ゲームの評価を語るうえで、ひとつの分かりやすい指標になるのが「売上」です。
何百万本、何千万本という数字を叩き出したタイトルを見れば、それだけ多くのプレイヤーを夢中にさせたゲームなのだと感じますし、実際に歴史的な名作と呼ばれるタイトルには、とんでもない販売本数を記録している作品も少なくありません。
ただ、ゲームの歴史を振り返ってみると、必ずしも「面白いゲーム=売れるゲーム」という関係が成り立っているわけではありません。
実際に遊んだプレイヤーから高く評価され、後になって「なぜこれが売れなかったんだ」と再評価された作品は意外と存在します。
なぜそんなことが起こるのかというと、ゲームの売上は作品そのものの完成度だけで決まるものではないからです。
発売されたタイミングが悪かったり、同時期に強力なライバルが登場していたり、対応ハードが世代交代の時期を迎えていたりと、ゲームの出来とは直接関係のないところで販売本数が伸び悩むことがあります。
さらに厄介なのが、あまりにも個性的なゲームの場合です。
ほかでは味わえない遊びを作り上げたからこそ一部のプレイヤーには強烈に刺さるものの、その面白さをパッケージや短い映像だけで伝えるのが難しく、結果として広く知られないまま終わってしまう。ゲーム好きなら一度くらい、「こんなに面白いのに、なんで知名度が低いんだろう」と感じた作品があるのではないかと思います。
しかも発売当時に売れなかったからといって、そのゲームが失敗作だったとは限りません。
発売から何年も経って移植やリマスターをきっかけに再評価された作品もあれば、後に登場した別のヒット作から過去作へ興味を持つ人が増え、ようやく本来の面白さが知られるようになったケースもあります。
発売された時代には市場と噛み合わなかった。それでも作品そのものに魅力があれば、何年、場合によっては何十年も経ってから評価が追いつくことがあります。
今回紹介するのは、まさにそんなゲームたちです。
「実際に遊ぶとかなり面白い。それなのに、なぜ発売当時は売れなかったのか」
単純に隠れた名作を並べるだけではなく、それぞれのゲームが持っていた魅力と、セールスで苦戦してしまった背景にも触れながら6作品を紹介していきます。
中には、現在では誰もが知る名作として扱われているタイトルもあります。それだけに発売当時の状況まで振り返ってみると、ゲームがヒットするためには「面白い」というだけでは足りないことが見えてきます。
大神|独創的すぎた世界観が時代を超えて評価された名作
そんな「面白いのに発売当時は売れなかったゲーム」として、最初に紹介したいのが2006年にカプコンから発売された『大神』です。
白い狼の姿をしたアマテラスを操作し、日本神話をモチーフにした世界を冒険していくアクションゲームなのですが、本作はゲーム画面を見ただけでも普通の作品とは明らかに違います。
水墨画や日本画を思わせるタッチで描かれた世界は、まるで昔の絵巻物をそのまま動かしているような雰囲気があります。単に和風のキャラクターや建物を登場させるだけではなく、背景やエフェクトまで含めて徹底的にひとつの世界観を作り上げているため、2006年のゲームでありながら、現在見ても古さを感じにくいのが『大神』の凄いところです。
そして、この独特なビジュアルを「見た目だけの個性」で終わらせていないところが、本作の面白さでもあります。
その象徴となるのが「筆しらべ」というシステムです。
プレイヤーが画面上に筆で線や図形を描くことで、さまざまな現象を発生させられるというもので、戦闘はもちろん、フィールドの仕掛けを解く際にも使用します。日本画のような世界を冒険し、その世界へ実際に筆を入れることで攻略していく。ビジュアルとゲームシステムがここまで自然につながっている作品は、今振り返ってもかなり珍しい存在です。
さらに、日本神話をベースにしたキャラクターやストーリーも高く評価され、『大神』は各メディアから高い評価を獲得しました。これだけ聞けば、発売直後から大ヒットしていてもおかしくない作品に思えてきます。
ところが、実際のセールスは作品への評価ほど伸びませんでした。
2009年時点での全世界販売本数は約60万本。60万本という数字だけを見れば決して小さな売上ではありませんが、後に名作として語り継がれることになる作品として考えると、発売当時はその魅力が十分なセールスへ結びつかなかったと言えます。さらに販売面での苦戦は、開発元であるクローバースタジオ閉鎖の一因にもなったとされています。
では、なぜこれほど評価されたゲームが大きなヒットにつながらなかったのか。
ここには、『大神』の最大の魅力でもある「独創性」が関係していたのかもしれません。
水墨画のようなグラフィック、日本神話を題材にした世界観、さらに筆で画面へ直接描き込む「筆しらべ」。どれを取っても強烈な個性がありますが、それまでに似たゲームがほとんどなかったからこそ、実際に遊んでいない人へ面白さを一言で説明するのは難しい作品でもあります。
たとえば「剣と魔法の王道RPG」「リアル志向のレースゲーム」であれば、どんなゲームなのかはある程度想像できます。一方で『大神』の場合、画面を見て「綺麗な和風ゲームだな」と感じても、そこから実際の遊びの面白さまで理解してもらうには、もう一段階必要になります。
尖った作品ほど、そこにしかない魅力を持っています。しかし、その魅力を知ってもらう入口が狭ければ、評価の高さと売上が噛み合わないこともある。『大神』は、そんな難しさを抱えていた作品だったのかもしれません。
ただ、『大神』の物語はここで終わりませんでした。
その後、さまざまなハードへの移植やHDリマスター版の発売によって、発売当時に遊べなかった人にも少しずつ作品が届いていきます。そして2025年3月時点では、累計販売本数が460万本を突破するまでに成長しました。発売から数年で消えていくゲームも少なくない中、約20年という時間をかけて評価に売上が追いついてきた形です。
しかも、その先には続編の開発発表まで待っていました。
発売当時は大ヒットに届かなかったとしても、面白いゲームが長く語られ続ければ、新しい世代のプレイヤーに発見される機会は残ります。移植されるたびに少しずつファンを増やし、やがてシリーズを再び動かせるところまでたどり着いた『大神』は、その好例と言えます。
発売当時の数字だけを見れば、確かにセールスで苦戦した作品です。しかし現在まで続く評価を含めて振り返れば、「売れなかった名作」というより、面白さが世間へ伝わるまでに、とてつもなく時間がかかった名作と表現したほうが、このゲームには似合っているのかもしれません。
勇者のくせになまいきだ:3D|唯一無二なのにシリーズが途絶えた異色作
『大神』が長い時間をかけて評価に売上が追いついた作品だとすれば、こちらは今なお「このまま終わらせるには惜しい」と感じてしまう一本です。
2010年にPSP向けに発売された『勇者のくせになまいきだ:3D』は、アクワイアが開発を手掛けたシリーズ3作目。そもそも『勇者のくせになまいきだ。』というタイトルからしてかなり変わっていますが、実際のゲーム内容も王道とは正反対の方向へ振り切っています。
一般的なRPGなら、プレイヤーは勇者となって魔王を倒す側に回ります。しかし本シリーズでは、そのお約束をひっくり返し、プレイヤーが魔王側に立って攻め込んでくる勇者を迎え撃ちます。
やることは地下をツルハシで掘り進め、魔物を生み出しながらダンジョンを作ること。
こう書くと単純なダンジョン制作ゲームにも聞こえますが、実際にはどこを掘るかによって魔物の生まれ方が変わるため、何も考えずに掘り進めているだけでは強力な勇者を止められません。限られた時間の中で戦力を整え、侵入してきた勇者をどう倒すか考えるところに、本シリーズ独特の面白さがあります。
見た目とのギャップもなかなか強烈です。
ドット絵で描かれた魔物たちはコミカルで、魔王とのやり取りにもどこか脱力するような雰囲気があります。それだけを見ると気軽に遊べそうなのですが、中身は意外なほど本格的で、ゲームの仕組みを理解するほど考えることが増えていきます。
そして『3D』では、シリーズを重ねてきたことでゲーム全体の完成度も高まりました。ストーリーモード以外のコンテンツも充実し、それまでの作品から大きくクオリティを引き上げた一作となっています。
ただし、その奥深さは同時に弱点にもなりました。
システムがかなり複雑なうえ、難易度も決して低くありません。何度か失敗しながら「この掘り方ではダメだった」「次はこうしてみよう」と試行錯誤することを楽しめる人には刺さりますが、初めて触った瞬間から誰でも爽快に遊べるタイプではないのです。
しかも、ゲーム内容を知らない人に「どんなゲーム?」と聞かれたとき、簡潔に説明するのも難しいところがあります。
勇者と戦うゲームではあるけれど、自分で直接勇者を倒すわけではない。ダンジョンを作るゲームではあるものの、好きなように建物を配置するシミュレーションとも違う。RPGのお約束を逆手に取った設定からゲームシステムまで、ほかの作品と比較して説明しにくいほど独特です。
その個性こそ最大の魅力なのですが、幅広いユーザーに売るという意味では、少し不利に働いた部分もあったと考えられます。
そして何より惜しいのが、『3D』が2010年に発売されてから、正統なナンバリング作品が登場していないことです。
シリーズ自体が完全に消滅したわけではなく、その後は携帯向けへの展開やPS Vita作品、さらにはVRゲームへ形を変えながら新しい可能性を模索していきました。それでも『3D』の延長線上にある新作を待っていたプレイヤーにとっては、長い空白が続くことになります。
ここが何とももったいないところです。
もともとPSPで展開されていたシリーズだけに、携帯ゲーム機との相性は悪くありません。短い時間でも遊べて、一度失敗したら「今度は違う掘り方を試してみよう」ともう一度挑戦したくなるゲーム性を考えると、現在の環境でも十分成立しそうな魅力があります。
それでも正統続編が長く作られていないという事実を見る限り、熱心なファンの存在だけではシリーズを継続できるほどの数字には届かなかったと考えるのが自然です。
売上を伸ばすには、多くの人がすぐに理解できる分かりやすさも必要になります。しかし『勇者のくせになまいきだ。』は、そこを狙うよりも「このゲームでしか味わえない遊び」を作ることに振り切ったシリーズでした。
だからこそ万人向けではありません。ただ、一度その仕組みにハマってしまうと、代わりになるゲームを探すのが難しい。
『勇者のくせになまいきだ:3D』は、売れ線から少し外れたところにあるからこそ強烈な魅力を持ち、そしてその個性ゆえにシリーズが続かなかったことまで惜しく感じてしまう、まさに「隠れた神ゲー」と呼びたくなる一本です。
タイタンフォール2|発売時期に泣かされたFPS史に残る傑作
『勇者のくせになまいきだ:3D』は、その尖ったゲーム性ゆえに万人へ広がりにくかった作品でした。では、ゲームそのものは高く評価され、遊び方も比較的分かりやすい。それでも売れなかったとしたら、何が原因だったのか。
その代表例として挙げたいのが、2016年に発売された『タイタンフォール2』です。
開発を担当したのはRespawn Entertainment。現在では『Apex Legends』を手掛けたスタジオとして知られていますが、『タイタンフォール2』を遊んでみると、後の『Apex Legends』にもつながるスピード感のあるアクションや、キャラクターを軽快に動かす気持ちよさを随所に感じられます。
ただし、本作ならではの魅力はそれだけではありません。
『タイタンフォール2』では、プレイヤー自身が「パイロット」として戦うだけでなく、巨大兵器「タイタン」へ乗り込んで戦うことができます。この二つの戦闘スタイルがまったく異なる手触りを持ちながら、ひとつのFPSとして自然につながっているところが面白いのです。
パイロット状態では、2段ジャンプや壁走りを使って戦場を高速で移動できます。
地面を走りながら遮蔽物を使って撃ち合うだけではなく、壁を蹴って建物の側面を走り、その勢いを維持したまま別の場所へ飛び移って敵を狙う。操作に慣れてくると、「どこから敵を撃つか」だけではなく「どう動きながら撃つか」まで戦闘の一部になり、ほかのFPSとはかなり違った爽快感が生まれます。
ところがタイタンへ乗り込んだ瞬間、今度はゲームの感触が大きく変わります。
巨大な機体を操り、強力な武装で敵を押し込んでいく戦闘は、パイロット時の軽快さとは対照的です。小回りの利く人間として戦場を駆け回っていたところから、一転して巨大兵器同士がぶつかり合う戦いへ移る。この切り替わりがあるからこそ、ひとつのゲームでありながら戦闘が単調になりにくく、タイタンを呼び出せる瞬間そのものがひとつの高揚感につながっています。
さらに『タイタンフォール2』で高く評価されたのが、前作にはなかったシングルプレイキャンペーンです。
単に敵を撃ちながら一本道を進んでいく内容ではなく、ステージごとに異なる仕掛けが盛り込まれています。もちろん本作ならではの壁走りや高速移動もしっかり活用するため、FPSでありながらアクションゲームを攻略しているような面白さも味わえます。
それに加えてオンライン対戦も充実しており、武器や装備のカスタマイズ性も高め。高速で駆け回るパイロットと重量感のあるタイタンを組み合わせた戦闘は対人戦でも健在で、シングルプレイとマルチプレイのどちらか片方だけが充実している作品ではありませんでした。
ここまで揃っているなら、普通に大ヒットしてもおかしくありません。
ところが『タイタンフォール2』は、ゲームの出来とはほとんど関係のないところで、とんでもなく厳しい戦いを強いられることになります。
問題だったのは発売時期でした。
本作が発売された2016年秋には、FPS界を代表する巨大タイトルが立て続けに登場しています。しかも『タイタンフォール2』は、『Battlefield 1』と『Call of Duty: Infinite Warfare』という強力なタイトルの間に挟まれる形で発売されました。
FPS好きにとっては、かなり悩ましい状況です。
一本のゲームを購入すれば、キャンペーンを遊ぶだけではなく、その後もオンライン対戦を何十時間、何百時間と続けることがあります。同じ時期に大型FPSが3本並んだからといって、すべてを発売日に購入し、同時進行で遊べる人ばかりではありません。
まして相手は『Battlefield』と『Call of Duty』です。どちらも当時すでに巨大なファン層を抱えていたシリーズであり、そこへ『タイタンフォール2』が割って入るには、ゲームの完成度だけではどうにもならない厳しさがありました。
結果として、本作の初週売上はマルチプラットフォームで発売されたにもかかわらず、前作の4分の1程度にとどまったとされています。
これが何とも皮肉なところで、『タイタンフォール2』は「評判が悪かったから売れなかった」という作品ではありません。
むしろ遊んだ人からの評価は高く、後にSteam版が発売されると再び注目を集めました。さらにRespawn Entertainmentが手掛けた『Apex Legends』が世界的な人気を獲得したことで、そこから遡って『タイタンフォール』シリーズへ興味を持った人も少なくありません。
そう考えると、本作ほど「発売するタイミングもゲームの運命を左右する」と感じさせる作品はなかなかありません。
完成度の高いキャンペーンがあり、独自性の強いマルチプレイもあり、壁走りと巨大ロボットを組み合わせたアクションにも明確な魅力がある。それでも同じ時期に超大型タイトルが集中すれば、ユーザーの目を向けてもらうこと自体が難しくなります。
もし『Battlefield』と『Call of Duty』から少し離れた時期に発売されていたら、結果はどこまで変わっていたのか。
今となっては答えの出ない話ですが、そう考えたくなるほど『タイタンフォール2』は、ゲームの面白さと発売当時のセールスが噛み合わなかった不遇の傑作です。
ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし|GBA末期に登場した知られざるゼルダの名作
『タイタンフォール2』が強力なライバルに挟まれて苦戦した作品なら、今度は「発売されたタイミングそのもの」に恵まれなかったゲームです。
2004年にゲームボーイアドバンス向けに発売された『ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし』。『ゼルダの伝説』といえば任天堂を代表するシリーズですが、本作についてはシリーズを一通り遊んできた人でなければ、あまり馴染みがないかもしれません。
ただ、知名度が低いからといって出来が悪いわけではなく、むしろ2Dゼルダとしてかなり丁寧に作り込まれた一作です。
ちなみに開発を担当したのは任天堂ではなくカプコン。カプコンはそれ以前にも『ふしぎの木の実』などを手掛けており、本作でもゼルダらしい探索や謎解きの面白さを残しながら、シリーズの中でもかなり特徴的な仕掛けを盛り込んでいます。
その象徴となっているのが、リンクの身体を小さくできる「ふしぎのぼうし」です。
普段は普通の大きさでフィールドを探索しますが、特定の場所で小さくなると、それまで見ていた景色がまったく違ったものに変わります。
通常サイズなら何でもない草むらも、小さくなったリンクにとっては巨大な障害物になりますし、普段なら簡単に越えられる段差や水たまりも立派な難所になります。逆に、小さくなったからこそ入れる隙間が見つかり、そこから新しい場所へ進めることもあります。
要するに、新しいマップを次々と追加するだけではなく、同じ場所を違った大きさから見せることで、ひとつのフィールドに二つの顔を持たせているわけです。
この仕掛けがゼルダらしい探索と非常に相性がよく、「ここで小さくなったらどうなるのか」「さっき通れなかった場所へ行けるかもしれない」と、自分から周囲を調べたくなります。
何か怪しい場所を見つけ、手持ちの能力を試して突破口を探していく。昔ながらの2Dゼルダが持っていた面白さに、身体のサイズを変えるという分かりやすい変化を加えたことで、『ふしぎのぼうし』ならではの探索が成立していました。
さらに見逃せないのが、ドット絵の完成度です。
キャラクターの細かな動きから街やフィールドの描き込みまで非常に丁寧で、ゲームボーイアドバンスの作品として見てもグラフィックの美しさはかなりのもの。現在の高精細な3Dゲームとは方向性が違うものの、2Dゲームだからこそ表現できる温かみもあり、発売から長い年月が経った今でも見栄えが大きく崩れていません。
では、そんな作品がなぜセールスで苦戦したのか。
大きかったのが、2004年という発売時期です。
『ふしぎのぼうし』が発売されたのは、ゲームボーイアドバンスの市場が成熟し、その次の携帯ゲーム機が見え始めていた時期でした。しかも本作の発売からほどなくして、任天堂の新しい携帯ゲーム機であるニンテンドーDSが登場します。
新しいハードが発売される直前というのは、旧ハードのゲームにとってかなり厳しい時期です。
「もうすぐ次のゲーム機が出るなら、そちらを買うためにお金を残しておこう」と考える人もいれば、新ハードの情報ばかりが話題になり、それまでのハードで発売されるゲームへの注目が薄くなることもあります。
『ふしぎのぼうし』は、まさにゲームボーイアドバンスからニンテンドーDSへ関心が移り始めるタイミングで登場してしまいました。
もちろん、売れなかった理由を発売時期だけに求めるのも少し違います。
本作にはダンジョン数の少なさや難易度の低さなど、シリーズ経験者からすると物足りなく感じやすい部分もありました。『ゼルダの伝説』にはすでに数多くの名作が存在していたため、その中で比較されれば、ボリュームや歯応えを求める人から不満が出るのも理解できます。
それでも、『ふしぎのぼうし』がつまらないゲームだったかといえば、話はまったく別です。
身体を小さくすることで同じ場所の見え方まで変えてしまう探索、丁寧に作られたドット絵、そして2Dゼルダらしい謎解きと冒険。突出した大作感こそありませんが、遊んでみると随所に工夫が詰まっており、「なぜシリーズの中であまり名前が挙がらないのか」と感じるだけの魅力があります。
しかも現在はNintendo Switchでも遊べるようになり、ゲームボーイアドバンスを用意しなくても触れられる環境が整いました。
『ゼルダの伝説』は好きだけれど、『ふしぎのぼうし』だけは遊んだことがない。そんな人ほど、今になって触れてみると意外な発見があるはずです。
ゲームボーイアドバンス末期という不利なタイミングに登場し、シリーズの中でも目立ちにくい存在になってしまった。それでもゲームそのものにはしっかりと「ゼルダらしい面白さ」が残っているからこそ、『ふしぎのぼうし』は今から掘り起こす価値のある隠れた名作です。
GRAVITY DAZE 2|唯一無二の重力アクションが埋もれてしまった理由
『ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし』がハードの世代交代というタイミングに苦しめられた一作なら、こちらは「これほど独自性があるのに、なぜシリーズが続かなかったのか」と惜しく感じてしまうゲームです。
2017年にPS4向けに発売された『GRAVITY DAZE 2』は、2012年に登場した『GRAVITY DAZE』の続編。タイトルにもある通り、本シリーズ最大の特徴となっているのが「重力を操って世界を移動する」という、一度遊べば忘れにくいアクションです。
空を自由に移動できるゲーム自体は珍しくありません。ただ、『GRAVITY DAZE』で味わえる感覚は、一般的な飛行アクションとはかなり違います。
主人公のキトゥンが操るのは、自分に作用する重力の方向です。
たとえば正面にある建物へ向かって重力の方向を変えれば、キトゥンはそこへ向かって「落ちて」いきます。さらに方向を変えれば今度は空へ落ち、別の建物へ落ち、街の上空を縦横無尽に移動できる。上下左右という普段の感覚が崩れていくため、最初のうちは自分がどちらを向いているのか分からなくなることさえあります。
ただ、この独特な操作に慣れてくると、街を移動しているだけでも妙に気持ちよくなってきます。
高い建物の上まで一気に移動して街を見下ろし、次の瞬間には重力の方向を変えて遠くの建物へ落下していく。目的地まで最短距離で向かう必要もなく、「あそこまで行ってみよう」と気になった場所へ飛び回ること自体が遊びになるのです。
そして『GRAVITY DAZE 2』では、そんな前作の魅力がさらにスケールアップしました。
マップは前作のおよそ3倍まで広がり、重力アクションを使って飛び回れる空間も大幅に拡張されています。単純にフィールドが広くなっただけではなく、このゲームの場合は移動そのものが面白さにつながっているため、世界が広がることがそのまま遊びの幅にも直結していました。
オンライン要素の使い方も、本作らしいものがあります。
ほかのプレイヤーがフィールドのどこかに隠した宝箱を、写真を手掛かりに探し出す「トレジャーハンティング」が用意されており、広大なマップを探索する楽しさとうまく組み合わされていました。対戦相手として直接ぶつかるのではなく、誰かが残したヒントを頼りに世界を探し回るという緩やかなつながり方も、このゲームの雰囲気によく合っています。
さらに、手描き風のイラストを使ったストーリー演出など、ビジュアル面にもかなり強い個性があります。
漫画のコマを読み進めていくように物語が展開し、そのまま重力を操って立体的な街へ飛び出していく。ゲームシステムだけが変わっているのではなく、世界観や演出まで含めて『GRAVITY DAZE』という作品ならではの空気が作られていました。
ここまで特徴がはっきりしているだけに、現在までナンバリング作品が『2』で止まっていることには、どうしても惜しさが残ります。
その理由を考えるうえで、まず無視できないのが前作からのハード変更です。
初代『GRAVITY DAZE』はPS Vitaで登場しましたが、『2』ではPS4へ舞台を移しています。もちろんPS4へ移ったことで、より広大で美しい世界を表現できるようになった一方、シリーズの入り口としては少し難しい状況になっていました。
PS Vitaで前作を遊んだ人なら、そのまま続編として手に取りやすい。しかし、PS4からシリーズを知った人の目には、いきなりタイトルに「2」と付いたゲームが並ぶことになります。
こうなると、「前作を遊んでいなくても大丈夫なのか」「ストーリーについていけるのか」と考えて購入をためらう人が出てきても不思議ではありません。前作と続編でハードまで変わっている以上、シリーズのファンをそのまま次の作品へ移行させることも簡単ではなかったはずです。
しかも発売されたのは2017年。
その年にはNintendo Switchが登場し、同時期には『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』という巨大タイトルも控えていました。ゲーム業界全体の注目が新ハードへ集まっていく中で、『GRAVITY DAZE 2』の存在感が相対的に薄くなってしまった可能性も考えられます。
もちろん、それだけがセールスの伸びなかった理由とは言い切れません。
それでも、前作からのハード変更に加えて、PS4ユーザーから見れば「シリーズ2作目」という入りにくさがあり、さらに市場では新しいハードが大きな注目を集めていた。そうした条件が重なっていたことを考えると、ゲームの完成度とは別の部分でかなり難しい立場に置かれていたことが見えてきます。
そして何より惜しいのは、『GRAVITY DAZE 2』に似たゲームがほとんど見当たらないことです。
重力の方向そのものを変え、上下の感覚をひっくり返しながら巨大な街を飛び回る。発売から年月が経った現在でも、この体験は十分に個性的で、別のゲームを遊べば簡単に代わりが見つかるようなものではありません。
だからこそ、シリーズが止まっていることが余計にもったいなく感じます。
売れたゲームには似た作品が生まれ、その遊びが別の形で受け継がれていくことがあります。しかし『GRAVITY DAZE』ほど独自性の強いゲームの場合、シリーズそのものが途絶えると、このゲームでしか味わえなかった遊びまで一緒に失われかねません。
ゲームとしての完成度だけでなく、「ほかでは味わえない体験がある」という意味でも、『GRAVITY DAZE 2』は埋もれたままにしておくには惜しい一本です。
MOTHER2 ギーグの逆襲|海外では売れなかったゲームが世界的名作になるまで
『GRAVITY DAZE 2』が今でも代わりの見つからない独自性を持ちながらシリーズ展開に恵まれなかった作品だとすれば、最後に紹介するゲームは少し事情が異なります。
現在では名作として広く知られているにもかかわらず、発売当時、特に海外では驚くほど苦戦していた作品。それが1994年にスーパーファミコン向けに発売された『MOTHER2 ギーグの逆襲』です。
『MOTHER2』といえば、日本では今さら「隠れた名作」と呼ぶことに違和感があるほど知名度の高いRPGです。
ただ、その内容は当時のRPGとしてかなり異質でした。
剣や鎧を装備した勇者が魔王を倒すためにファンタジー世界を旅するのではなく、主人公はごく普通の少年ネス。舞台も中世風の世界ではなく、現代のアメリカを思わせる街並みが広がっており、バットやヨーヨーを武器にして、ハンバーガーを食べながら冒険していきます。
しかも『MOTHER2』の場合、単に舞台設定が変わっているだけではありません。
一見すると明るく親しみやすい世界なのに、そこで暮らしている人々との会話には妙なユーモアがあり、かと思えば突然ゾッとするような不気味さが顔を出すこともあります。子どもの頃に経験した冒険をそのままゲームにしたような懐かしさと、何とも説明しにくい奇妙さが同居しており、この独特な空気こそ『MOTHER』シリーズの大きな魅力になっています。
もちろん、RPGとしての遊びにも工夫がありました。
特徴的なのが、戦闘中にHPが数字ではなくドラム式のカウンターで減っていくシステムです。
致命的なダメージを受けても、その瞬間にHPがゼロになるわけではありません。カウンターが徐々に減っていくため、その間に回復できれば戦闘不能を回避できます。大ダメージを受けた瞬間に慌てて回復を選ぶという緊張感が生まれ、単純なコマンド選択式RPGとは少し違った駆け引きがありました。
こうした独自性もあって、『MOTHER2』は日本では約50万本を販売しています。
ところが海外に目を向けると状況は大きく変わり、欧米での販売本数は約14万本にとどまりました。現在では海外にも熱心なファンを持つ作品であることを考えると、かなり意外な数字です。
しかも、海外でほとんど宣伝されていなかったわけでもありません。
北米では『EarthBound』のタイトルで発売され、マーケティングには200万ドルもの費用が投じられています。それだけ力を入れて売り出したにもかかわらず、結果として大きなヒットには結びつきませんでした。
その背景には、いくつもの不利な条件が重なっています。
まず当時のアメリカでは、日本ほどRPGというジャンルが大きな人気を獲得していませんでした。さらに海外向けの広告もかなり癖の強い内容で、ゲームそのものの魅力を十分に伝えられたとは言いにくい展開だったとされています。
加えて、北米版は大判の攻略ガイドを同梱して販売されたことで価格も高くなりました。そもそもRPGに馴染みの薄い人が多い市場で、ほかのゲームより手を出しにくい価格になれば、興味を持っても購入まで進まない人が増えてしまいます。
つまり『MOTHER2』の場合、ゲームが面白くなかったから売れなかったというより、作品と当時の市場、さらに売り方まで含めて噛み合わなかったと考えたほうが自然です。
実際、その後の『MOTHER2』がたどった道を見ると、発売当時の販売本数だけで作品の価値を判断できないことがよく分かります。
大きな転機となったのが、『大乱闘スマッシュブラザーズ』へのネス参戦でした。
『スマブラ』を遊んで初めてネスを知り、「このキャラクターは何のゲームに出ているんだ?」と興味を持った海外プレイヤーも少なくありません。『MOTHER2』を知らなかった世代にとって、ネスというキャラクターが原作へたどり着く入口になったのです。
そこから少しずつ作品そのものにも注目が集まり、後年になるほど海外での評価も高まっていきました。
何とも面白いのは、発売当時には売れ残り、ワゴンセールに並ぶことさえあったゲームが、時間を経て世界中に熱心なファンを持つ作品へ変わっていったことです。
発売された瞬間に市場から正しく評価されるゲームばかりではありません。
その時代の流行と合わなかったり、売り方がうまく噛み合わなかったりして、本来持っている面白さが十分に伝わらないまま店頭から姿を消してしまう作品もあります。それでもゲームそのものに強い魅力があれば、別の作品をきっかけに再発見され、何年もかけて評価が変わっていくことがあるのです。
発売当時、特に海外では大きな成功を収められなかった『MOTHER2』が、今では後世のゲームにも影響を与えた名作として語られている。
そう考えると本作は、「売れなかったゲーム」と「面白くなかったゲーム」がまったく別物であることを、30年以上かけて証明した一本なのかもしれません。
「面白いのに売れないゲーム」が生まれてしまう理由
ここまで6作品を見てきましたが、こうして振り返ると「面白いゲームを作れば自然と売れる」というほど、ゲーム市場は単純ではないことが分かります。
もちろん、作品そのものの完成度は重要です。遊んでいて面白くなければ口コミも広がりにくく、長く支持される作品になるのも難しくなります。
ただ、それはあくまでヒットするための条件のひとつにすぎません。
どのハードで発売するのか、発売日はいつなのか、同じ時期にどんなゲームが登場するのか、そして作品の魅力を発売前にどれだけ伝えられるのか。そうしたゲームの外側にある要素まで噛み合わなければ、完成度の高い作品であっても簡単に埋もれてしまいます。
今回紹介した『タイタンフォール2』は、その分かりやすい例でした。
壁走りや2段ジャンプを使った高速戦闘に、巨大兵器タイタンによる重量感のある戦闘を組み合わせ、シングルプレイとマルチプレイの両方もしっかり作り込まれていた。それでも発売された場所が、『Battlefield 1』と『Call of Duty: Infinite Warfare』という巨大タイトルに挟まれた時期だったのです。
どれだけFPSが好きでも、短期間に発売された大作をすべて購入して、同時に遊び込める人は限られます。
そうなると、すでに大勢のファンを抱えているシリーズが優先され、それ以外の作品は「面白そうだけど後でいいか」と購入を見送られやすくなります。その「後で」が積み重なれば、評判のいいゲームでも発売直後のセールスは伸びません。
『ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし』にも、これと似た不運がありました。
こちらは強力なライバルに挟まれたというより、ゲームボーイアドバンスからニンテンドーDSへ移り変わろうとしていた時期に登場しています。新しいハードへユーザーの関心が向かい始めているところへ、旧ハード向けの新作を発売する。この状況だけでも、かなり厳しい戦いだったことが見えてきます。
一方で、『大神』や『勇者のくせになまいきだ:3D』のように、個性的だからこそ売るのが難しいゲームもあります。
水墨画のような世界へ筆を入れて攻略していく『大神』も、地下を掘って魔物を生み出し、攻め込んでくる勇者を撃退する『勇者のくせになまいきだ。』も、似た作品を探すのが難しいほど独自性があります。
実際に遊んでハマった人からすれば、そこが最大の魅力です。
ところが発売前の段階では、誰もが知っているジャンルのゲームほど簡単には面白さを説明できません。「このゲームは○○みたいな作品」と伝えられない以上、まずは遊んでもらわなければ魅力そのものが伝わりにくいのです。
ここには、ゲーム作りの難しいところがあります。
既存の人気ジャンルに寄せれば、どんなゲームなのかをユーザーへ伝えやすくなります。その代わり、今度は数多くの競合作品との差別化が必要になる。反対に誰も見たことがないゲームを作れば強烈な個性は生まれますが、今度は「何が面白いのか」を理解してもらうところから始めなければなりません。
そして『MOTHER2』のように、発売する地域や当時の市場環境によって結果が大きく変わる作品もあります。
日本では約50万本を販売した一方、欧米では約14万本。北米では多額のマーケティング費用を投じながら、当時のRPG人気や価格、広告展開などが噛み合わず、期待されたほどの結果には届きませんでした。
同じゲームなのに、場所が変わるだけでこれほど結果が違ってくる。
そう考えると、ゲームにおける「名作」と「ヒット作」は、似ているようで少し違うものなのかもしれません。
ヒット作になるにはゲームが面白いだけでなく、発売する時期や価格、宣伝、ハード、市場の流行まで含めて、多くの条件を突破する必要があります。
それに対して名作かどうかは、発売直後の数字だけでは決まりません。
ここで象徴的なのが『大神』です。発売当初は評価に対してセールスが振るわなかったものの、その後は移植やHDリマスターによって新しいプレイヤーへ届き続け、2025年3月時点では累計販売本数460万本を突破しています。
『MOTHER2』も発売当時の海外セールスこそ振るわなかったものの、『大乱闘スマッシュブラザーズ』へのネス参戦などをきっかけとして後から知名度を広げていきました。発売時にはワゴンセールに並んでいたゲームが、何十年も経った現在まで語られる作品になったのです。
こうした作品を見ていると、発売初期の売上だけでゲームの価値を判断するのが、いかにもったいないことか分かります。
発売された時代と噛み合わなかった。強すぎるライバルとぶつかってしまった。新しい遊びだったからこそ、その面白さをうまく伝えられなかった。
売れなかった背景には、それぞれ違った事情があります。
だからこそ過去のゲームを掘り返してみると面白いのです。発売当時には多くの人に届かなかったとしても、その中には今遊んでも十分面白く、「こんなゲームが埋もれていたのか」と驚かされる一本がまだまだ眠っています。
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