残りました。
とはいえ、その欠点によってウルヴァリンを操作する楽しさまで消えてしまうわけでもありません。
むしろクリアしたあとに思い出すのは、敵の集団へ爪を構えて飛び込んだ瞬間や、ボロボロになりながらも回復して戦い続けた場面、そして過去を背負ったローガンが少しずつ人間らしい部分を見せていく姿でした。
一本のアクションゲームとして考えると、「もっとできたはず」と感じる部分は確かにあります。
それでも、ウルヴァリンというキャラクターをゲームにするなら何を体験させるべきなのか。その答えについては、かなり明確に見せてくれた作品でした。
タイトルにある「最高のウルヴァリン体験なのに惜しさが残る」という感覚は、まさにここにあります。
完成度が低いから惜しいのではなく、戦闘も映像も物語も光るものがはっきり見えているからこそ、「あと一歩先まで遊びたかった」と思ってしまう。
その少し届かなかった感覚まで含めて、『Marvel’s Wolverine』はクリア後も強く印象に残る一本になりました。
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