遊んだゲームを、そのまま語る。

なぜメーカーはレトロゲームを復活させないのか?「出せば売れる」が通用しない意外な事情

なぜメーカーはレトロゲームを復活させないのか?「出せば売れる」が通用しない意外な事情

「昔のゲームを、そのままSwitch2やPS5で遊べるようにしてくれればいいのに」

レトロゲームが好きな人なら、一度くらいはこんなことを考えたことがあるのではないかと思います。ファミコンやスーパーファミコンはもちろん、初代PlayStationやPlayStation 2、ニンテンドウ64、ゲームキューブなど、今振り返っても遊びたくなる作品は山ほどあります。

しかも、最近のゲームとは違った魅力があるんですよね。グラフィックやゲームシステムこそ現在ほど豪華ではありませんが、そのぶんルールが分かりやすく、起動してすぐ遊べる作品も多いため、「久しぶりに触ってみたら、気付けば数時間遊んでいた」ということも珍しくありません。

ところが、いざ昔のゲームを遊ぼうとすると、これが意外なほど簡単ではありません。

当時のゲーム機を引っ張り出して遊べる人ならまだいいものの、本体やソフトは年々古くなっていますし、中古市場では価格が高騰しているタイトルもあります。そもそも実機を持っていなければ、昔のゲームを一本遊びたいだけなのに、本体から探さなければならないケースさえあります。

だからこそ、余計に疑問が残るんですよね。

これだけ過去の名作が眠っているのなら、メーカーが現行機向けにダウンロード販売してくれればいい。一本500円や1000円程度で購入できるようになれば、昔遊んだ世代だけでなく、名前だけ知っている若いゲーマーが手を伸ばすきっかけにもなります。

実際、かつては任天堂の「バーチャルコンソール」やPlayStationの「ゲームアーカイブス」があり、膨大な過去作品の中から自分が遊びたいタイトルを選んで購入できる時代がありました。ところが現在は、こうした形で旧作を自由に買える環境が縮小し、サブスクリプションやメーカーごとのコレクション商品などが中心になっています。

ユーザー側から見れば、どうにももったいなく感じます。

すでに完成しているゲームなのだから、現行機で動くようにして販売すれば、それほど大きな開発費をかけなくても利益になるのではないか。SNSを見ても「あのゲームを復活させてほしい」「移植されたら絶対に買う」といった声は珍しくありませんし、これだけ需要がありそうなのにメーカーが積極的に動かないのは、少し不思議にも見えてきます。

ただ、この問題を掘り下げていくと、どうやら話はそれほど単純ではありません。

昔のゲームを現行機で動かすだけでも想像以上の作業が必要になり、さらに販売本数や権利関係まで考えると、「昔の名作をそのまま売れば簡単に儲かる」というビジネスにはならない事情があります。実際、過去作品の復刻ではタイトルごとの動作確認や不具合への対応など、表からは見えにくい作業も発生していました。

では、なぜメーカーは大量に眠っているレトロゲームを、もっと積極的に復活させないのか。

今回は「出せば売れそうなのに」というユーザー側の素朴な疑問から出発して、レトロゲームが現行機へ簡単には戻ってこない理由を掘り下げていきます。

レトロゲームは今でも面白い。それなのに遊ぶハードルは上がり続けている

そもそも、これだけゲームが進化した現在でもレトロゲームを遊びたい人がいるのは、単に「昔遊んだから懐かしい」という理由だけではありません。

ファミコンやスーパーファミコン、ニンテンドウ64、初代PlayStationやPlayStation 2などには、今遊んでも十分に面白い作品が数多く残っています。もちろん、映像表現や操作性については時代を感じる部分もありますが、ゲームとしての面白さまで古くなったわけではなく、むしろ現在のゲームとは違った遊びやすさに魅力を感じることもあります。

最近のゲームはグラフィックだけでなく、マップの広さや育成システム、オンライン要素など、あらゆる部分が大きく進化しました。その一方で、一本のゲームを本格的に遊ぼうとすると覚えることが多く、数十時間どころか100時間以上のプレイを求められる作品も珍しくありません。

そう考えると、電源を入れて少し遊べばルールが分かり、そのままゲームの面白さへ入っていけるレトロゲームのシンプルさは、今だからこそ魅力的に感じられる部分でもあります。昔は当たり前だったゲームの作りが、複雑で大規模な作品が増えた現在では、かえって新鮮に映ることもあるわけです。

そして、レトロゲームには現在発売される新作では代わりの利かない価値もあります。それが、そのゲームを遊んでいた頃の記憶まで含めて楽しめることです。

子どもの頃、学校から帰って夢中になったRPGや、友達の家に集まって何時間も遊んだ対戦ゲーム。攻略情報が現在ほど簡単に手に入らなかった時代であれば、自分で試行錯誤したり、友達から聞いた噂を頼りに隠し要素を探したりした経験まで含めて、その作品の思い出になっている人も多いと思います。

数十年ぶりにタイトル画面を見たり、懐かしいBGMを耳にしたりした瞬間、ゲームの内容だけではなく「当時どこで遊んでいたのか」「誰と遊んでいたのか」といった記憶まで蘇ってくる。これは単純にゲームの完成度だけでは説明できない、長い時間を経た作品ならではの価値です。

ところが皮肉なことに、こうしたレトロゲームをもう一度遊びたいと思っても、そのハードルは年々高くなっています。

当時のゲーム機とソフトが手元に残っていればまだ遊べますが、発売から20年、30年と経過したハードは当然ながら劣化していきます。中古品を探すにしても状態のいい本体がいつまでも残っているとは限らず、人気タイトルや流通量の少なかった作品になると、ソフトそのものがプレミア化しているケースまで出てきました。

さらに、日本のレトロゲームが海外へ流れていることや、年月の経過によって正常に動作する本体やソフト自体が減っていくことも考えると、「実機を買えばいつでも遊べる」とも言い切れません。時間が経つほど遊ぶための選択肢が減り、価格まで上がっていくという状況になっています。

そこで大きな役割を果たしていたのが、かつてのバーチャルコンソールやゲームアーカイブスでした。

古いゲーム機をわざわざ用意しなくても、対応ハードさえ持っていれば過去のタイトルをダウンロードして遊べる。しかも、シリーズ作品をまとめたコレクションを購入するのではなく、「昔好きだったあの一本だけ欲しい」という買い方ができたため、レトロゲームとの相性は非常に良い仕組みだったと言えます。

実際、バーチャルコンソールやゲームアーカイブスでは、メーカーの枠を越えて多くのタイトルが並び、その中から自分の好きな作品を選んで購入できました。価格も1000円前後のタイトルが多く、「ちょっと懐かしいから遊んでみよう」と思ったときに手を出しやすかったことも大きな魅力です。

しかし現在は、こうした「大量の旧作から好きな一本を選んで購入する」という環境が以前ほど充実していません。

もちろん、レトロゲームを遊ぶ方法そのものが消えたわけではなく、Nintendo SwitchのオンラインサービスやPlayStation Plus、各メーカーが発売するコレクション商品など、現在なりの選択肢は用意されています。ただ、自分が遊びたいタイトルを一本ずつ購入して手元に残すという意味では、かつてのサービスとはかなり性質が変わりました。

そうなると、ユーザーとしてはどうしても一つの疑問が浮かびます。

遊びたい人がいて、メーカーには大量の過去作品が眠っている。さらに現在はオンラインストアも当たり前になり、パッケージを生産して全国の店舗へ流通させなくてもゲームを販売できます。それなら、昔のように数百円から1000円程度で旧作を販売すれば、ユーザーは遊びたかった作品を楽しめて、メーカーにも売上が入る。一見すると、双方にとって悪くない話に思えるはずです。

それなのに、なぜバーチャルコンソールやゲームアーカイブスのような仕組みは、そのまま現行機へ受け継がれなかったのか。

ここから考えていく必要があるのが、ユーザーからはなかなか見えない「レトロゲームを売り続けるためのコスト」です。完成済みのゲームを現行機へ持ってくるだけなら簡単そうに見えますが、実際には一本のゲームを再び商品として販売できる状態にするまでに、想像以上の手間がかかっていました。

バーチャルコンソールとゲームアーカイブスはなぜ続かなかったのか

ここまでの話を踏まえると、やはり惜しく感じるのが「昔はもっと気軽にレトロゲームを買える環境があった」ということです。

代表的だったのが、任天堂のバーチャルコンソールとPlayStationのゲームアーカイブスです。バーチャルコンソールはWiiやWii U、ニンテンドー3DSなどで展開され、ゲームアーカイブスでは初代PlayStationを中心とした過去作品をダウンロード購入できました。

何より便利だったのは、特定メーカーの作品だけを集めたサービスではなく、さまざまなメーカーのゲームが一つの場所に並んでいたことです。「このシリーズを全部遊びたい」という人だけでなく、「子どもの頃に遊んだあの一本が欲しい」という人にも使いやすく、1000円前後で購入できる作品も多かったため、レトロゲームを遊ぶ入口として非常に優れた仕組みでした。

それだけに、現在の感覚からすると「なぜこの仕組みをそのまま続けなかったのか」と思ってしまいます。

Switch2やPS5のような現行ハードでも同じ仕組みを用意して、ファミコンからスーパーファミコン、ニンテンドウ64、初代PlayStation、PlayStation 2あたりまでの作品を一本ずつ販売する。ユーザーからすれば、これだけでも十分魅力的なサービスに見えますし、メーカー側もすでに完成しているゲームを再利用できるのだから、新作を一本作るより遥かに簡単そうです。

ところが、ここにはユーザー側からは見えにくい事情があります。

そもそもバーチャルコンソールは、昔のゲームデータをエミュレーター上で動かし、「正常に起動したから販売開始」という単純な仕組みではありませんでした。

タイトルごとに実際の動作を確認し、表示に問題があれば調整する。以前のハードでは発生しなかった不具合が出れば修正し、必要に応じてセーブ機能などにも対応する。さらに他社のタイトルについても任天堂側で動作確認や品質チェックを行い、問題が見つかればメーカーへ修正を依頼するという工程が存在していました。

一作品だけなら、それほど大きな話には見えないかもしれません。しかし、バーチャルコンソールの魅力は数本、数十本の有名作品が遊べることではなく、膨大なタイトルの中から自分の好きなゲームを探せることにありました。

当然ながら、ラインナップを増やせば増やすほど確認しなければならないゲームも増えていきます。それもファミコンだけではなく、スーパーファミコン、ニンテンドウ64、PCエンジン、メガドライブといった異なるハードの作品を扱う以上、すべてを同じ条件で簡単に動かせるわけではありません。

つまり、私たちがストアを開いて「懐かしいゲームがたくさんある」と眺めていた裏側では、その一本一本を商品として問題なく遊べる状態にするための作業が積み重なっていたわけです。

そして、この話でもう一つ重要なのが販売価格です。

レトロゲームを購入する側からすれば、一本500円や1000円程度だからこそ気軽に手を出せます。「昔遊んだから久しぶりに買ってみよう」「名前だけ知っていたから試してみよう」という買い方ができるのも、価格が安いからこそです。

しかしメーカー側から見ると、一本1000円で販売するゲームであっても、動作確認や品質チェックを省略できるわけではありません。

仮に不具合のある状態で販売すれば、「昔のゲームだから仕方がない」で済ませることはできず、商品として販売する以上はメーカー側が対応する必要があります。そこで人員と時間をかけて移植し、チェックを重ねたとしても、そのタイトルが数千本しか売れなければ、売上そのものは決して大きくありません。

この「ユーザーが求める価格」と「メーカーに発生する手間」の噛み合わせが、レトロゲーム販売の難しいところです。

私たちからすると、すでに完成している昔のゲームなので、新作を作るより圧倒的に安く販売できそうに見えます。確かにゼロからゲームを開発するわけではありませんが、だからといってコストをほとんどかけず、そのまま商品棚へ並べられるわけでもありません。

さらに、バーチャルコンソールやゲームアーカイブスのようなサービスを魅力的なものにしようとすれば、一部の人気タイトルだけではなく、ある程度まとまった数のゲームを用意する必要があります。

有名な作品だけを10本、20本並べるのであれば、現在のサブスクリプションやコレクション商品でも実現できます。しかし「昔遊んだ少しマイナーな一本まで見つかる」という状態を作ろうとすると、売れるかどうか分からない作品にも同じように手間をかけなければなりません。

ここまで考えると、バーチャルコンソールやゲームアーカイブスがどれだけ贅沢なサービスだったのかも見えてきます。

当時のユーザーにとっては、ストアから好きなゲームを選んで購入するだけの簡単な仕組みでした。しかしメーカー側では、大量の過去作品を一つずつ現行環境へ持ってきて、商品として販売できるところまで仕上げる必要があった。そのうえ価格はレトロゲームとして手を出しやすい水準に抑えなければならないとなれば、ラインナップを増やすほど単純に利益が増えるとは限りません。

だから現在は、過去作品をまったく活用しなくなったというより、その活用方法そのものが変わったと考えたほうが自然です。少数のタイトルをサブスクリプションの特典として提供したり、人気シリーズをまとめてコレクション商品として販売したり、十分な需要を期待できる作品ならリメイクやリマスターとして改めて商品化する。以前のように大量の旧作を一本ずつ安価で販売する方法から、メーカー側も採算を取りやすい形へ移っていったと考えられます。

とはいえ、「手間がかかるから」という理由だけなら、それでも売れる作品を優先して復活させればいいという話になります。

ところが、レトロゲームにはもう一つ厄介な問題があります。

ネット上では「復活したら絶対買う」と盛り上がっていたはずなのに、いざメーカーが本当に復活させてみると、思ったほど売れないことがあるのです。

「ROMをそのまま移植すればいい」は大間違い?復刻には想像以上の手間がかかる

ここまで読んで、「それでも昔のゲームを動かすだけなら、新作を作るより簡単なのでは?」と感じた人もいるかもしれません。

実際、ユーザー側から見るとレトロゲームの移植は、それほど難しい作業には見えないところがあります。現在はPCでもさまざまなエミュレーターが存在していますし、昔のゲームを現代のハード上で再現する技術そのものは決して珍しくありません。

だったらメーカーが公式のエミュレーターを用意して、そこへ昔のゲームデータを載せれば終わりではないか。そう考えたくなるのも自然です。

ところが、メーカーが商品として販売するとなれば、「とりあえず動く」という状態では済みません。

かつてバーチャルコンソールでは、ゲームごとに実際の動作確認を行い、表示がおかしければ調整し、元のハードでは発生しなかった不具合が見つかれば修正するといった作業が行われていました。さらにセーブ機能への対応なども含め、一つひとつのタイトルを遊べる状態へ仕上げていたとされています。

ここでポイントになるのは、エミュレーターが一つ完成すれば、そのハードのゲームすべてが問題なく動くとは限らないことです。

同じゲーム機向けに発売された作品であっても、作り方まで完全に同じではありません。ゲームによっては独自の処理を使っている場合もあり、あるタイトルが問題なく動いたからといって、別のタイトルまで同じように動くとは限らない。そのため最終的には、実際にゲームを動かして確認する工程が必要になります。

しかもバーチャルコンソールの場合、他社が開発したゲームについても任天堂側で動作確認や品質チェックを行い、問題が見つかった場合にはメーカーへ修正を依頼していたとされています。

ユーザーがストアで目にするのは完成した一本のゲームだけですが、そこへ並ぶまでにはこうした作業が発生していたわけです。

そして、レトロゲーム復刻を難しくしているのは、一作品あたりの作業量だけではありません。

バーチャルコンソールやゲームアーカイブスの魅力を思い返してみると、誰もが知っている超有名作品だけを遊べたから支持されていたわけではなく、かなり幅広いラインナップの中から「自分が昔遊んだ一本」を探せることにも大きな価値がありました。

例えば、誰もが知っている名作を20本だけ用意するのであれば、そこまで大規模なサービスにはなりません。しかし、100本、500本、1000本とラインナップを充実させようとすれば、それだけ多くのタイトルで動作確認や品質チェックが必要になります。

しかも、そのすべてが同じように売れるわけではありません。

誰もが知っている大ヒット作品なら、ある程度の販売本数を見込めます。一方で、当時それほど売れなかった作品や一部のファンから熱烈に支持されているタイトルまで復刻するとなると、同じように手間をかけても購入する人は限られてしまいます。

ここに、レトロゲーム復刻ならではの難しさがあります。

ラインナップを充実させればユーザーにとって魅力的なサービスになるものの、充実させようとするほど売上を期待しにくいタイトルにも人員と時間を使わなければならない。反対に、確実に売れそうな有名作品だけを選べば採算は取りやすくなりますが、それでは昔のバーチャルコンソールやゲームアーカイブスのような「いろいろな作品を探せる楽しさ」は失われてしまいます。

さらに厄介なのが、レトロゲームに対してユーザーが期待する価格です。

仮に20年以上前のゲームが現行機向けに移植されて3000円で販売されたとして、「さすがに高い」と感じる人は少なくないと思います。ゲーム内容をほぼそのまま移植するのであれば、500円や1000円程度を期待する人も多いはずです。

しかし、500円のゲームだからといって動作確認を適当に済ませられるわけではありません。1000円で販売するゲームでも、途中で進行不能になったり表示が大きく崩れたりすれば商品として問題になりますから、一定の品質を確保するための作業はどうしても必要になります。

そうなるとメーカーとしては、「このゲームを1000円で販売して、移植や検証にかかった費用を回収できるだけ売れるのか」という判断をしなければなりません。

ここで私たちユーザーが想像する「昔のゲームをそのまま売るだけだから安くできる」という感覚と、メーカー側の事情にズレが生まれます。

もちろん、完全新作をゼロから開発するのと比べれば、昔のゲームを復刻するほうが小さな規模で済む場合はあるはずです。ただし、「ほとんど何もしなくても売れる商品」ではなく、一本ずつ商品として成立させるための作業が必要になる以上、売れる見込みの少ない作品まで大量に復刻することは簡単ではありません。

こう考えてみると、現在メーカーが人気シリーズを何作品かまとめてコレクションとして販売する理由も見えてきます。

一本500円で売るより、複数作品をまとめて一つの商品にしたほうが価格を付けやすく、シリーズのファンにも訴求できます。さらに、確実に需要が期待できるタイトルを選んで商品化すれば、復刻に必要なコストを回収できる可能性も高くなります。

つまり、メーカーがレトロゲームを活用したくないというより、昔のように大量のタイトルを安価で個別販売する方法では、手間と利益のバランスを取りにくいという事情があるわけです。

そして、この問題をさらに難しくしているのが、「需要がありそうな作品なら復刻すれば売れる」という考えも必ずしも成り立たないことです。

SNSでは何千人ものファンが「復活してほしい」と盛り上がっていた。それを見たメーカーが実際に商品化した。それなら当然売れそうに思えますが、ここでもメーカーにとって頭の痛い現実が待っています。

「復活したら絶対買う!」の声は多いのに、実際に発売すると売れない現実

ここまで見てきたように、レトロゲームの復刻にはユーザーから見えないところで意外なほど手間がかかります。それでもメーカー側からすれば、十分な売上が期待できるのであれば、過去作品を復活させる意味はあるはずです。

そこで次に問題になるのが、「レトロゲームを復活させたら、本当にみんな買ってくれるのか」という部分です。

SNSを見ていると、昔のゲームについて「現行機に移植してほしい」「このシリーズを復活させてくれたら絶対買う」といった声を目にすることがあります。作品によっては何千、何万という反応が集まり、これだけ待っている人がいるなら商品化しても十分売れそうに感じます。

ところが、実際にはそう簡単にいかないようです。

ネット上では大きく盛り上がっていたにもかかわらず、メーカーが実際に復刻すると数千本程度しか売れないケースもあり、「欲しい」という声の大きさと実際の販売本数が一致するとは限りません。

考えてみれば、「復活してほしい」と「お金を払って買う」の間にはかなり大きな差があります。

例えば、昔好きだったゲームの話題をSNSで見かければ、「懐かしい」「また遊びたい」と反応すること自体は簡単です。そのゲームに思い入れがある人ほど復活を嬉しく感じますし、メーカーが何か動きを見せれば、それだけで当時のファン同士が盛り上がるきっかけにもなります。

ただ、いざ本当に発売されたときに購入するかとなれば話は別です。

「懐かしいけれど、もう一度最初から遊ぶほどではない」「今はほかに遊びたい新作がある」「セールになったら買おう」と考える人も出てきます。さらに、復刻されたというニュースを見ただけで満足してしまい、結局購入までは至らない人がいても不思議ではありません。

ここには、レトロゲーム特有の難しさがあるように思います。

レトロゲームは思い出と結びついているからこそ、「好きな作品」として語られやすい一方、それが現在もお金と時間を使って遊びたい作品なのかは別の話です。子どもの頃に100時間遊んだRPGを今でも大好きだったとしても、仕事や家庭がある現在、そのゲームをもう一度100時間かけてクリアできるかとなれば、購入をためらう人がいてもおかしくありません。

さらに現在は、新作ゲームだけが競争相手ではありません。

無料で遊べるゲームやサブスクリプション、動画配信サービス、YouTube、SNSなど、限られた余暇時間を奪い合う娯楽はいくらでもあります。その中で20年、30年前のゲームをもう一度購入して遊んでもらうとなれば、「懐かしい」という感情だけでは購入まで押し切れない場合も出てきます。

そう考えると、ネット上の盛り上がりだけを見て需要を判断することが、メーカーにとってかなり危険なのも分かります。

仮に「復活してほしい」という声が1万人から集まったとしても、その1万人全員が購入してくれる保証はありません。その中から実際に発売情報を知り、発売日にストアへ行き、1000円や2000円を支払う人となれば、さらに少なくなる可能性があります。

しかも前の見出しで触れた通り、その一本を販売するまでには動作確認や品質チェックなどが必要です。

つまりメーカーは、「復活させれば喜んでくれる人がいるか」だけではなく、「その中で実際に何人がお金を払ってくれるのか」まで考えなければなりません。どれだけ熱心なファンが存在していても、復刻にかかった費用を回収できなければ、企業として次のタイトルを復活させる判断もしにくくなります。

この構造は、レトロゲームの中でも特にマイナーな作品ほど厳しくなります。

『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のように現在まで続く大きなシリーズであれば、昔の作品を復活させても一定の知名度があります。一方、当時遊んだ人からは高く評価されていても、現在ではほとんど名前を知られていない作品の場合、そのゲームを買ってくれる中心層は当時のファンにならざるを得ません。

そして、そのファンの数は時間が経つほど広がりにくくなります。

だからこそメーカー側も、確実に需要を見込める作品については単純な移植ではなく、リメイクやリマスターとして大きく売り出したり、複数作品をまとめたコレクション商品として販売したりするようになります。一本では商品として弱くても、「シリーズの歴史をまとめて遊べる」という価値を加えれば、価格も設定しやすくなるからです。

ここまで考えると、「これだけ復活を望む声があるのだから、メーカーも出せばいい」という話だけでは済まないことが見えてきます。

メーカーにとって重要なのは、どれだけ多くの人が懐かしがってくれるかではなく、最終的に商品として採算が取れるかどうかです。そして過去に復刻へ取り組んだメーカーほど、「ネットでは盛り上がるのに、実際には思ったほど売れない」という現実を経験している可能性があります。

ユーザーからすると寂しい話ではありますが、ここが「出せば売れる」という考えが簡単には通用しない理由の一つです。

しかも、仮に十分な購入者が見込める作品だったとしても、それだけで復刻できるとは限りません。

レトロゲームは発売から長い年月が経っているからこそ、当時は何の問題もなく販売できた作品が、現在では簡単に売り直せなくなっている場合があります。次に関わってくるのが、古い作品ほど複雑になりやすい「権利」の問題です。

古いゲームほど厄介になる権利問題。名作なのに復活できない理由

ここまでの話では、主に復刻にかかる手間と売上の問題を見てきました。ただ、メーカーが「このゲームなら売れそうだから復活させよう」と判断したとしても、それだけで販売できるとは限りません。

レトロゲームには、もう一つ避けて通れない問題があります。

それが「権利関係」です。

現在発売されたゲームであれば、基本的には販売することを前提として契約や権利関係が整理されています。しかし、レトロゲームの場合は発売から20年、30年と経過している作品も多く、その間に当時のメーカーが倒産していたり、別の企業へ吸収合併されていたりすることがあります。

そうなると、「現在、このゲームを販売する権利を誰が持っているのか」というところから確認しなければならないケースも出てきます。

例えば、あるゲームを開発した会社と販売した会社が別だったとして、その後どちらかの会社がなくなっている。さらに別企業へ事業や権利が引き継がれているとなれば、当時とは状況が大きく変わっています。

ユーザーからすると一つの完成したゲームにしか見えませんが、その中にはキャラクターや音楽、映像、名称など、さまざまな権利が関係しています。メーカーがゲームデータを保管していたとしても、「データが残っているから販売できる」とは限らないわけです。

さらに難しくなるのが、ゲーム会社だけでは完結しない作品です。

昔のゲームには、アニメや映画を題材にした作品、有名人が登場する作品、実在する自動車などを使用した作品もありました。こうしたゲームでは、制作当時に外部の権利者から許諾を得たうえで商品化している場合があります。

発売当時は問題なく販売できたとしても、その契約が数十年後の再販売まで認めているとは限りません。

仮に当時の契約がすでに終了しているのであれば、現行機へ移植するために改めて許諾を取る必要が出てきます。それが一社だけならまだしも、複数の企業や権利者が関係している作品になるほど話は複雑になります。

そして、ここでも最終的には採算性の問題へ戻ってきます。

数十万本の販売を期待できる人気作品なら、権利関係を整理するために時間や費用をかけても、それに見合う売上を期待できます。一方で、当時のファン数千人が購入してくれるかどうかという規模のタイトルに、どこまでコストをかけられるのかとなれば、メーカーとしては慎重にならざるを得ません。

「権利関係を整理すれば復刻できる」ということと、「権利関係を整理してまで復刻する価値がある」ということは、まったく別の話になります。

ここが、レトロゲーム好きにとっては何とも歯がゆいところです。

ゲームとしての完成度が低いから復活しないわけでも、ファンから忘れられているから復活しないわけでもない。それどころか、今でも復活を待っている人がいるにもかかわらず、ゲームそのものとは別の事情によって販売できない作品が出てきます。

しかも、時間が経過するほど権利関係が分かりやすくなるとは限りません。

当時の会社がなくなったり、権利が別の会社へ移ったり、契約に関わった人物がすでに亡くなっていたりすれば、発売から時間が経つほど確認が難しくなる場合もあります。

つまりレトロゲームの場合、「今まで復刻されなかったから、いつか復刻されるだろう」と楽観的に考えることもできません。むしろ作品によっては、時間が経過するほど復活させるハードルが上がっていく可能性があります。

これはゲームを文化として残していくという意味でも、かなり悩ましい問題だと思います。

ゲーム機やソフトという物理的な媒体は少しずつ劣化していく。その一方で、デジタルで再販売しようとしても、権利関係が整理できなければ公式に遊べる環境を作れない。結果として、作品自体は存在しているのに、普通のユーザーが正規の方法で遊ぶことだけが難しくなっていく状況も起こり得ます。

だからこそ、現在も復刻されていない作品を見て「メーカーが存在を忘れている」「やる気がない」と決めつけるのは少し違うのかもしれません。

復刻すれば売れそうに見える作品であっても、技術的な問題があるのかもしれない。採算が取れないのかもしれない。あるいは、メーカー自身ではどうにもできない権利関係が残っている可能性もあります。

実際、復活できていない作品には、権利や技術、採算性など何らかの問題が存在する可能性があるという見方もできます。

こうして考えていくと、「昔のゲームをそのまま1000円くらいで売ればいい」という最初の印象から、かなり事情が変わって見えてきます。

一本のゲームを復刻するにも手間がかかり、発売しても思ったほど売れるとは限らず、さらに権利関係まで整理しなければならない。それでもメーカーが過去作品を商品化するのであれば、当然ながら「それだけの手間をかけても利益を期待できる作品」が優先されます。

そして、この採算性という視点まで広げてみると、なぜ現在のメーカーが単純なレトロゲームの移植よりも、リメイクやリマスター、新作へ力を入れるのかも見えてきます。

メーカーにとっては旧作を1000円で売るより、新作やリメイクを作ったほうが儲かる

ここまで、移植にかかる手間、実際の需要、さらに権利関係まで見てくると、メーカーがレトロゲームの復刻に慎重になる理由はかなり見えてきました。

そして、もう一つ忘れてはいけないのが、ゲームメーカーも企業である以上、限られた人員や予算をどこへ使うのか考えなければならないということです。

仮に、昔のゲームを一本1000円で復刻する企画と、人気作品を数千円のリマスターとして発売する企画があったとします。どちらにも移植や動作確認などの作業が必要になるのであれば、メーカーとしてはより大きな売上を期待できる後者へ人員を回したくなるのも無理はありません。

ましてや、新作や本格的なリメイクとなれば6000円、7000円、それ以上の価格でも商品として成立します。

もちろん、そのぶん開発費も桁違いに大きくなるため、単純に「価格が高いから儲かる」とは言えません。ただ、人気IPの新作やリメイクであれば大々的なプロモーションを展開できますし、既存ファンだけでなく新しいユーザーへ作品を届ける機会にもなります。

一方、昔のゲームをほぼそのまま復刻した場合、購入してくれる中心層はどうしても当時その作品を知っている人になりやすくなります。

例えば、30年前に発売された少しマイナーなRPGを1000円で復刻したとして、そのゲームを知らない10代や20代のユーザーがどこまで興味を持ってくれるのか。名作として現在まで語り継がれている作品なら別ですが、すべてのレトロゲームが世代を越えて名前を知られているわけではありません。

そうなると、一本あたりの価格が安いうえに購入者も限定されるという、メーカーにとってはかなり難しい商品になります。

だからこそ、過去作品を活用する場合でも「そのまま安く売る」以外の方法が選ばれるようになります。

分かりやすいのが、複数の作品を一つにまとめたコレクション商品です。

一本1000円では採算を取りにくくても、シリーズ作品を複数収録して5000円前後の商品として販売できれば事情は変わってきます。ユーザー側にも「シリーズをまとめて保存できる」「一本ずつ買うより手軽」という分かりやすい価値が生まれるため、単品の復刻より商品として成立させやすくなります。

実際、過去作品の復刻では『がんばれゴエモン』や『ボンバーマン』など、複数のタイトルを収録したコレクションという形も採られています。

さらに大きな需要を期待できる作品なら、今度はリメイクという選択肢が出てきます。

『ドラゴンクエスト』や『聖剣伝説』、『ファイナルファンタジー』、『フロントミッション』など、過去の人気作品が現代向けに作り直される例はすでに珍しくありません。

ここで重要なのは、リメイクなら「昔遊んだ人にもう一度売る」だけでは終わらないことです。

グラフィックや操作性を現代向けに作り直せば、原作を知らないユーザーにも新作に近い感覚で紹介できます。当時遊んだ世代には懐かしさを、新しい世代には初めて触れる作品として売れるため、同じ過去IPを利用するにしても市場を広げやすくなります。

メーカーからすれば、この違いはかなり大きいはずです。

1000円の旧作を当時のファンに向けて販売するのか、それとも現代向けに作り直して数千円の商品として幅広いユーザーへ販売するのか。もちろんリメイクには大きな開発費が必要になるものの、一定以上の人気がある作品なら、後者に投資する理由も見えてきます。

そして、ここまで考えると「なぜあの名作は復刻されるのに、このゲームは放置されたままなのか」という疑問にも、ある程度説明がつきます。

メーカーが過去作品をまったく見ていないわけではありません。むしろ、現在でも売れると判断したタイトルについては、コレクション化したり、リマスターしたり、さらに大きな需要を期待できればリメイクしたりと、さまざまな形で再利用しています。

逆に言えば、現在まで復活していない作品ほど判断が難しいということになります。

復刻にかかる費用を回収できるほど売れるのか分からない。権利関係を整理する必要があるかもしれない。さらに社内のスタッフを使うのであれば、その人たちを新作や別の人気IPへ回したほうが大きな利益を期待できる可能性もあります。

そう考えると、メーカーにとってレトロゲームの復刻は「何もしなければ眠ったままなのだから、とりあえず売っておけば得」というものではありません。

一つのタイトルを復活させるということは、そのために人員や予算を使うということでもあります。企業として考えれば、そのリソースを使ってどれだけの売上が期待できるのか、ほかの企画へ回した場合と比べて本当に優先する価値があるのかという判断が必要になります。

さらにメーカー側には、もう一つ気になる点があります。

安価な過去作品を大量に提供すれば、それ自体が現在販売している新作とユーザーの時間を奪い合う可能性もあることです。

ゲームは一本購入したら終わりではなく、実際に遊ぶために何十時間という時間を使います。1000円で購入した昔のRPGに50時間夢中になっている間、そのユーザーはメーカーが7000円で発売した新作を買わないかもしれません。

もちろん、旧作を遊んだからといって必ず新作が売れなくなるわけではありません。それでもメーカーが自社の作品をどう提供するか考えるうえでは、過去作品だけを無制限に安く並べればいいとは言い切れない部分があります。

こうして見ると、現在のレトロゲームの扱い方が以前とは変わってきた理由も少しずつつながってきます。

メーカーは過去のゲームを捨てたというより、単品を安価で大量に販売する方法から、サブスクリプション、コレクション、リマスター、リメイクといった別の方法へ価値を移している。つまり、レトロゲームを活用しなくなったのではなく、「どう活用すればビジネスとして成立するのか」を考えた結果、売り方そのものが変化してきたと見ることもできます。

だからレトロゲームは「単品販売」から「サブスク・コレクション・リメイク」へ変わった

ここまで見てくると、現在のメーカーがレトロゲームをまったく活用していないわけではなく、むしろ「昔とは活用の仕方が変わった」と考えたほうが実態に近いことが分かってきます。

かつてのバーチャルコンソールやゲームアーカイブスでは、過去作品を一本ずつ購入する形が中心でした。数百円から1000円前後で気になるタイトルを買い、自分のゲーム機に少しずつ昔のゲームを増やしていく。この自由度の高さこそ、当時のサービスが支持された大きな理由の一つだったと思います。

一方、現在の主流になっているのは少し違います。

任天堂であればオンラインサービスを通じて過去作品を提供し、PlayStationでも上位プランのサービスの中でクラシック作品を遊べる形が採られています。さらにソフトメーカー自身が過去シリーズをまとめたコレクション商品を発売したり、人気作品についてはリマスターやリメイクとして改めて商品化したりするケースも増えました。

ユーザーからすると、昔のように一本ずつ自由に購入できたほうが便利に感じる部分はあります。

ただ、ここまで触れてきたメーカー側の事情を考えると、現在の形へ変わっていった理由も理解できます。

まずサブスクリプションの場合、レトロゲーム一本だけで利益を出す必要がありません。

「このゲームを1000円で何本売れば採算が取れるのか」という考え方ではなく、オンラインサービス全体の魅力を高めるコンテンツとして過去作品を利用できます。レトロゲームそのものを目的に加入する人もいれば、オンラインプレイなど別のサービスを目的に加入し、その特典として昔のゲームを楽しむ人もいる。そのため、一本ごとの販売本数だけを見て商品価値を判断する必要がなくなります。

メーカーにとっては、これは過去作品を扱ううえでかなり相性のいい方法です。

単品で発売した場合に数千本しか売れないゲームだったとしても、サブスクリプション全体のラインナップを充実させる一本として考えれば意味を持たせられます。ユーザー側も追加料金を一本ずつ支払う必要がないため、「名前は知っているけれど買うほどではなかった」という作品へ気軽に触れられるようになります。

ただし、その代わりに失われたものもあります。

それが、自分の好きなゲームだけを選んで購入する自由です。

サブスクリプションでは提供されるタイトルをメーカー側が決めるため、自分が本当に遊びたいゲームがラインナップへ追加されるとは限りません。昔遊んだ一本を急に思い出して「久しぶりに遊びたい」と思っても、その作品がサービスになければどうにもならない。この点では、膨大なラインナップから一本ずつ購入できたバーチャルコンソールやゲームアーカイブスとは、かなり使い勝手が異なります。

そして、もう一つ増えているのがコレクション形式です。

特定のシリーズやメーカーの過去作品をまとめて収録し、一つのパッケージとして販売する方法であれば、一本ずつ安価で販売するより高い価格を設定しやすくなります。

何より、「昔のゲームをそのまま販売しています」ではなく、「シリーズの歴史をまとめて楽しめる商品です」と見せられることが大きいところです。

ユーザーとしても、好きなシリーズであれば複数作品をまとめて現行機へ残せることに価値を感じますし、メーカー側も一本ずつ商品化するより、ある程度まとまった売上を期待できます。実際、過去作品を多数収録したコレクションという形で復活するシリーズも出てきています。

そして、そのさらに先にあるのがリメイクやリマスターです。

こちらは昔のゲームを保存するという意味では単純な復刻とは少し性質が異なりますが、メーカーにとっては過去のIPを再び大きな商品として展開できる方法になります。

特に知名度の高い作品であれば、当時遊んだファンだけを相手にする必要がありません。

グラフィックや操作性を現代向けに整えれば、原作を知らない世代にも新しいゲームとして届けられます。さらにリメイクをきっかけにシリーズ自体へ興味を持ってもらえれば、新作や関連作品へつなげることもできます。

実際、現在では『ドラゴンクエスト』をはじめ、『聖剣伝説』『ファイナルファンタジー』『フロントミッション』など、過去の作品がリメイクという形で復活する例も見られます。

こうして並べてみると、メーカー側の判断にはある程度一貫性があります。

単品で安価に販売しても十分な利益を期待しにくい作品なら、サブスクリプションのコンテンツとして利用する。複数作品をまとめれば商品価値を出せるシリーズなら、コレクションとして販売する。そして、大きな知名度と需要が期待できる作品については、リメイクやリマスターとしてもう一度大きく売り出す。

つまり現在は、過去作品の価値に合わせて「どう売るか」を変えているとも考えられます。

逆に、このどれにも当てはまりにくいゲームほど復活が難しくなります。

単品で販売しても大きな売上は期待できない。シリーズ作品が少なくコレクションにもまとめにくい。フルリメイクするほどの知名度もない。それでも移植や品質チェックには一定の費用がかかり、場合によっては権利関係まで整理しなければならない。

こうした作品こそ、ユーザーから見ると「名作なのになぜ復活しないんだ」と感じるゲームになりやすいのかもしれません。

そして、ここには何とも皮肉な部分があります。

熱心なファンが現在まで名前を語り継いでいるような作品であっても、そのファンの数が商品として成立するほど多いとは限りません。評価の高さと市場規模は必ずしも一致しないため、「名作だから復活できる」という単純な話にもならないわけです。

だからメーカーも、過去のゲームを捨てているというより、採算を取りやすい形を選びながら少しずつ掘り起こしている。その結果として、サブスクに入るゲーム、コレクションになるゲーム、リメイクされるゲーム、そして今も復活できないゲームに分かれていると考えると、現在の状況もかなり理解しやすくなります。

ただ、それでもユーザーの立場からすると、すべて納得できるわけではありません。

採算性や権利問題があることは理解できても、かつて普通に購入できたゲームが年月とともに遊べなくなり、名作そのものが少しずつ過去へ埋もれていく。それを「ビジネスとして難しいから仕方がない」の一言だけで終わらせてしまうには、あまりにも惜しいものがあります。

それでも名作を遊べなくしてしまうのは本当にもったいない

ここまでメーカー側の事情を見てくると、レトロゲームが簡単には復活しない理由については、かなり納得できる部分もあります。

移植するだけでも動作確認や品質チェックが必要になり、発売したところで必ず売れるとは限らない。作品によっては複雑な権利関係まで整理しなければならず、それだけの手間をかけるのであれば、より大きな売上を期待できる新作やリメイクへ人員を回したいという判断も理解できます。

ただ、それでも一人のゲーム好きとして考えると、過去の名作が少しずつ遊べなくなっていく現在の状況には、やはりもったいなさを感じます。

なぜなら、ゲームは本や映画とは少し事情が違うからです。

古い小説なら、何十年前の作品でも現在の本屋で新装版を購入できたり、電子書籍として読めたりすることがあります。映画についてもDVDやBlu-ray、動画配信サービスなど、作品そのものを後世へ残すための方法はいくつか存在します。

ところがゲームの場合、作品を楽しむためには「そのゲームが動く環境」まで必要になります。

ファミコンのカセットだけ残っていても、本体が壊れてしまえば遊べません。PlayStation 2のソフトを大切に保管していたとしても、それを読み込めるゲーム機がなくなれば、普通のユーザーにとっては持っているだけのディスクになってしまいます。

もちろん中古市場で実機を探す方法はありますが、発売から時間が経過するほど状態のいい本体は減っていきます。人気のあるハードやソフトにはプレミア価格が付くこともあり、昔は数千円で普通に遊べたゲームを楽しむために、今では何万円もの費用が必要になるケースまで出てきました。

そして何より気になるのが、かつては正規の方法で簡単に購入できたゲームまで、サービス終了によって新たに購入できなくなっていくことです。

バーチャルコンソールでは非常に多くの過去作品が配信され、ゲームアーカイブスでも幅広いタイトルを安価に購入できました。つまり技術的には、一度現行ハードで遊べる環境が作られていたゲームも数多く存在したわけです。

それがハードの世代交代とともに引き継がれず、再び遊びにくい作品へ戻ってしまう。

ここには、単純な「昔のゲームだから仕方がない」では片付けにくいものがあります。

特に惜しいのは、現在までシリーズが続いているような超有名作品ではなく、その時代にしか生まれなかった中小規模のタイトルです。

大きなIPであれば、今後もリメイクやリマスター、コレクションとして復活する可能性があります。メーカーとしても一定の売上を期待できるため、過去作品を掘り起こす理由を作りやすくなります。

一方で、当時は高く評価されたもののシリーズが途絶えてしまったゲームや、開発会社そのものがなくなってしまった作品は事情が違います。

「知っている人にとっては忘れられない名作だけれど、現在の市場で数十万本売れるほど有名ではない」

こうしたゲームほど、復刻の採算が取りにくいうえ、権利関係まで複雑になっている可能性があります。結果として、熱心なファンから何年も復活を望まれているのに、いつまで経っても現行機では遊べないという状態になってしまいます。

ただ、ゲームの価値は販売本数だけで決まるものでもありません。

現在では当たり前になったシステムの原型を作った作品もあれば、当時だからこそ成立した独特なゲームデザインを持つタイトルもあります。シリーズとして続かなかったとしても、その時代のゲームを語るうえでは欠かせない一本が存在することもあります。

そして、そうしたゲームを実際に遊べる状態で残すことには、単なる懐かしさ以上の意味があります。

昔のゲームを現在のユーザーが遊べれば、「20年前のRPGはこんな作りだったのか」「このシステムが後の作品につながっているのか」と、自分で触りながらゲームの変化を知ることができます。動画でプレイ映像を見ることはできても、自分でコントローラーを握って遊ぶ体験まで完全に置き換えられるわけではありません。

だからこそ、レトロゲームについては「どれだけ売れるのか」だけではなく、「どうすれば作品そのものを遊べる状態で残せるのか」という視点も、これからますます重要になってくると思います。

もちろん、メーカーだけにその負担を求めるのも現実的ではありません。

採算が取れないゲームを大量の費用をかけて復刻し続ければ、企業として成り立たなくなります。だからこそ、すべての作品を一本ずつ販売する以外にも、サブスクリプションへ収録する、複数作品をコレクションとしてまとめる、復刻を専門とするサービスを活用するといった方法が必要になるのだと思います。

実際、過去作品をPC上で遊べるように復刻・販売するプロジェクトや、特定メーカーの旧作を再び世に出す取り組みも存在しています。

こうした動きが重要なのは、有名作品だけでは拾いきれないゲームにも復活の可能性を残せるからです。

そして私たちユーザー側にも、できることがまったくないわけではありません。

復刻された作品に対して「懐かしい」「待っていた」とSNSで反応するだけではなく、本当に残してほしい作品なら実際に購入する。結局のところ、それがメーカーに「過去作品にも市場がある」と伝える最も分かりやすい方法になります。

メーカー側からすれば、復刻作品がきちんと売れれば次のタイトルを出す理由になりますし、反対に大きな要望を受けて商品化したのにほとんど売れなければ、「レトロゲームは声の割に売れない」という判断につながってしまいます。

レトロゲームを残していくことは、メーカーだけの問題ではなく、遊びたいと考えているユーザー側の行動とも無関係ではありません。

だからこそ、好きだった作品が復刻されたときには、それを当たり前だと思わずに一つの機会として考えたいところです。現在遊べるゲームが、10年後、20年後にも同じように遊べるとは限らないからです。

そして最終的に、この問題は「なぜメーカーはレトロゲームを復活させないのか」という最初の疑問へ戻ってきます。

ここまで理由を一つずつ見ていくと、メーカーが過去の名作に価値を感じていないから放置している、という単純な話ではないことが分かります。むしろ価値があることは分かっていても、それを現代の商品としてもう一度成立させることが想像以上に難しい。そこに、レトロゲーム復刻がなかなか進まない本当の難しさがあるのだと思います。

まとめ|メーカーがレトロゲームを活用しないのではなく「簡単には活用できない」

「昔のゲームなんだから、そのまま現行機で動かして1000円くらいで売ってくれればいい」

レトロゲームの復刻について考えたとき、私自身も最初に浮かぶのはこの疑問です。すでに完成しているゲームがあり、それを遊びたい人もいるのなら、メーカーにとっても悪い商売ではないように見えます。

しかし実際には、昔のゲームをもう一度販売するだけでも、タイトルごとの動作確認や表示の調整、不具合への対応などが必要になります。大量の作品を扱っていたバーチャルコンソールの裏側でも、一本ずつ品質を確認するための作業が行われていました。

そこまで手間をかけても、復刻したゲームが必ず売れるわけではありません。

SNSでは「復活したら絶対に買う」と盛り上がっていても、実際に発売されると購入する人は思ったほど多くない。懐かしい作品として語りたい人と、現在もお金を払って遊びたい人は必ずしも同じではなく、この差はメーカーが復刻を判断するうえで無視できない問題になります。

さらに古い作品になるほど、権利関係という別の壁も出てきます。

当時の開発会社がすでに存在しなかったり、企業の合併によって権利が移っていたり、ゲーム内で使用したアニメや映画、有名人、実在する車などのライセンスが切れていたりする場合もあります。当時は普通に販売できたゲームでも、20年、30年後に同じものをそのまま売れるとは限りません。

そして最後には、どうしても採算性の問題へ行き着きます。

限られた開発スタッフを使って1000円のレトロゲームを復刻するのか、それとも人気作品をリマスターやリメイクとして数千円で販売するのか。あるいは、その人員を完全新作へ回すのか。ゲームメーカーも企業である以上、過去作品への思い入れだけで企画を決めることはできません。

だから現在は、昔のゲームを一本ずつ安価で販売する方法より、サブスクリプションへ収録したり、複数作品をコレクションとしてまとめたり、十分な需要を期待できる作品ならリメイクしたりと、採算を取りやすい形へ変化しています。

こう考えると、「メーカーはレトロゲームという資産をなぜ放置しているのか」という問いへの答えも、少し違って見えてきます。

メーカーが過去のゲームに価値を感じていないわけではありません。むしろ現在でも売れると判断された作品については、コレクションやリマスター、リメイクなど、さまざまな方法で掘り起こされています。

難しいのは、そのどれにも当てはまりにくいゲームです。

熱心なファンはいるけれど、単品で大きな売上を期待できるほどではない。リメイクするほどの知名度もなく、シリーズをまとめてコレクション化することも難しい。それでも復刻する以上は動作確認が必要で、場合によっては複雑な権利関係まで整理しなければならない。

私たちが「なんでこの名作を復活させないんだ」と感じているゲームほど、実はこうした難しい位置にいるのかもしれません。

それでも、ゲーム好きとしては一つでも多くの作品が現行機で遊べるようになってほしいと思います。

ゲーム機はいつか壊れますし、ソフトも永久に残るわけではありません。中古市場でプレミア価格になった実機を探さなければ遊べない状態が続けば、どれだけ優れた作品でも触れる人は少しずつ減っていきます。

特にレトロゲームの場合、単なる懐かしさだけではなく、その時代のゲームクリエイターが何を考え、限られた性能の中でどんな遊びを作ったのかを実際に体験できるという価値もあります。それが「採算が取れないから」という理由だけで遊べなくなっていくのは、やはり惜しいと感じます。

だからこそ、メーカーだけに「もっと復刻しろ」と求めるのではなく、ユーザー側の行動も重要なのだと思います。

本当に復活してほしいシリーズがあり、その作品が実際に復刻されたのであれば、購入することが次につながります。「復活してくれて嬉しい」という声だけではメーカーの売上にはなりませんが、実際に商品が売れれば、「このシリーズにはまだ需要がある」という分かりやすい数字として残ります。

結局のところ、メーカーがレトロゲームを復活させないのは、単純にやる気がないからではありません。

技術的な手間があり、売上の問題があり、さらに作品によっては権利関係まで絡んでくる。そのうえで新作やリメイクと限られた人員を奪い合う以上、「出せば売れるから、とりあえず復刻しておこう」というほど簡単なビジネスではないわけです。

それでも、過去にはバーチャルコンソールやゲームアーカイブスという、膨大な名作へ気軽に触れられる環境が実際に存在しました。

いつかまた、昔遊んだ一本をふと思い出したとき、プレミア化した実機や中古ソフトを探し回るのではなく、現在使っているゲーム機からストアを開いて、そのまま購入できる。

そんな形で過去の名作が次の世代へ残っていく環境が、もう一度当たり前になってほしいところです。

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